第六話:覚醒適応者
人の姿が消えた夜の街並み。真っ直ぐ続く大通りを自転車で駆け抜けるススム。道路脇に点々と並ぶ街灯は、まだ点灯しているので然程暗くはない。信号機は黄色が点滅している。
この辺りは道幅が広いせいか、事故車の数も少なく感じた。所々に電気の灯った民家も見える。単に点けっ放しになっているのか、生存者が生活しているのかは分からないが。
(この辺りは建物もあんまり荒れてないな)
食品類を取り扱っている店舗は軒並み侵入の形跡が見られたが、一般の民家やビルなどの建物は、特に窓が割れていたり、扉が壊されていたりという様子も無い。
夕方頃に立ち寄ったコンビニの周辺に見たように、この辺りには多くの生存者が住んでいるのかもしれない。
やがて、大きな川沿いに出た。中州に掛かる橋の上には大型車両が横付けされてあり、工事現場でよく見かける黄色に黒の縞々ラインが描かれたガードフェンスやバリケードで封鎖されていた。
徘徊している発症者や、バリケードを見張っている者も居ないので、ススムはフェンスの一部をどかして自転車を通す。
「よいしょっと。ここを封鎖してるって事は、この先のビル街は発症者は居ないのかな?」
フェンスを戻し、橋を渡ったススムは、中州の高層ビルが立ち並ぶエリアに入った。目的の中央病院はこの地区の中心付近にある。
「流石に高層ビルの電気はほとんど消えてるな」
上層階にぽつぽつと明かりの灯っている部屋が見えるが、街灯以外の明かりは少なく、立ち並ぶビルの影はまるで巨大な墓標のようにも思えた。
このまま大通りに沿って病院まで行こうと、道路の真ん中を走っていたススムは、前方の歩道橋の上に手を振っている人影を見つけて速度を緩めた。
両手を広げて大きく振っているのは、恰幅の良い中年のおじさんだった。歩道橋の上には幾つかのテントが並んでおり、他にも何人かの人影が見える。
歩道橋の前で自転車を停めたススムがその人達を見上げると、代表者らしき手を振っていたおじさんが声を掛けて来た。
「君! 向こうの町から来たのかい!?」
「向こうというか、もう一つ向こうの町からですけど」
「もう一つ向こうと言うと、埠頭の近くか。そんなに遠いところから……そっちに一般民が入れる避難所は無いのかい? ここと隣町の病院は使えないから、入れる場所を知ってるなら教えて欲しいのだが」
「一応、あるみたいですよ? 小学校と病院が避難所になってました」
おじさんの言う『隣町の病院は使えない』とは、恐らく昼間に一悶着あった件の病院の事だろうなとススムは察する。
ただ、『
「あの、ここの病院って封鎖されてるんですか? それとも隣町の病院みたいに排他的とか?」
「ん? ああ、そうじゃないんだ。こっちの中央病院は怪我人の治療とか、重傷者の入院とかはやってるよ。だけど、避難民の受け入れはやってなくてね」
彼が言っていた『ここ』とは、この中州地区にあった公民館の避難所の事で、彼等は元々そこに避難していたらしい。
何日か前に発症者が入り込んでしまい、避難所として使えなくなったという。
「公民館を脱出して来たまではよかったんだけど、ビル街を抜ける時にみんな散り散りになってしまってね」
貴重な薬品類を運んでいたグループとはぐれてしまったので、ひとまず安全を確保出来て周囲を見渡せるこの歩道橋に陣取っていたのだ。
しかし、はぐれたグループは待てど暮らせど現れず、手持ちの食料も心許なくなってきたので、どこか安全な別の避難所を目指す検討を始めていたらしい。
「君は、中央病院に行くのかい?」
「ええ、ちょっと届け物がありまして」
「そうか。なら、この先のビル街を通る時は気を付けるんだ。あそこはちょっとヤバい連中が縄張りにしてるからね」
「ヤバい連中?」
ススムは、もしやまた武装自警団のような集団がいるのだろうかと身構える。
おじさんの話によると、ほぼ若者達で構成された暴走族が新興宗教集団に転向したかのような、どうにも妙な感じのする武装グループなのだという。
「ううむ、何だか分かるような分からんような……」
「彼等のリーダーはカリスマ的な存在みたいなんだけどね、何て言うか……言動がちょっとね」
