第十二話:襲撃


 襲撃場所から少し離れた住宅街。児童公園が見渡せる現場近くのマンション前に車を止めた浅川チームは、建物の上から現在の詳しい状況を覗おうとしていた。


「この建物の正面に、児童公園の全景が見えるはずです」

「オッケー、ここを偵察場所にしましょ。愛子と古山君は武装して、岩倉君は無線持ちお願いね」


 八重田が地図を片手に位置確認をすると、浅川はテキパキと指示を出して、チームは役割分担で動き出す。車には小丹枝とススムが協力してカバーを被せた。

 ススムは、武装する人員に古山は分かるが、なぜ岩倉に無線機を持たせて八重田を武装させるのかと、気になって小首を傾げる。すると、その様子に気付いた小丹枝が、少し苦笑を浮かべながらこの人員采配の意味を教えてくれた。


「八重田は、薙刀を使えるんだよ。確か三段だったはずだ」

「おー、薙刀ですか」


 何だか見た目から大和撫子な雰囲気のある八重田には、『いかにも』といった感じでイメージがハマるなぁと感心するススム。

 実は浅川チームの偵察車両には彼女専用の木剣、赤樫の薙刀が常備されている。

 サブリーダーの小丹枝は柔道五段。

 刺又の柄の部分だけ装備している古山は剣道三段。

 そしてリーダー浅川は空手初段というなかなかの武闘派チームであった。

 ちなみに、岩倉はゲーム暦十年以上の経歴を持つ。何だか岩倉にだけ親近感が湧く気がするススムなのであった。


 8階建てのマンションの非常階段を上っていく浅川チーム。先頭はススムが担当した。

 結構閉じた空間である非常階段は、電灯が消えていると昼間でも真っ暗である。このメンバーの中では一番体力があり、徘徊中の発症者が居ても対処出来るススムが最も適役であった。


「よし、この階も異常無しと」


 先行して安全確認をしつつ、各階に防火扉があったのでそれらも閉じて行く。こうしておけば、廊下側を徘徊していた発症者が居たとしても、後から非常階段に入り込んで来る事を防げる。

 最上階まで上がって来たススムは、屋上に繋がる階段を塞ぐ柵の前に立つ。振り返ると、他のメンバーはまだ5階か6階付近を上って来ているようだ。


(鍵も開けておこうかな)


 策の扉には鎖と大きな南京錠が付いている。南京錠を手に取ったススムは、両手で握って捻ってみた。すると、メキ……と音がして錠の上部分、Uの字の掛け金が千切れた。


「あ、手袋が破れそう……」


 結構丈夫な厚手の手袋なのだが、流石に先日から異常な力が掛かりまくっているせいか、綻びも出て来た。


(今度からこういう時は素手でやろう)


 鎖を外し、柵の扉を開けたところで、他のメンバー達も最上階に到着した。


「す、ススム君……早過ぎ……」

「あ、すんません」


 息を切らしている浅川に、ススムは苦笑を返しておいた。



 全員が屋上に上がると、姿勢を低く取りながら児童公園の見える方向を確かめ、偵察の準備に取り掛かった。岩倉が運んで来た無線機のマイクを八重田に渡して、本部に連絡を入れる。


