其の四  所詮この世も金しだい

 農奴──それは平民と奴隷のあいだの身分である。

 わずかな私有財産こそ許されているものの、土地に縛られ転居転職はもとより結婚の自由すらなく、人頭税、死亡税など、源泉徴収制度のある某国もかくやというほどの重税を課された上に、賦役として領主保有地での肉体労働に従事せねばならない。


 そんな人生、控えめにいっても地獄としか言い様がないと思うのだが、父も母も農奴の身から脱しようとは微塵も考えていなさそうなのが私には不思議でならなかった。


自由農民ヨーマンってえのもあるンけど、あれはあれで大変だって言ってたで」


 その疑問に答えてくれたのは、私にとっては三つ年上の兄にあたるアンチャだった。


 ところでパッチリお目々の愛くるしい私とは違って、アンチャは大変ブサイクな子であった。

 いや、なにも見てくれが悪いのは彼だけではない。父もブサイクだったし、すでに世帯をもっている長兄もブサイクだ。母と姉たちは「美人母娘」として村で評判であるが、前世の記憶がある私の感覚からすれば、とんだお笑いぐさであった。


 なんてことはない。大変遺憾ながら、うちの家族はもちろんのこと、わがテンセイ村に住まう人々は総じてブサイクなのだった。


 そんななかにあって唯一人、私だけが奇跡的に恵まれた容姿をしているのは、やはり転生者としての特典なのだろう。まったく、この件に関してだけは、あの女神も良い仕事をしてくれたものだ。


 ……などと、この頃の私は無邪気にもそう思っていた。

 だが後々わかってきたことだが、事はそう単純な問題ではなかったのである。


 とは言え、それはまたべつの物語。また次の機会に譲るとして、ここは話をもとに戻そう。


「それって農奴のほうが楽だってことかよ?」


 私の問いに、アンチャは家畜小屋の掃除をしながらうなずいていった。


「んだ。賦役や人頭税がねえんは大きいけんど、自分の土地だけでやってくンのは不安なんだと」


 皆、現状に不満はあれど、わざわざ苦労して変えたりするのが面倒くさいのだろう。

 その気持ちも理解できなくもない。前世の自分がまさにそうであったからだ。


 だが、こちとら転生までしているのである。

 せっかくの二度目の人生だ。今度は勝ち馬に乗って面白おかしくウハウハと生きていきたいと思ってなにが悪い。


 そのためにも、まずなんとしてでも農奴の身分から脱さなくてはならないのである。


「ちなみに、どうやったら、そのヨーマン? ってのになれるわけ?」

「昔は戦で手柄さ立てるのが手っ取り早かったらしいンけど、今の王様さぁなって、北のゲール国も、西の歌国も、みいーんな恭順しちまったからなあ。もう戦ば無ぇんだって、こっからは神様ぁの時代だって神官さぁ言っとったべ」


 そういやあの女神も「動乱続く剣と魔法の世界」云々といっていたような覚えがある。

 しかし話を聞く限り、わざわざ私が勇者とならずとも現地民だけで決着がついているではないか。ほんと、こーゆーところがテキトーなのだ。あの女神は。

 

「あとは、金を積んで身分さ買うという手もあるにはあるけんど──」

「やっぱ金か」


 結局、最後に物を言うのは金の力というのは、文字通りどこの世界も同じようだ。


「で? 農奴じゃなくなるのに、いくらぐらい必要なんだよ?」

「聞いた話だけんど、ファングランド小金貨なら五枚、ソング大金貨なら一枚は必要みてえだな」


 小金貨五枚、安い! ……なーんて思ったら大間違いであった。

 アンチャいわく「金貨一枚あれば村全体が一年遊んで暮らせる」ほどの価値があるそうだ。


「……って、ちょっと待てよ。たった一枚でそんな大金なのだとしたら、そんなもん五枚もどうやって用意すりゃいいんだよ?」


 私の問いかけに、アンチャは「何いってんだ、コイツ?」といわんばかりのあきれた顔をした。


「んなもん、用意できるわけねえべさ」


 そして、かき集めた家畜の糞を肥溜め──と言っても、家の敷地の一角に積んであるだけ──に運ぶための糞尿桶にスコップで移し替えながら、吐き捨てるようにして続けていった。


「だけん、大人はみんなヨーマンになるのを最初からあきらめてんだぁ」

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