凪の想像に対する波の妄想の棄却

 いやいや、そんなはずがない。裏社会でひっそりと進む秘密の計画なんて──サスペンスの読み過ぎだ。


「ごめん、なんかおかしくなってた。忘れて」


 私は熱を持った顔を両手で覆って、なぎに言った。


「十数年一緒だもん。なみちゃんが夢中になると、今みたいになるのも知ってる。そんなんで、嫌いになったりしないよ」

「うん」

「それはそうと、約束、忘れてないよね。何でも言うことを一つ聞いてもらう」

「ええーっ、でも凪ちゃん、別に解決してないじゃん」

「でも、ヒントにはなったでしょ?」

「そうだけど……」

「半分は私が解決したみたいなもんだよ。一緒に新しい水着を買いに行こう?」

「それが凪ちゃんの願いなの?」

「うん」

「まあ、それくらいなら……」


 私がそう答えると、凪はガッツポーズを決めた。


「それじゃ、一時間後に出発ね。お昼はファミレスで取ろうよ」



 大型ショッピングモールの吹き抜けの広場で、幼馴染のあきら君と出会った。どこか予定されているように感じたが、偶然だろう。モール内のファミレスで、一緒に昼食をとった。


 晶君は戸惑った様子で、凪に耳打ちする。


「なんで、波がいるの?」

「誕生日プレゼント買うんでしょ。何が欲しいか、本人に聞いたらいいじゃない」


 私に内緒で、何を話しているのだろう? まあ、二人の会話に水を差すほど、私は野暮な女ではない。


 凪は振り返って、私に尋ねてくる。


「波ちゃん、最近何か足りないなって思うものはある?」


 足りないもの?


「シャーペンの芯とか?」

「服はどう?」

「少し小さくなってきたかも」


 再び、凪と晶君がひそひそ話を始める。


「ほら晶君、波ちゃんに着て欲しい服とかないの?」

「着て欲しい服⁉ えっと、その……それは難易度高くないですか⁉」

「正直に言いなさい。アンタが、メイド服の女の子が好きなことは知ってるのよ」

「……はい。でも、流石にメイド服をプレゼントするのは……」

「そこはほら、それっぽいデザインの服で妥協しなさい」

「でも、サイズとか……」

「それは、私が試着すれば大丈夫。スリーサイズも同じだから」


 二人は何の話しているのだろう…… 除け者にされたようで、ちょっと淋しくなってきた。


「あの──」

「あら、波ちゃん。ごめんなさいな。約束の水着を買いに行きましょう」

 


 選んだ水着を、晶君の前で試着するという、なんとも恥ずかしい出来事もあり、体力、精神力を消耗した私は、ベンチで休んでいた。


 一匹の蜘蛛くもが、肘掛けを登っている。この場に晶君がいなくて良かった。彼は蜘蛛が、酷く苦手なのである。


 当の彼は、凪と共にアパレルショップで買い物をしている。仲良きことは良きことなり。


 私は、凪と晶君の二人をお似合いだと思っている。実際に二人はよく話しているし、そういう関係であっても驚いたりはしない。


 小説の中で、主人公が恋をする。その様子に私は共感して、感情を動かされる。けれど現実では、恋という得体の知れない何かを、私は感じたことはないのだ。


 そもそも、凪が化粧をして、ファッションに気を遣い始めたのは、晶君の気を惹くためではないか、私はそう思っている。いや、もしそうだとたら、凪が晶君以外と交際していたことに説明がつかないな。最近別れたらしいけど。


 アパレルショップから、晶君が出てきた。


「えっと、これ、ちょっと早いけど、プレゼント……」


 彼はラッピングされたプレゼントを差し出した。


「あっ……」


 晶君の表情が固まって、みるみる青くなった。肘掛けにいた蜘蛛が私の手の甲を歩いていた。


 私はそれを指で弾いた。ごめんよ蜘蛛さん。


「水、いるよね。買ってくる」


 自動販売機に駆ける。一刻も早く、晶君の石化を解除しなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る