ボッチ103 ボッチと陰謀

 


 これまで順調に尋問に答えていた魔族の様子が急に変わった。

 激しく抵抗し、姿までが拡散し薄れ始めている。


「最後の四天王を答えよ!」

『ぐっ、あ、さ、最、後の…、し、四天、の、う、はっ!!』


 急速に崩壊が早まる。

 それに対してリオ爺さんは術式を強めて崩壊を止めようとする。


『老、怪……』


 そして勝ったのはリオ爺さんだった。


「【老怪】、其奴が最後の四天王か。魔王の力まで聞き出せなかったのは残念じゃのう」

「…いえ長老、これは重大過ぎる情報です。【老怪】といえば五代列強の内の一つ、ケペルベック神国の枢機卿で影の支配者とも呼ばれる人物です」

「ほう、そうなのか」

「人類に裏切り者がいるってのは大変そうだな」


 何やら、驚愕の事実が判明したようだが、街の人達の反応は薄かった。

 あまりピントきていないらしい。立地的に関わりが薄いからだろう。


 そして俺も【老怪】とやらがどんな人物なのか全く知らない。


 しかし話からするに、列強国の中央にいる人物らしい。

 地球で例えるとアメリカやロシアの大統領が化け物で人類を皆殺しにしている様なものなのだろう。

 王様とかの権力って地球の権力者の力よりも強そうだし、相当拙い気がする。


「これは、急ぎ他の街、いやアーヴノア提督に伝える必要があるな。私が直接行くか」

「いえ、シリウス代官、魔族が討伐されたとは言え街は半壊しています。復興には貴方が必要です」

「その通りだ。それに魔族が暗躍していたにしろ魔物の大暴走が起きた。魔獣共が刺激され凶暴化している筈だ。そんな中にぞろぞろと護衛を引き連れ入ったら街に着く前に全滅する。そもそも早さを重視する以上、腕の立つ精鋭が少人数で行くべきだ。俺が行く」


 実際、代官さんやギルド長達、外の情報もある程度知っている人達は深刻にとらえ、既にどう情報を伝えるかを話し合っていた。

 魔族の情報伝達速度も遅かったが、通信出来る魔法やら道具やらは無いらしい。


「待て、カシアス。お前、大怪我したばかりだろう」

「私も反対です。冒険者ギルド長、傷は治っても体力までは戻っていない筈」

「儂も反対だ。お前さんの武器と鎧は大破している。一日やそこらでは治せん。普段ならば兎も角、魔獣が凶暴化している状態の魔境を、予備や使い慣れん武具で突破出来るとは思えん。他の冒険者や兵士達も同じだ。誰一人万全な奴はおらん」


 迅速な通信手段が無い事に加えて、物理的に向かう事も難しいようだ。


 大変そうだが、今はそんな事を気にしている場合では無い。


「早く村の人達の治療に向かわなければ」


 魔族の言い方からして即効性は無いようだが、おそらく村の人達は感染している。

 発症する前に早急に治療する必要があった。


「村なら大丈夫じゃぞ。ほれ、お前さんが木の匙みたいなもので治してくれたじゃろう。確かに黒いワイバーンを倒した直後は何かしらの病に感染したが、匙で完治しておったぞ」

「木の匙? あっ、もしかしてしゃもじ」


 おしゃもじ様しゃもじ、本当に効果があったんだ。

 咳が多少でも出る病気なら何でも治せるのかも知れない。流石は神器。

 リオ爺さんの証言ならかなり信憑性があるし、神器を使ったのだし如何に強力な疫病でも完治して何ら不思議では無い。


「アウラ様?」


 しかし一応女神様にも確認をとる。


「ええ、そのしゃもじなら間違いなく治せます。村の全員に使っていましたし、問題ない筈です」


 そう断言する女神様。


『神器に神力を注いで使っていましたし、神風邪であろうとも治せる筈です。そもそも魔力でも発動する様に調整していただいたものなので、神力を注いで使えば仮に効果の対象から離れた病で有ろうとも強引に治せます。ですので安心してください』


 周りには聞こえない様に心の声でそう補足してくれた。

 女神様かそこまで言うのなら何も心配は無いだろう。


 これで一件落着だ。

 これで安心して農作物を売り捌く事が出来る。


 おっとその前に、戦勝祝の続きだ。

 食べ物が冷めてしまう。



「……何を食べているんですか?」

「何って、見ての通りシチューですよ」

「そうではなく、状況を理解していますか?」

「アウラ様こそ見てくださいよ。皆、改めてお祝いしていますよ」

「そんな筈は……」


 俺の言う通りの光景、即ち早くも再開し、それどころか魔族まで討伐した事で更に大盛り上がりしている光景を見て女神様は唖然とした。


「アウラ様も食べましょうよ? 冷めちゃいますよ?」

「……人類に迫る大きな陰謀の一端が分かったというのに、これで良いのでしょうか?」

「判明したからって、それこそ他の街とかに伝える事くらいしか出来ませんし、後は偉い人達の仕事ですよ」

「それも難しいと話していましたが? 手伝う気とかは?」

「代わりに行っても門前払いですよ。大国の偉い人が魔王軍四天王だなんて唱えても、誹謗中傷扱いされて終わりです」


 身分証も何も持っていないのだから、怪しい奴どころか変な奴扱いされて終わりだと思う。

 旅の神官という設定も、この場合は悪い方向に説得力を持たせてしまう気がする。


「くっ、こうなれば、正体を明かすしか」

「絶対に逆効果だと思います。それ」


 実は異世界の女神と勇者ですと真実を告げたら、変な奴らを超えて頭が可哀想な事になっている人扱いされて、憐れみの施しすら渡されてしまうかも知れない。

 少なくとも俺が告げられた側なら絶対に信じないのは確かだ。


 俺達にはこの宴をただ楽しむしか選択肢が無いのである。


「……よくよく考えれば、魔王軍を倒すとか余程目立つ事でもしない限り、正体がバレる筈もありませんね。〈鑑定〉スキルを持つ方は極少数ですし、実力差が大きいと見えないらしいですから……」


 〈鑑定〉スキルって珍しかったんだ。

 というか鑑定を遮る魔法道具を使わなくても実力差で何とかなるらしい。

 俺はすっかり鑑定対策を忘れていたが、それをせずとも女神様がゴーサインを出したのはそんな理由が有ったからのようだ。


 まあ、鑑定結果に女神と出ていても、絶対に疑われると思うが。逆にそう鑑定結果に出ていた方が話を聞いてもらえない気がする。

 セキュリティの異常に堅いお部屋でお泊りコースだ。


「では、護衛として付いて行く事にしましょう」


 そう方針転換したところで、ある人物が声をあげた。


「儂が伝えに行くとしよう」


 リオ爺さんだ。


「……護衛も、要らないと思いますよ?」

「…………」


 女神様も無言でシチューを手に取り、口に運ぶのであった。


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