*第七話:裏話・猟犬と狂犬
雑居ビルの隙間に立つアパートは、上手い具合に周りのビルと駐車場がバリケードになってて、発症者共が入って来られねぇ造りになってる。
まあ、近場をうろついてるヤツは俺があらかた潰しておいたが。
「おにーちゃん、おかえり。やられたの?」
「うるせぇ」
近所のガキんちょだ。貧乏一家共々まだここに住み続けてる。どっから食料とか調達して来るのか分かんねぇが、こいつらもよく感染しねぇな。
階段前で落書きしてる糞邪魔な幼女を横に蹴飛ばす。
「きゃはははっ」
転がってはしゃいでんじゃねぇ。
数日ぶりに戻った自分の部屋で破れたシャツを脱ぎ捨てた。所々にガラスも刺さってやがる。
「糞が……何なんだよ、あの化けモンはよぅ」
悪態を吐きつつ全身のチェック。痣なのか模様なのか判別つかねぇが、まあいい。ダメージは十分回復した。
「新しいシャツは……こっちにしとくか」
着替えを済ませて自宅を出る。
「おにーちゃん、いってらっさい」
「うるせぇ」
アジトに戻りながら戦略の練り直しを検討する。今後もススムみたいな同族が出てきたら、今のままじゃ対抗できねぇ。
あいつが特別異常だったとしても、将来確実に俺の前に立ちはだかるのは目に見えてる。
「やっぱ武器がねぇと無理か……」
あんだけ馬鹿みたいなパワーが出せるって事は、耐久力もアホみたいに高いはずだ。どうやって倒す? 毒でも使うか? あいつが運んでるっていう、対不死病血清なら効くか?
「……くだらねぇ」
それこそ本末転倒だろ。あいつは、要は旧人類の味方についてるから、俺と敵対する事になってんじゃねーのか? だとすると、
(問題はどうやって旧人類を見捨てさせるかだが……ん?)
橋の方から何か来る。車か? うちで使ってる車じゃねーな。
「降車! 整列!」
車体の周りを装甲で固めた軽トラが俺の横で停まって、荷台に乗ってた奴等がぞろぞろ降りて来やがった。
何だ? こいつら。機動隊みたいな恰好しやがって。
「君、この辺りで帽子を被ってマスクを付けた、コート姿の若い男を見掛けなかったか?」
背中に大きなバックパックを背負ってるって? まんまススムの事じゃねーか。
「何だ? ススムに何かようか」
「知り合いなのか? ならば話は早い。我々は奴が運んでいる血清を回収に来た、野木総合病院の者だ」
"奴"ってなんだよ。血清の回収に来ただと? あいつは確か、病院に配って回ってるつってたよな。ススムを追って来たのか? にしちゃあ妙な違和感が……
俺が訝しんでると、連中の中でスピードガンみてぇな機械を持った奴が、それをこっちに向けながら、正面のでかい奴に耳打ちした。
「隊長、発症者反応があります」
「……ほう? つまり、知り合いの振りをして情報を探ったという事か。なるほど、多少の知能はあるようだ」
「……ぁあ?」
何言ってんだ? こいつら。
「血清を渡せ。それは我々に管理されるべきものだ」
「はぁ?」
何だ? 俺をススムと勘違いしてんのか? つーかコイツの態度、気にくわねぇ。こいつら旧人類にとっちゃ、あいつは救世主みてーなもんじゃねーのか。
「おっさん、勘違いしてるみてーだが……丁度いい、血清は俺が全部処分する事にしてるんでな」
「ん? 何を言っている?」
「お前ら旧人類にススムの血清は渡さねぇ、ここでぶっ潰してやる!」
まずは先制の一撃を目の前のデカぶつに叩き込む。見下ろしやがってウゼーんだよっ! 吹っ飛んだおっさんが後ろの奴等を巻き込んで転がったところに、追撃の飛び蹴りだ。
ああ、そうだ。この装甲軽トラもぶっ壊してこいつらの足を潰してやる。
「うおらあああ!」
軽トラの横から組みついて車体を持ち上げ、横倒しにしてやった。――と、盾持ちが囲んで来やがったな。
手前の奴に全力で体当たりしたら、三人纏めて吹っ飛んだぜ。
(やっぱり俺は強ぇ! あいつが異常なダケなんだ)
警棒で殴りかかって来た正面の奴を前蹴りでふっ飛ばし、横からの攻撃は腕でガード、止まった相手の防弾チョッキを掴んで反対側の奴に投げ飛ばす。ついでにケツも蹴っ飛ばしてやった。
「はっはーっ! てめーら旧人類のザコ共が、適応者の俺に勝てるわけねーよなぁ!」
「インパルス、用意」
あぁん? なんだありゃ。ボンベを背負った奴が銃みたいな筒を向けて来やがったぞ。火炎放射器じゃねーだろうな。この距離でそんなもん使ったら、味方まで巻き込むからソレはねーか。
(何かしらねーが、使われる前にぶっ潰せば問題ねぇ!)