どこから調達して来るのか、彼等がアジトにしているオフィスビルにはかなりの物資が集められていて、車やバイクなども使ってビル街を中心に活動している。
不死病の蔓延で大混乱が起きていた当初は、単独で行動する若者グループの一集団に過ぎず、避難所に物資の交換に来るような事もあった。
だが、現在のリーダーがグループを動かすようになってからは粗暴な行動が目立つようになり、今ではすっかり盗賊紛いの事もする狂暴な集団と化している。
気まぐれに避難民を襲撃したりもするので、公民館に避難していた周辺の住民は、ビル街からこちら側のエリアに来る事が出来なかったのだそうだ。
「うわー……それって、道路の真ん中を自転車で走ってたら、マズいですかね?」
「まあ、見つかったら何かしらちょっかいを掛けて来るかもしれないねぇ」
おじさんは、病院に届ける大事な荷物があるのなら、なるべく見つからないように進んだ方が良いとアドバイスしてくれた。
歩道橋の避難民グループは、ススムの住んでいる街の避難所を目指す事にしたようだ。彼等と別れたススムは、中央病院を目指してビル街のエリアに踏み込んだ。
大通りは発症者の姿も無く、開けていて目立つので、適当な路地に入って徘徊している発症者を探す。彼等を誘導しながら、それに紛れて進めば安全だと考えた。のだが――
「ん? なんだお前」
「いきなり見つかった件」
黒シャツに銀の刺しゅうとラメ入りシャツという、どこぞのホストっぽい目立つ恰好をした若者と鉢合わせした。何かネジが沢山突き出た鉄パイプとか持っている。
(よし、逃げよう)
回れ右して逃走を図ろうとするススムに、その若者から声が掛けられた。
「待て! お前、俺と同じ適応者だな」
「え?」
以前、黒田の呟きに聞いた事のある「適応」という単語と、「俺と同じ」というセリフが引っ掛かったススムは、思わず足を止めて振り返る。
「発症者の近くに居ても感知されないだろう?」
ラメ入り黒シャツの若者はそう言って口の端を上げると、自分のすぐ後ろでゆらゆらしている発症者を親指で指し示した。
「ここって……」
「俺達"
いずれ日本中に支部を持つ巨大組織になると篠口は豪語する。建物に入って正面の奥の壁に、カーテンを使ったと思われる垂れ旗が飾られていた。
表面にはペンキで書いたと思われる毛筆体っぽい字体で『神衰懐』の文字。
ソファーが置かれた応接室のような広い部屋では、構成員らしき若者達が、テーブルの上に並べられた手製の武器の手入れをしている。
部屋の一角に鉄材のガラクタが積まれており、そこから鉄の棒や何かの機械の一部を取り出しては、組み合わせて武器を造っているようだ。
路地で会った時は暗くて気付かなかったが、明かりのある建物の中で改めて篠口の姿を見たススムは、彼の顔が薄らと青紫の斑色に変色している事を確認した。
(感染して症状が出てても発症しない人って、一定数いるのかな……)
ススムがそんな事を考えていると、複数人の若者が非常階段口の方からどやどやと現れた。
地下階から上がって来たらしい彼等は、全員がお揃いの特攻服というか防護服にベルトやら肘、膝パッドを付けたような装備を纏っている。
「あ、総長、戻ってたんすか」
「ショウさん、お疲れ様した」
篠口にそう言って挨拶した彼等は、隣に立つススムを指して「誰すか?」とか訊ねている。篠口は、ススムの事を「俺の同類だ」とだけ紹介すると、現状の報告を促した。
「物資の回収は済んだのか?」
「ソレなんすけど、あいつら金庫に仕舞い込んじまって、開かねーんすよ」
「鍵は無くしたとか言ってて、剥いたんすけど、ほんとに持ってねーみたいで」
彼等はそう言って、三人掛かりで運んで来た金庫をどっこらせと床におろす。事務室などによく置かれている金属製の金庫だ。
篠口は「ふん」と鼻を鳴らして金庫の前に立つと、すっと横に手を差し出した。すると、彼の部下達がすかさず用意したバールを手渡す。
あれで抉じ開けるのかなと、その様子を観察していたススムは、金庫の事よりも彼等が言っていた「あいつら」の事が気になった。
話の内容から察するに、この金庫が他の誰かの手から奪われて来た事は明らかだ。
(いや、もしかしたら逆で、取り返して来たとかかもしれないけど……)
