*第五話:裏話・終わりを始める者






 機器の稼働率に問題はないが、各種医薬品のストックが心許ない。またどこかの施設から調達させるか。


 我が病院施設が、世界の崩壊後ここまで秩序を保てているのは、実績重視の貢献者優遇制度と、安全確保の為の徹底した感染者排除による。では無い、だ。


 個人の能力に見合った役割を与え、全ての住民が適度な労働に従事して正当な対価を得る。知性ある人間の本来あるべき、全体管理された合理的な社会を構築した。

 この亡者の蠢く地獄の世界で、人々が安心して暮らせる環境、まさに楽園。我が理想郷――


ズガァアアン!


「何だ? 今の音は」


 またトラブルか? もしや以前壊滅させた武装集団のように、車で突っ込んで来たのではあるまいな。私は事務机の受話器を手に取り、内線ボタンを押して警備室に繋いだ。


「私だ。何があった、担当責任者は説明を」

『い、院長っ! それが、混乱して状況がよく掴めないのですが、正面玄関のシャッターが破損したとかで……』


「暴徒か?」

『いえ、入館審査員の話では、重度の感染者に何か火器を使われたとか何とか』


 要領を得ない説明だ。しかし相当混乱しているな。私が直々に確認せねばならんか。火器を使用されたという部分も気になる。有用な兵器なら確保せねば。


「私が出向く。それまでに状況を整理しておけ」

『り、了解しました』



 被害は正面玄関のシャッターの中央部分破損と、後ろのガラスドアの一部か。感染者の検査機が壊れなかったのは幸いだ。

 審査を担当していた者と、強制排除の指揮官に話を聞いたところ、その重度の感染者は全身にウィルス腫瘍反応があり、発症者と変わらない状態にありながら意識を保って対話していたという。

 突然変異か? 世界中を含めて何十億という人間が不死病の脅威に曝されているのだ。稀にそういう個体が出ても何ら不思議はない。


「それで、その異常感染者はどこに? 目的は何だったのだ?」


 対話が出来るだけの知能が残っているなら、何らかの目的があってここに来たのだろう。担当者にその時の状況と対話のやり取りを詳しく説明させた。




 馬鹿が! 馬鹿が! 馬鹿が! この役立たず共が! 担当者から話を聞いた私は、抑えきれない憤りを覚えて激昂していた。


「なぜ早く私に知らせなかった!」


 Atlas科学研究所と言えば、エリート中のエリートで構成された科学者集団。コネや名声は一切通用しない。実力と実績を示さなければ所属出来ない、スーパーサイエンススター組織だ。

 そこが作った血清だというなら、確実な物だ。そのAt研の遣いを追い返しただと!?


「そいつが持って行った血清を手に入れねば」


 そんな貴重な血清を、異常感染者が運んでいる等、前代未聞だ。いつ動く死体化して姿をくらますか分からない。


「回収班を組織して後を追え。何としても血清を手に入れるのだ。強力な火器を持っているなら、それも確保しろ」

「了解しましたっ 野木院長殿!」


 機動隊の装備で完全武装した警備隊長が敬礼をして、部下を集め始めた。大飯食らいだが実直で、荒事には役に立つ。血清の回収は彼に任せて置けば良い。


(後は、隣町の病院にも届け済だという事だったな……それも回収せねば)


 At研の対不死病血清を扱えるのは、我が病院だけで十分だ。ただ消費するだけの無能共を、無駄に生かして何になる。

 いずれ世界中の亡者共は沙汰されるだろう。そして価値ある人間と精査された選ばれた者のみが、この先の未来を生きる権利を得られる。


 新しい世界は、私の楽園ここから始まるのだ。

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