ダッシュでそいつとの距離を詰めて殴り飛ばそうとした瞬間、顔に衝撃が来て足を止められた。なんだっ? 水?
「ペッ! 水鉄砲かよっ」
結構な衝撃だったが、俺には通用しねぇ! 今度こそぶっ飛ばしてやろうと腕を振り被った瞬間、今度は身体中が硬直するみてーな衝撃が走った。
(なんだこりゃ……! まるで電流みたいな――電流?)
わずかに視線を動かして脇腹を見下ろすと、先端が青白く放電するでかい警棒みたいなもんを充てられてた。スタンガンかよっ!
(それで水を浴びせたのか……!)
全身が痙攣してるみてーな状態だが、しばらくすれば慣れるか? そんな感触を覚えた時、風切り音が近付いて頭と胸元に強い衝撃が走った。長めの鉄の棒で殴られたらしい。
「っ! この、やろう……」
地面に転がったが反動をつけて起き上がる。その瞬間、またさっきの水鉄砲が直撃してバランスを崩された。仰向けに転がったところへ全身に電流のコンボ。
痙攣して動けねえうちに他の奴等が鉄棒で袋叩きにして来やがる。
(動きを止めてからの数の暴力かっ――これじゃどーしよーもねーぞ! クソがっ)
いくら常人より耐久力が高くても、こうも絶え間なく致死性の高ぇ攻撃食らってりゃ限界が来る。
「っ!」
俺の肩口に叩きつけて来た鉄棒の一本を掴んで抑える。電流にも大分慣れて来た。動き回れるほどじゃねーが、ちょっと腕を動かすくらいなら――
「ちょーしのってんじゃねぇ!」
相手の毟り取った鉄棒を全力で振り回し、連中の足に叩きつける。こっちは地面に寝っ転がった態勢だったが、向こうも鉄棒持ちは全員転がしてやった。
後は、さっきからスタンガン充てて来やがるデカぶつと水鉄砲の奴だ!
(くそ、足がふらついてやがる……!)
その時、通りの向こうからエンジンの爆音が響いて来た。
「なんだ……?」
連中を含めて全員がそっちを振り返る。あれは……うちの偵察車? ボディに『神衰懐』のロゴが入ったオープンカーが突っ込んで来た。
「総長ー!」
「ショウさん! 早くっ!」
「お前ら……ちっ」
仕方ねぇ、ここは一旦退くか。
走り抜けて来る車に飛び乗る。さっき横倒しにした連中の装甲軽トラにぶつけたもんだから、上手い具合にひっくり返ってやがる。ザマーみやがれ。
「大丈夫っすか、ショウさん!」
「ああ……」
武装防護服の下っ端組に助けられるとはな。まあいい、俺の組織の構成員の手柄は、俺の手柄だ。
「お前ら、よくやった」
「え、えへへへ」
「光栄っす! お役に立ててうれしいっす!」
ふん……呑気な奴等だ。懐くのは勝手だが、いずれお前らは絶滅するんだぞ。いつまで仲良しチームごっこやってるつもりなんだか……
とにかく、組織作りはやり直しだ。ススムみたいな奴の他にも、さっきみてーな連中が重火器持って数で攻めてきたら、適応者の能力だけじゃ対抗できねぇ。
(そういやあの連中、ススムの血清を狙ってるんだったな)
なんでだ? でかい病院なら、ススムも立ち寄ってるんじゃないのか?
(ススムに無視されたのか?)
あのお人好しに無視される病院って、どんなだよ。
あいつらみたいな連中がススムにちょっかい出して、旧人類に失望したススムがこっち側につく事を期待しつつ、俺は新しい組織作りの事を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます