其の二 冒険者ギルドがないのも仕様です
この手記に目を通されているような教養ある読者諸氏におかれては、いまさら冒険者カードについて説明するまでもないであろう。
冒険者ギルドに登録すると支給されるカードで、そこには各人の「職業」はもとより「レベル」や「スキル」などのステータスが記載されているという異世界ファンタジーの〝お約束アイテム〟である。
よって、空中にステータスが表示されない以上、この世界には冒険者カードが存在すると考えるのは、ある意味、当然のことと言えた。
(よし。そうとわかれば善は急げだ)
ステータスを表示させることに早々に見切りをつけた私は、幼い足でテトテトと麦畑のなかへと割って入っていった。
野良仕事をしている家族をみつけて、最寄りの冒険者ギルドまで連れて行ってもらおうと思ったのだ。
ところが、である。
力強くまっすぐに育つ麦穂の合間に隠れるようにして、昼日中から文字通り明るい家族計画に勤しんでいた父母から返ってきたのは、まるで予想もしていなかったものであった。
「ボーケン・シャア? なンだべさ、そらァ?」
「ようわからんけンど
私は最初、からかわれているのかと思った。
だが、下半身まるだしで膝立ちになった父はもちろんのこと、スカートをまくりあげて四つん這いになった母からも、嘘や冗談を言っている様子は、その羞恥心と同じくらい微塵も見て取ることはできなかった。
それが意味することはつまり、この世界には「冒険者ギルド」以前に「冒険者」という職業すら存在しないということである。
「いやいやいや! んなわけねえべ!」
私は思わず声に出して言い返していた。
ちなみに訛っているのは今生における言語習得環境のせいである。けして前世から訛っていたわけではないのである。だって神奈川は標準語だべ? 訛ってるわけねーじゃん。
「じゃあ、どうやって自分のレベルとかスキルとか確認すればいいんだよ? それとも、ステータスを出す方法なりアイテムなりがどっかにあんの?」
私からすれば至極当然の疑問に、しかし父母は繋がった体勢のまま器用に顔を見合わせた。
「のう? こンちび、いつからこんなしゃべれるようになったンだべや?」
「なんやろねえ? ついさっきまで、〝うんこー、うんこー〟としか言わンかったンにねえ」
「それはもういいから」
日の高いうちからアウトドアでプレイに励んでいるような父母とは違い、恥を恥と知る文明人たる私は赤くなってふたたびいった。
「そんなことより、俺の質問に答えてくれよ。レベルもスキルもわからない、ステータスも見れないままじゃあ、この先、どうやってプレイしていっていいか不安でしかないよ」
だが、それでも父母は要領の得ない顔をするばかりであった。
「れべる? すきる? すてぇたつ?」
「そったら言葉、聞いたこともねえズラ」
事ここに至り、鈍なる私もようやく自分のおかしているとんでもない勘違いに気づいたのであった。
すなわち──
この世界はラノベで描かれてきたような「RPGのような世界」では無い、という現実にである。
※
かくして、私は勇者となる志を捨て去ることにしたのだった。
実に、転生して三年と余月、前世の記憶を取り戻してから、およそ二時間後のことであった。
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