*第六話:裏話・獣の巣と怪物
テレビのニュースに映し出されていた信じられない光景が、自分の町の近所でも起き始めたあの大崩壊の日。災害避難所に身を寄せた私達は、皆で助け合いながら上手くやっていたと思う。
報道が止まり、警察や軍隊の活動も無く、本当に世界が終わってしまったのかもという絶望の中、避難所生活の日常が安定して来た頃にそれは起こった。
「発症者だ!」
「どっから入り込んだんだ」
「近づくなっ、感染するぞ!」
「長物を持ってこい! 外に追い出すんだ!」
公民館の周りは厳重に封鎖していたはずなのに、発症者が敷地内に現れ、避難所は大パニックに陥った。
「うわっ、暴れ出した!」
「周りが騒ぎ過ぎるからだ! 皆を静かにさせろっ」
「大変だ! 表門が開いてる! 発症者が入って来るぞ!」
「そんなバカな、鍵は建物の中のはずだぞ!?」
「逃げろ! 発症者が雪崩れ込んで来るぞ!」
「ちょっと待て! 門の様子を確かめに――」
混乱が混乱を呼び、発症者に対する恐怖から逃げ惑う人々は、不確かな情報に扇動されてバラバラに動き始めた。
そんな中、避難所の管理運営を任されていた私達は、出来るだけ多くの物資を運び出そうと、脱出の準備を整えて行った。
「先生! 食料の積み込み終わりました!」
「よし、君達はそれを引いて先に行ってくれ。道中気を付けてな」
公民館と学校所有だったそれぞれのリアカーに物資を積み込み、生徒達を先に逃がす。私と
先行するグループには男子生徒が多く、道中の発症者を刺又で遠くに誘導したり、通り道の確保をしながら進み、私達女生徒の多いグループは貴重品を安全に運ぶ役割を担っていた。
「先生! 暴れる発症者が行く手に!」
「二体もいるから、片方を追い払ってる間にもう片方が近付いて来て……前に進めません」
「分かった、僕が応援に入る。
「は、はい、分かりました」
大柄で恰幅の良い熊谷先生が先行グループの応援に向かい、私達は周囲を警戒しながらビル街の道を進んでいた。
「せ、先生っ 発症者の人が……」
「っ!?」
先行グループが見落としたのか、私達の脱出騒ぎに惹かれて他所から集まって来たのか、放置された車の陰からぞろぞろと出て来る発症者達。
私達だけで対処出来る数では無いけど、先行グループに応援を求めれば、その声に反応して全員がこちらに向かって来てしまう。
「こっちだ」
「え?」
立ち往生している私達に、ビル脇の路地から声を掛けて来る青年が居た。ラメ入りの黒シャツという少し派手な恰好をした青年は、「この路地には発症者が居ない。俺についてこい」と誘導する。
「先生……あの人、ビル街の武装グループのリーダーやってる人ですよ……」
情報通の生徒の一人から、ヒソヒソと教えられる。でも、今の状況では彼の誘導に従うしかない。避難所でもあまり良い噂を聞かない、危険な集団という事だけど、きっと私達の非常事態を知って駆け付けてくれたのだろう。
同じ町に住む人同士、やっぱり助け合いの精神は持っているのだ。
――私は、この時の決断を、自分の甘さを後悔する事になった。
誘導された先は、彼等武装グループのアジトだった。最初はそこにかくまってくれるのだと、お花畑な事を考えていた。
けれど現実は、荷物を奪われ、自由も奪われて地下室に閉じ込められた私達には、彼等の慰み者にされる毎日が待っていた。
何とか生徒達を守ろうと、私が彼等の相手をする事で許して貰っていたけれど、タガの外れた彼等は、とうとう生徒にも手を出し始めた。
この
私は、人が天井に叩きつけられたり、殴られた瞬間空中で何回転もする光景を、産まれて初めて見た。マスクと帽子で顔を隠し、コートで厚着をした若い男性だと思うけど、アレは人間じゃない。
私達は、怪物が獣を駆逐していく恐ろしい様子を、ひたすら震えながら見ていた。
獣達の血と呻き声に染まる地下室から、私達を解放してくれた親切な怪物は、先行グループの先生達が埠頭のある隣町の避難所に向かっている事を教えてくれた。
ビル街を脱出した私達は、中洲地区の外に繋がる橋のところまで来た時、先行グループの熊谷先生達と合流する事が出来た。
そこでようやく、私は正気を取り戻した。
恐らく精神的な自己防衛だったのだろう。ボンヤリと霞み掛かっていた意識が明瞭になり、一気に感情が溢れて、大泣きしてしまった。生徒達の前なのに、情けない……。
私と生徒達は河原で身体を洗い、しばらく休憩をとってから避難所を目指す事になった。
乱暴された子達のケアもしなければならない。それと、碌にお礼も言えなかったあの男性にも、今度あった時はきちんと感謝を伝えなければ。
「そろそろ出発しますが、大丈夫ですか? 水樹川先生」
「はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
熊谷先生の気遣いに応えつつ立ち上がった私は、羽織っていた毛布を畳む。
解放された生徒達を含め、私達の表情は決して明るくは無かったが、夜の街灯を頼りに、しっかり前を向いて歩き始めた。
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