「浅川チームです。現場近くに到着しました。公園を見渡せるマンションの屋上に上がったので、これから様子を探ります」

『本部、了解した。救護に当たっていたチームから連絡が途絶えた。どんな状況か詳細を頼む』


 腹這いになって屋上の端に近付き、双眼鏡を覗き込む。公園の西側出入り口付近で運搬チームの車が燃えている。

 公園内には、運搬チームと救護に駆け付けたチームのメンバーと思われる数人が、彼方此方に倒れているのが見えた。


「あれって、全滅……?」

「そのようだな。まだ息はあると思うが……さっきの無線で聞いた限りは――」


 矢に発症者の体液が塗られているらしいので、全員不死病に感染しているだろうと、小丹枝は浅川の問いに推測で答えた。


「……最悪ね」


 重い溜め息を吐きつつ、浅川は公園に陣取っている敵性集団の情報を収集する。

 ざっと数えた限り、二十人ほどの集団だ。その内の十五人は一般的な服装をしているが、集団の中心に居る五人は、戦闘服のような装備をしていた。


 あれが無線で言っていた『明らかに異質な集団』かと観察を続けていた浅川が、そこに見知った人物を見つけて反応した。


「あっ、あの人!」


 その異質な集団の隊長っぽい男の隣に、以前放逐された問題組の中心人物、『磯谷のおじさん』を発見したのだ。

 前回、運搬チームが襲われた時にも目撃証言があったが、本当にあの人が関わっていたのかと、浅川は思わず眉を顰める。

 セクハラや暴言が多く、元々あまり良い印象を持っていなかったが、どうやら堕ちるところまで堕ちてしまったらしい。

 そんな磯谷がへらへらと媚びを売っている件の五人組は、クロスボウやアサルトライフルで武装している。


「あの銃って、本物かしら……?」

「うーむ……俺もその辺りは詳しくないからなぁ。岩倉、お前どうだ?」

「俺ッスか?」


 屋上の出入り口でススム、古山達と共に見張り役をやっていた岩倉は、話を振られたので無線機を古山に預けると、大きな体躯を屈めながら偵察位置まで這って行く。


「あれ?」


 公園の様子が窺える位置まで進んだ岩倉は、戦闘服の武装集団を見た途端、何かに気付いたように目を細めた。


「どうしたの? 岩倉君」

「ちょっと、双眼鏡貸してほしッス」


 浅川に双眼鏡を借りて覗き込んでいた岩倉が、確信したように言う。


「やっぱりっ! あのチームフラッグ、あいつらA.N.Tの連中ッスよ!」

..?」


「『オールニュートリエントス』っていう悪名高いクランの連中ッス」


 元はサバイバルゲームのチームだったが、対戦してくれる相手が居なくなるほどマナーの悪さで有名だったらしい。

 サバイバルゲームに出られない時は、ネットゲームのFPSなどで対戦場を荒らしていたそうな。

 岩倉も崩壊前はよくFPSで遊んでいたので、彼等の事を知っていた。彼等が戦闘服の腕に付けているワッペンのマークで気付いたという。


 曰く、集団で対戦部屋に入って来て、好き勝手に暴れてチャットで暴言を吐きまくる。

 ゲームによっては片方のチームに彼等のメンバー全員が入っている場合もあり、クランとしてはかなり強い方だが、マナーが酷いので他の大手クランからも嫌われていた。

 敵味方それぞれのチームに入った場合は、クランメンバー同士で通信しながらの談合も平気で行う。

 敵も味方も仲間以外は全て狩るというスタイルは、まさにチーム名の『オールニュートリエントス養分』の如く、他の真っ当なプレイヤーにとっては迷惑以外何者でもない。


「え、味方まで攻撃するの?」

「あいつ等、クラン仲間以外は全部ターゲットなんスよ。だから味方チームの動きを敵チームの仲間に伝えてキル取らせたりするんで、連中が入った対戦の戦績は敵味方ともA.N.Tが上位独占するッス」


 しかしまさかリアルでこんな事までしでかすとは思わなかったと、岩倉は双眼鏡を返しながら彼等の装備について語る。


「あいつ等のアサルトライフルはエアガンッスね。でも改造はしてあるでしょうし、ベアリング弾とか使ってたら殺傷力は実銃ほどじゃなくても十分ヤバいッス」

「うわ、それマジ……?」


 何だか色々最悪だと呻く浅川。すると、小丹枝が岩倉の持つ彼等の情報から、何か有効な対抗策でも得られないかと問う。


「ゲームと実際の行動は違うかもしれんが、連中の行動パターンを読めないかと思ってな」

「なるほど……どう? 岩倉君」

「そうッスねー……クラン戦とか大規模戦であいつ等がよく使う戦術に、別動隊で相手チームの小隊を急襲して回るってのが多かったッス。大抵は相手チームにあいつ等のメンバーがスパイとして入り込んでて、リアルで情報流してってパターンッスね」


 それを聞いた浅川が、「そう言えば……」と思い出す。ここに来る途中に聞いた、救護に駆け付けて襲撃されたチームが発信した内容では、集団の規模はおよそ三十人と言っていた。

 今公園に確認出来る武装集団は二十人。混乱した状況だったとは言え、誤差と呼ぶにはいささか人数差が多過ぎるのではないか。


「十人前後の別動隊が周辺を回っているかもしれない、という事か?」

「うん、それにさっきから気になってたんだけど……ほら、磯谷さんが持ってるアレって、うちの備品じゃないの?」


 双眼鏡を覗きながら指摘する浅川の隣で、同じく双眼鏡を覗き込む小丹枝が、それを確認する。


「……確かに、調達部のシールが貼ってあるな」

「え、それって、もしかして俺らの無線傍受されてたって事ッスか?」


 浅川達の会話を聞いて、八重田と古山がハッと顔を見合わせる。先程の本部との通信では、公園を見渡せるマンションの屋上から偵察する事までは伝えていた。

 もし、相手がこちら側の無線を傍受して行動や位置の特定を図っていたとすれば……。


「あの公園を屋上から見渡せそうなマンションって、この辺りで他にもあったっけ?」

「他の建物は、屋根に上れそうにない形の家ばかりなので……」


 浅川の問いに八重田がそう答えた時、屋上の出入り口から床を蹴るような足音が響いた。扉前に陣取っていたススムが振り返った瞬間――


「おらぁ! 突入だあ!」


 戦闘服を着てクロスボウ等で武装した若い男が、ドアを蹴破るような勢いでススムに前蹴りを入れて来た。――が、踏ん張ったススムに跳ね返されて無様に転がった。

 とりあえず、ススムは扉を閉めた。


「え? え? 何今の?」

「連中の別動隊か!」


 キョトンとしている浅川の隣で、小丹枝はすぐさま起き上がって臨戦態勢を取る。


「多分、そうだと思います。なんか戦闘服みたいなの着てて、武装してましたし」


 ススムはそう言って扉を抑えると、向こう側から「ざけんなー」とか「あけろコラァ」とか喚きながらガンガンやっている連中の侵入を防ぐ。


「どうします?」

「……いいわ、開けちゃって」


 武器を向けられる前に仕留めると決断したリーダー浅川の指示により、古山と八重田が扉前から少し間合いを取った位置に待機すると、前衛の浅川と小丹枝は扉の両側に潜む。


「ススム君は大丈夫?」

「問題無いです」


 隠れなくて大丈夫かと心配する浅川に、ススムは「荒事には慣れているから」と軽い嘘を吐くと、抑えていた扉に手を掛け直した。


「じゃあ、開けますよ」


 扉を開いてそのまま後ろに下がるススム。先程ススムに前蹴りを跳ね返された男が、クロスボウをススムに向けながら屋上に踏み出して来る。

 その後ろに続く二人目を確認した瞬間、小丹枝が先頭の男の首を薙ぎ払うように殴りつつ、二人目の戦闘服を引き込んで背負い投げした。

 コンクリートの床に叩きつけられた二人目は、息を吐いて気絶した。

 首を後ろから薙ぎ払われて前方につんのめったクロスボウの男には、八重田が薙刀でその武器を叩き落とし、古山が刺又の柄で強打を打ち込む。


「かふ……っ」


 白目を剥いて崩れ落ちる一人目のクロスボウ男。すると、さらに続く三人目が改造エアガンを撃ちながら飛び出して来た。

 岩倉が折り畳み式の盾にもなる無線機運搬用の仕込みケースを構えて、八重田と古山を護る。ススムも岩倉の隣に並んで壁になった。

 そのエアガン持ちは正面に牽制の乱射をした後、すかさず右を向いて小丹枝に目標を切り替える。と同時に、四人目のエアガン持ちが正面を受け持って飛び出して来た。

 そこへ、浅川が強烈なローキックを叩き込んで態勢を崩させる。次の瞬間、古山がその四人目に打ち込み、八重田は小丹枝にエアガンを向けている三人目を仕留めに掛かった。


(凄いなぁ……これ、みんな結構場数踏んでるんだろうなぁ)


 ススムは、戦闘服集団の連携もなかなかのものだが、浅川達のチームワークも凄まじいと感心した。


「これで四人ね、もう一人くらい居る?」


 瞬く間に突入して来た四人を逆制圧した浅川達は、公園に陣取っているグループが五人なのを見越して、別動隊も同数かそれ以上居るのではと、油断なく出入り口の様子を探る。

 その時、カシュンッという機械音と共に、飛来したボルトがススムの胸に突き立つ。


「……っ!? ススム君!」

「大丈夫です」


 刺さったかと思いきや、胸の手前で掴み止めていたススムは、ボルトをペンのようにクルリと回して掴み直すと、その場から前方にダッシュ。今クロスボウを撃った五人目に突き付けた。


「わああっ! さ、刺さないでくれ! それは発症者を刺した矢なんだ!」


 そう叫んで武器を捨て、降参する五人目の戦闘服。


「そんな危険物を人に向けて撃っておいて、自分は刺さないでくれって……」


 浅川が呆れた口調で呟く。どうやら彼女の読み通り、ここを襲撃して来たA.N.Tの別動隊は、五人で全部だったようだ。まだもう一組、別動隊がいるかもしれない。


「丁度いい、こいつから色々聞き出そう」


 そう言って、小丹枝は少し撃たれた怪我の応急処置をしながら、岩倉に拘束バンドを出すよう指示する。


 斯くして、偵察活動中を急襲して来たA.N.Tの別動隊を返り討ちにした浅川チームは、敵性集団に関する情報収拾の尋問に取り掛かるのだった。

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