凪の想像に対する波の妄想

 なぎの語った真相が、私──なみの頭蓋骨の中でハリケーンの如く渦巻いていた。

 ある二人──ロミオとジュリエットのように、望まれぬ恋をした二人が、秘密の文通のために、背表紙が塗り潰された本を用意し、その本の栞にメッセージを書いていた。そして、そのことに店員は気付いたが、二人に同情し、背表紙が塗り潰された本をそのままにしておいた。

 なぜ、背表紙が塗り潰された本なのか。客がその本を買わないように。店員が二人に同情したのは、店の商品を汚した訳ではない、ということもあったのだろう。

 そこまで納得して、私は思ったのだ。

「スマートフォンで良くね?」

 凪が絶句していた。

「こんな手の混んだことをするより、SNSのアカウントでも作って、こっそりやり取りする方が簡単じゃない?」

「ス、スマートフォンが使えない人かもしれないし」

「今時、そんな家あるかな……? スマートフォンが使えなくても、ネットカフェでパソコンを使うとか、公衆電話を使うとか、他の方法があるんじゃないの? そういう方法のほうが簡単だよね。

 でも、凪ちゃんの推理は的外れではないと思う。犯人達は、やり取りを電子データに残したくなかったんだよ」

「電子データ……」

「犯人は、裏社会の人間達なんだ。店員もその仲間なんだよ。それか脅されているんだ。秘密の計画、それがどんな計画なのかは分からないけれど、電子データにも残せないくらい慎重に進める必要があるものなんだ。私があの本を手に取ろうとしたとき感じた視線は、監視カメラの視線だよ。監視カメラで、裏社会の人間が私を見張っていたんだ」

「でも、でもよ。立ち読みで、その秘密の計画を知ってしまった人が出たらどうするの? 木を隠すなら森の中というように、誰でも手に取れる物で秘密のやり取りなんてしない、という先入観を利用しているのは理解できる。けれどもそれは、関係無い誰かが、秘密のやり取りを知ってしまう危険性があるのよ。そういう人達は、始末してしまうのかしら?」

「そんなことをしたら、もっと怪しまれてしまう。勿論、本当に秘密のやり取りを覗き見たものは始末されると思うよ。でも、そういうことが無いように、普通の人達が理解できない形、つまり暗号で書いてあるんじゃないかな」

「暗号──」

「それでね、凪ちゃん。私は気付いたんだ。彼らは、とても強固な暗号を使っているに違いない。それでいて、暗号は単純な── 背表紙が塗り潰された本から、メッセージを読み取った後、本は本棚に戻さないといけないからだ。メッセージは複数の人間に宛てられている。一人だけに宛てるなら、決められた場所ですれ違いざまに手渡せばいいからね。すると、暗号はその場で解読できる必要がある。暗号は単純なもののはずだ。

 彼らは換字式暗号を使っているんじゃないかな。エニグマのように複雑で単純な…… そこまで考えて、私は分かったんだ。彼らは上杉暗号を使っているんだ」

 私は、ただ頭の中に浮かび上がることを言葉にしていった。

「上杉暗号は、いろは歌を七✕七の表にして、縦横の数字の組み合わせによって一文字を表現する」

 

  一二三四五六七

  ───────

一|いろはにほへと

二|ちりぬるをわか

三|よたれそつねな

四|らむうゐのおく

五|やまけふこえて

六|あさきゆめみし

七|ゑひもせすん


「表を用いて『バクダン』を表現すると、『一三、四七、三二、七六』になる。これだと『ハクタン』になってしまうから、もしかすると、ゐゑを濁音半濁点に対応させるくらいの工夫があったかもしれない」

 凪が何か言っている……

「でも、その上杉暗号は、複雑な暗号とは言えない」

「だから、沢山のいろは歌を用意したんだ。竹本健治『涙香迷宮』──この小説の中では、数十ものいろは歌が登場する。背表紙が塗り潰された本の正体はこの本に違いないんだ……」


 To ナミ

 稲荷狐子先生の新刊、私も読みました。ナミさんの感想を聞いてみたいです。

 塗り潰された背表紙の謎ですか……考えれば考えるほど奇妙な出来事ですね。私も少し考えてみたいと思います。

 ナミさんも、面白い推理が思い付いたら教えて下さいね。


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