彼等に不穏なものを覚えたススムは、今更ながら危険な犯罪者集団のアジトに来てしまったのではないかと内心で恐々とする。そうこうしているうちに、篠口が金庫の扉にバールをあてがい――
「ふんっ!」
ギャリッと金属の擦れ合う音を立てて隙間にバールの先端を押し込んだ。そして握る手を持ち替えると、一気に力を加える。
「おらぁ!」
ベキンッ と音を立てて折れるバール。金庫の扉は開かない。扉の隙間に刺さったバールの一部を、指でつまんで引き抜いた篠口は、先程と同じように手を差し出して言った。
「次」
「はい、総長!」
すぐさま二本目のバールが渡される。
(一発で開けるんじゃないんかい)
少しズッコケつつ、心の中でツッコミを入れているススム。そうして何本かのバールが消費され、金庫の扉が抉じ開けられた。
「ふう、開いたぞ」
「流石総長!」
「お疲れ様っす! お見事っす!」
金庫の中身は、市販されている箱入りの薬の他に、病院で使われているような、簡素なラベルが付いた薬瓶など、薬品類のようだった。包帯やピンセットなども入っている。
カプセル剤が沢山詰められたビニール袋の表面に、マジックで"公民館行き"と書かれてあった。
「その薬とかって……」
「ああ、適応者の俺には必要ないが、普通の人間である部下達には貴重な必需品さ」
ススムの呟きに、篠口はバールを部下に返しながらそう答えた。
「いや、そうじゃなくて、これってもしかして公民館に居た人達の持ち物では?」
歩道橋に陣取っていた避難民のおじさんは、確か公民館の避難所から脱出して来たと言っていた。貴重な薬品類を運んでいたグループとはぐれてしまった、とも。
もしや避難民を襲って物資を強奪したのでは? と、表情を曇らせるススムに、篠口はふっと笑みを浮かべると、大袈裟に両手を開いて見せつつ、芝居掛かった言い回しで諭すように語る。
「現実を見ろ、世界は変わったんだ。水に食料、薬、物資なんてものは手に入れた者が所有者だ」
「あと、女もな」
と、篠口を信望する彼の部下が横から口を挟む。
「茶化すなよ――まあ、事実だが」
篠口と部下のやり取りをスルーしたススムは、今確かめておくべきだと思い、問い質す。
「その避難民の人達は?」
「地下に拘束してある。今後、組織の拡大に向けて労働力は必要だからな。半分も取り逃がしたのは失態だったが……また他の避難所を狙えばいい。発症者はそこら中に居るからな」
「それって、どういう意味だ」
まさか――と、ススムの脳裏を過る不吉な
「それよりもお前、名前を聞いてなかったな」
「……大木 進」
あまり名乗りたくない相手だったが、ここまで話しておいて名乗らないのも筋が通らない。なので、ススムは素直に答えた。
すると、篠口はススムに正面から向き直って言った。
「オーケー。ススム、俺の下に付け」
不敵な笑みを浮かべながら、篠口はススムを自分の組織に勧誘したのだった。
「俺達は新人類だ。大崩壊を経て進化した、選ばれた人種なんだよ」
何百人に一人、あるいは何千人に一人か分からないが、適応者は他にも大勢いるはず。
いずれ旧人類は不死病によって地上から絶滅し、適応者のみが地球上の新たな支配者として君臨する時代が来る。
その時に備えて、今の内から適応者社会の中心となる組織作りをしておくのだと篠口は力説する。
「俺達が新しい世界の出発点となるんだ。ススム、お前も一緒に来い」
内容はともかくとして、自信にあふれた言葉で淀みなく紡がれる世界への見解や未来の展望は、なかなかの名演説と言えなくもない。
篠口の部下達などは、恍惚とした表情で彼の訴えに聞き惚れている。
(自分達は絶滅するとか言われてるのに……いいのかそれで)
ススムは内心でそんな事を思いつつ、篠口の勧誘に御断りの答えを返す。
「……悪いけど、その考えには賛同出来ない」
「……そうか、それは残念だ」
額に手を当て、神妙に目を閉じ、深く息を吐く篠口。やはり一々動作に芝居掛かっているのだが、どうにも奇妙な違和感が付き纏う。
(つーか、黒田さんの血清が地元の病院でも量産されてるんだし、地上から消えるのは不死病の方だと思うけどなぁ)
ススムが血清の普及と不死病の終息、世界の復興について考えていると、篠口は続けてこんな事を言った。
「初めて見つけた同族を、自らの手で送らねばならないのは悲劇だよ。実に残念だ」
「は?」
篠口は、おもむろにポケットから黒い手袋を取り出して装着し始める。それを見た彼の部下達が慌ててこの場を離れ始めた。
「ヤバいっ、総長が暴れるぞ!」
「退避! 退避!」
「ショウさん、カッケーす!」
武装防護服の三人組や武器の制作をしていた『神衰懐』の構成員達が、非常階段口へと走り去る。見せつけるような動作で手袋を装着した篠口は、顔の前でギリリとその拳を握って見せると――
「味方に付かない同族は敵だ、死ね!」
「なんだそりゃ!」
唐突に敵認定して殴り掛かって来た。ススムは思わず「短絡的過ぎるだろ!」とツッコミながら横っ跳びで躱そうとする。その瞬間――
「っ!?」
ススムは、自分で意図しないほどの跳躍をしていた。斜め後ろに並ぶソファーを飛び越え、3メートルほど後方に着地する。
思いの外距離を取れたが、篠口もワイヤーアクションさながらの跳躍力で飛び蹴りを放って来た。それをさらに後方に跳んで躱すススム。
「はははっ、力の使い方は分かっているようだな! 俺達適応者は、通常の人間の三倍近い身体能力を発揮出来る。半端な戦いじゃ済まないぜ!」
「え、三倍近いって……」
着地して身構えたススムは、ボールをぶつけて病院のシャッターを壊した時の事を思い出す。
(あれって、三倍程度じゃ済まない気がするけど)
ともあれ、マズい状況になった。一階の出入り口は開いているので、走って逃げる事は可能そうだ。しかし、地下に拘束されているらしい避難民の人達も気になる。
だが今は他人の身を案じている場合ではない――などと、なかなか脱出の決断が下せないでいるススムに、篠口は180センチくらいありそうな横長のソファーを持ち上げて投げ付けた。
「うわっと」
飛んで来たソファーを両手で抑えて受け止めるススム。その隙を突いて一気に距離を詰めて来た篠口は、ソファーが床に落ちる瞬間を狙って飛び蹴りを放つ。
ススムは咄嗟に右手で顔面をガードしてその蹴りを防いだ。
(……ん? 軽い)
跳び蹴りをガードされた反動を使って態勢を整えながら着地した篠口は、ステップでタイミングを計りつつ攻撃を繰り出した。
「足元が疎かだぜ!」
ススムの転倒を狙ってソファーを蹴り込む。狙い通りに転倒させる事は出来なかったが、両足に衝撃を受けた事でこの瞬間は咄嗟の回避が出来ないはず。そう確信する篠口は、必殺の一撃を叩き込むべく飛び掛かった。
発症者を練習台にした時は、その身体を穿ち抜くほどの威力を見せた、助走をつけてからのジャンピングストレート。――足が地面に着いている方が威力が高いのでは? と意見した部下は処分済みだ。
「もらったあ!」
ズンッ という、おおよそ人間が人間を殴った音とは思えない重い打撃音が響き、勝利を確信した篠口が狂喜の笑みを浮かべた瞬間――
ベシッ
「ぶほぁっ」
上から頭をはたき落とされ、ソファーに顔から突っ込んだ。
「!……っ はぁっ!?」
一瞬何が起きたのか分からず、混乱しつつも慌てて立ち上がった篠口は、正面からソファー越しにじっと見下ろしているススムに回し蹴りを放とうとする。しかし――
ドカッ
「ぬはっ」
ソファーを蹴り出されて軸足を払われ、盛大に転んだ。
「な、そんな……俺の力が、通じないなんて――お前、何者だ!」
「いや、あのな……」
さっきまで同類とか同族とか言ってたじゃないかと脱力気味にツッコんだススムは、篠口の攻撃が自分に通じないと分かって、少し落ち着きを取り戻す。
「個体差があるんだろ、多分。そんな事よりさっきの話だけど、もしかして避難所に発症者を誘導して使えなくしたのか?」
床に這いつくばった姿勢からギッとススムを睨み上げた篠口は、ふっと息を吐いて立ち上がり、シャツの埃を払いながら語る。
「ああ、たった一匹の発症者に右往左往して崩壊さ。助け合いだの弱者救済だのほざいてた連中が、一人で歩けねぇ怪我人やらじじぃばばぁをほっぽって我先に逃げ出す様は、なかなか笑える見世物だったぜ」
「マジでやったのか……」
なんつー事をやらかしてんだと、ススムは頭を抱える。
