*第二話:裏話・監視カメラの怪物
世界の終わりが囁かれ、実際にパンデミックを発端とした大混乱が起きてから約二週間が経った。私は今日も警備室に籠もり、監視カメラの映像をチェックする業務を遂行している。
この病院の警備室は一階と最上階近くにも用意されていて、大混乱の起きた当日、私は一階の警備室に勤務していた。
数日前、ロビーで発症者が暴れる事件があり、五階より下は封鎖される事になった。
非常用の自家発電システムは地下の燃料型の他に、屋上施設の太陽光発電も備えているので、電気はしばらく大丈夫だろう。現在の懸案事項は、もっぱら医薬品と食料の確保が困難な事だ。
いずれは小学校に籠城している集団とも協力体制を取らなければならないかもしれない。
「ん?」
病院施設の周辺を監視するカメラ映像に、徘徊する発症者とは違う人影が写った。コートを纏い、帽子やマスクを付け、アタッシュケースのような鞄を手に提げた若い男性のようだ。
(生存者か?)
病院の周りをうろついている様子は、入り口を探しているようだった。
(今は受け入れが出来る状況ではない……しかし、彼はなぜ周りの発症者に襲われないんだ?)
コートの若者は、封鎖された正面玄関や救急用の入り口、スタッフ用の専用口などを調べて回っているようだが、すぐ近くを徘徊している発症者は彼に反応を示さない。
発症者から感知されなくなるような、特別な方法でもあるのだろうか? だとしたらそれは非常に有用だ。
何とかコンタクトを取って、現在この病院施設に出入りする唯一の通路となっている緊急避難用の梯子に誘導すれば――そこまで考えた時だった。
「な……!?」
裏口の上部に設置されている監視カメラの映像が、信じられない光景を映し出した。裏口を封鎖しているコンテナが動き始め、同時に軋むような鉄の擦れる音が響いて来る。
20フィートタイプといわれる、全長6メートルほどの貨物用コンテナ。アスファルトの上に置かれた2.4トンもあるコンテナを、彼は素手で動かしているのだ。
「あり得ない……」
コートの若者は、コンテナをどかして裏口から施設内に入った。私は焦燥を覚えながら席を立つ。とんでもない化け物に侵入されてしまった。急いで上の医師達に知らせに行かなければ。
一階の警備室と最上階付近の警備室は、他の区画から隔離された直通路が通っている。現在はエレベーターが使えないので、階段を使って上の警備室に行き、そこから特別病棟区画に下りる。
遠回りだが非常時の安全性を考慮した造りだ。
(内線電話が使えれば良かったのだが……)
節電の為に医療機器と照明や、セキュリティの一部以外は全て使用を控える方針がとられているのだが、やはり施設内の通信設備は優先して使えるように進言しておくべきだった。
ようやく特別病棟区画に辿り着くと、出入り口のところで若い医師があの化け物と何やら話し合っている。やがて化け物がアタッシュケースを床に置き、小窓から何かを受け取った。
どうやら交渉して医薬品を取りに行かせる事になったらしい。正直なところ、私は冷や汗を掻く思いでその様子を見ていた。
化け物がこの区画を立ち去ってから、医師達にさっきの映像の事を伝える。
「あれは怪物です。絶対にこちら側へ入れてはいけません」
「その話……本当なのか?」
「だが確かに、彼はどうやって入って来たのか」
「本人は裏口から入ったと言っていたようだが……」
「そう言えば、さっき外から何か金物を引き摺る様な音が響いていたな。あれがコンテナを動かした音だったのか?」
医師達は、俄かには信じ難いという雰囲気だったが、「彼は不死病に感染しているようだし、肉体のリミッターが外れているのでは?」という推論に落ち着いたようだ。
(感染している? 発症せずに発症者のような力を出しているという事なのか?)
数日前の騒ぎでは、発症者が人間の身体を素手で引き千切るなど、人外の力を見せて大暴れした。肉体のリミッターが外れたというだけで、果たしてアレほどの力が出せるものなのかと疑問に思う部分もあるが、実際に発症者に掴み掛かられれば、腕を握られただけで骨折してしまった例もある。
そうこうしている内に、彼が下の階の探索から戻って来た。医師達に頼まれていた薬品類の他に、水や食料まで大量に持ち帰っている。さらには、途中にあるバリケードを使い易く組み直して来たという。
彼と交渉していた若い医師が、アタッシュケースを彼に返した。
彼と若い医師のやり取りを聞きながら、他の医師達にあれは何だったのかと訊ねてみたところ、不死病に効果のある血清が入っていたらしい。
彼は、高名な研究所の教授から血清を預かり、ここまで届けに来てくれたのだと。それを聞いた私は、思わず彼を振り返った。
「なるほど……とりあえず黒田さんに話してみます」
「ああ、頼んだ。帰りも気を付けてな」
若い医師に労われた彼は、アタッシュケースを提げて立ち去った。周りの医師達や看護婦を含め、病院のスタッフから安堵の溜め息が零れる。
私は、彼の危険性を訴えた事を、少し後悔していた。
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