ボッチ104 ボッチと長老の知名度

 


「だから、【老怪】が魔王軍四天王じゃと言っておるじゃろう!! この街の代官か冒険者ギルドマスターを早よ儂の前に連れて参れ!!」

「落ち着いてお爺さん、取り敢えず端に寄りましょうか」


 自信満々に自分に任せろと言い、隣の町ロックフォートにやって来たリオ爺さん。

 一応護衛として俺と女神様も同行し、何事もなく無事に辿り着いたのだが、まさかの到着後に予想外の事態に陥っていた。


 リオ爺さんが、世迷い言を言う呆け老人扱いされてしまったのだ。


 女神と勇者という信じられない肩書きの俺達とは違い、隣の街では知らぬ人が居らず街の人々から長老と呼ばれ親しまれているリオ爺さんであったが、この街での知名度は無かったらしい。

 魔族を軽く倒す実力者としても有名かと思っていたが、行き来するのに数日もかかり、そもそも距離以外にも戦力が無ければ辿り着けない隣街同士はそこまで情報のやり取りが円滑では無いようだ。


 尚、このリオ爺さんが呆け老人扱いされるやり取りはこれで八回目である。


 初めは辿り着いた直後、門番に告げて上司を呼ぶように頼むも苦笑いで流され。

 ならばと門の近くに併設されていた兵舎に乗り込むも困った顔でお茶を出され然りげ無く大通りに追いやられ。

 そこで見つけた冒険者ギルドに突撃、受付嬢に重大な話があるからギルドマスターを呼んでくれと頼むとギルドマスターは不在だと流され。

 ならばと冒険者ギルドで演説すると貫禄のあるオバちゃんが出て来て個室で話を全部聞いてくれたが、ギルドマスターではなく老人の相手が得意だった掃除のオバちゃんだったようで目的は達せられず。

 冒険者ギルドが駄目なら代官に直接伝えようとするもまたも門番に流され門前払い。

 だったらこの際、影響力を持っていて話を広めてくれる人ならば誰でも良いと商業ギルドに突撃するもお出口は右側ですと当然のように聞いてもらえず。

 こうなったら最後は神頼み、神官に訴えれば信じろと神託の一つでも下るかと思い神殿に行くも施しを受ける始末。


 そして今ので八回目。

 最終手段の街の広場での演説も敢え無く撃沈した。


 流石のリオ爺さんもブチ切れ、演説にも怒りが入ってしまっていたが、それが無くてもきっと結果は変わらなかったのだろう。


 そんな失敗続きに女神様も正体を明かして加勢しようとしたが、それは何とか止めた。

 事がややこしくなり過ぎる。

 次の街を目指した方が良い結果になるだろう。


 まあ、もう既に次の街に向かった方が良いのかも知れないが……。

 と言うか、グリーンフォートに引き返すのが正解な気がする。


 しかし、リオ爺さんと何故か女神様は余計なスイッチが入ってしまったようで、撤退する気は無さそうだ。

 どうしたものか。


 街一番の広場で演説して駄目なら、即ちこの街の誰に言っても信じてもらえないのと同義であると思うが、それも口に出し難い雰囲気だ。


「くっ、よもや、魔王軍の魔の手がこの街にまで及んでおるとは! 魔族が紛れ込んでおるに違いない!」

「その通りです!」


 遂には、本当の世迷い言まで出るまで追い詰められる始末。


 うん、ここまでだ。


 冷静さすら失ってしまった今、ただでさえ誰も話を聞いてくれないのに成功する筈がない。

 これ以上続けても誰にも信じてもらえず怒りが膨れ上がり、冷静さを更に落とす悪循環に突入するだけだ。


 ここは一旦引こう。

 戦略的撤退だ。


「放しなさい! 話はまだ終わっていません!」

「そうじゃ! 卑劣な魔族の呪縛から解放するんじゃ!」


 俺は無理矢理二人を回収して広場から去った。



「冷静に作戦を考えましょう」


 何とか演説しようとする二人を必死に抑えながら、俺達は人気の無い路地裏にあった酒場に入った。

 適当に料理を注文し作戦会議を行う。


「まずは何故失敗したか整理すれば、解決策も見つかる筈です」

「全ては卑劣な魔族のせいじゃ!」

「その通りです!」


 駄目だ、まだ頭に血が登っている。

 いや、単純に信用が無かった自分達を受け容れられないのかも知れない。


「まあまあ、落ち着いてください。なぜ話を聞いて貰えなかったのか、その答えは明白です。内容が大き過ぎたからです」


 オブラートに包みながら失敗の要因を指摘する。

 まず、俺達は急ぎ過ぎたのだ。アポ無しでこの街でも上から数えた方が早い有力者を要求し、その無理を通す為に馬鹿正直に信じられない真実を告げてしまった。

 内容は後に告げるべきだったのだ。


 先に何とか目的の人物の元へ行ければここまで苦戦する事は無かったかも知れない。


「それが原因だとしてどうするのです? もはや考え得る全ての場所で演説した後です」

「それを今から考えましょう。というかリオ爺さん、身分証的なものは持っていないんですか?」

「身分証か、大昔は冒険者ギルドに所属しておったのじゃが、村に落ち着いてからは活動しておらんくてのう。ある程度の間隔で更新せんと登録抹消されるから、使えんじゃろう」


 一番の証拠として、代官さんと冒険者ギルドマスターの手紙があったのだが、正しく取り次げる人まで辿り着かなかった。

 ならばもっと誰でも分かる証拠をと思ったが、無いらしい。


「一番早いのは次の街に行ってそこで説明する事ですが、その場合は一番信頼が得られる手紙も宛先的に使えなくなりますし、困りましたね。信頼性じゃなくて別の方法で話に説得力を持たせなければ」

「こんな事なら、魔族の残骸を持ってくればよかったかのう」

「おお、その手がありましたね。いっその事、残骸を取りに戻りますか。いや、そう言えばもう場所ははっきりと分かったし、転移魔法で代官さん達を連れて来れば万事解決じゃないですか!」


 自分達で何とかしようとするあまり、一番確実で簡単な手を忘れていた。

 これで失敗したらどうしようもない程の最適解だ。


「そんな事、出来る訳ないでしょう」

「その通りじゃ、それは出来ん」


 しかし返って来た反応はそんな否定だった。


「何か出来ない理由がありましたっけ?」


 魔族の残骸はまだ残っている筈だし、復興作業中の代官さん達も、転移で移動に時間をかけなければ大きな支障は無い筈だ。


「意気揚々と任せろと大口叩いて、門前払いされたなど言える訳ないじゃろう!」

「そうです! この状態では戻れません!」

「……………」


 まさかのプライドの問題だった。


「じゃあ、他に解決策があるんですか?」

「こうなれば仕方あるまい」

「そうですね。あの方法でいきましょう」


 呆れながら問い返すと、考えはあったらしい。

 二人は頷き合うと、料理をかき込みいつの間にか注文していた大ジョッキの酒を飲み干し席を立った。


 あっ、代金俺持ち?


 俺は代金を支払うと、店から出て行った二人の後を追うのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る