「進化だか新人類だか何か知らんが、せっかく感染しても生き延びられてるんだから、アホな事やってないで真面目に生きろよ。人に迷惑掛けんな」
世界が滅びようと、人のモラルに関係は無い。そう一喝したススムは、篠口の言う適応者のみが生きる社会という未来像を否定する根拠を示す。
「今俺が町の病院に配達して回ってるんだけど、不死病に効く血清がもう開発されてるんだ。これが広まれば発症者も居なくなって、世界だって元通りになるさ」
「不死病に効く血清、だと……!? お前、そんな物を運んでるのかっ! 捨てろ!」
「あほか」
適応者である自分達にとって自殺行為だと言う篠口の忠告を一蹴したススムは、とにかく拘束している避難民を解放するよう促した。
「……なら力尽くで解放してみろ! こっちも生存権が掛かってんだ、力尽くで奪って、世界中の血清を破棄してやる」
「無茶苦茶言うなよー」
ここに至って、ススムは何となく篠口に感じていた違和感の正体が分かった気がした。彼等は、いわゆる中二病なのだ。それも篠口の場合、『適応者』というそれなりの根拠を持った中二病だ。
妄想の中にあるうちはよかったが、現実世界が崩壊した環境で特殊な状態になったものだから、引き起こされる被害がとんでもない事になっている。
「多少の個体差はあっても、技術でカバー出来る。ススム、お前格闘は素人だろう!」
腰を落とし、上体は起こしたまま軸足と後ろ足で踏ん張って前傾姿勢を取った篠口は、両手を正面に構えてジリジリと間合いを詰めて来る。何か格闘技の心得があるのだろう。
「……」
ススムは、先ほどからぶん投げられたり蹴飛ばされたりして床に転がっている横長のソファーを拾い上げると、大きく振り被り――
「!? ちょ……っ、お、お前、それはっ!」
篠口目掛けてフルスイングした。
バスンッというサンドバックでも叩いたかのような音が響き、薙ぎ払われた篠口の身体はフロアに建てられた衝立のパネルを吹き飛ばして、事務机の上をバウンドし、このオフィスビルの入り口を覆うガラスの壁をぶち破って表の道路まで吹き飛ばされた。
「……いや、おかしいだろ」
吹き飛ばした張本人であるススムは、折れ曲がったソファーを手に呆然と呟いたのだった。
ススムが地下階に下りると、倉庫のような部屋の前に武装防護服の三人が立っていた。何やら駄弁っていた彼等は、ススムの姿を見ると、きょとんとした表情で訊ねる。
「あれ? 総長は?」
「つかこいつ、ショウさんがぶっ飛ばすんじゃなかったっけ?」
ススムは、彼等に拘束している避難民の事を訊ねる。
「ああ、あいつらならこの中だよ」
「つかショウさんは?」
「ぶっ飛ばした」
篠口について端的に答えるススム。
「は?」
「ぶっ飛ばした」
「……だ、誰が、何を?」
「俺が、翔君を」
さーっと青褪める三人組。自分達の信望する総長が倒されたというのに、威嚇や憤りの態度すら表さない。彼等にしてみれば、超人的な力を持つ絶対強者だった篠口が負けた時点で、目の前にいる男は化け物確定。逆らえる筈もなかった。
「避難民の人達解放するから、そこ開けてくれる?」
「え! あ、あの……でも……」
「開けてくれる?」
「は、はい……」
開けなきゃ蹴破るつもりでいたススムだったが、努めて穏やかに平和的に交渉する事で、これ以上余計な荒事に巻き込まれないよう、穏便に解放を済ませようとした。
しかしながら、ここは避難民の人達から狂暴と恐れられた武装集団のアジトなのだ。
防音効果の優秀な扉が開けられると、中で行われていた乱痴気騒ぎが響いて来た。
「おらっ、もっと腰振れ!」
「おいお前ら、ちゃんと見とけよ」
「お願いします、もうやめて下さい! 私が代わりになりますから!」
「ああん? ババァはお呼びじゃねーんだよ!」
「ぎゃはははっ」
ススムの顔から表情が消えるのを、マスク越しでも確認した武装防護服の三人組は、じりじりと扉の前から離れると、一目散に逃げ出した。
彼等は特別な恰好をしていたが、実は結構下っ端だったのかもしれない。そんな事を意識の端に思いつつ、ススムは部屋の中へと踏み込んでいった。
――握り込んだ拳を、ミシミシと鳴らしながら。
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