閑話 長老2 救済

 


 遂に、辿り着くまで一日もかからない場所に街が出来た。


 それからは数十年ぶりに人との交流が生まれた。

 畑を作る余力がないから農作物を売って欲しいとの事だった。

 人との接触は出来る限り避けて来たが、そういうことなら交流する他ない。


 一度交流を始めると、街の人々との関係は一気に深まった。

 初めは私という罪人に影響されないようにと注意を払っていたが、街にはない物尽し。

 開拓の範囲は広がってもまだまだ発展途上だった。

 だから支援を優先した。


 戦力が足りないと聞けば手を貸し、時には戦う術の教育を行った。街の防衛に問題があれば街そのものの補強工事を手伝い、近くで取れる素材から武器や薬を作る方法を教えた。

 資金が足りなければ、これまで魔獣の討伐で手に入れた金貨を提供し、子供が勉強したいといえば少し教えたりもした。


 やがて、私の家の近くにも家ができた。

 広い畑をこの辺りで耕しているのは私だけ、だから農家になる為に来たのかと思ったが違った。

 聞けば老齢の私のことが心配だから近くに住むという。


 彼等彼女等は、親を早くに亡くし街の施設で育てられた子らだった。

 この辺境ではよくある事である。主要産業が魔獣狩りなのだから。私も全ての住人を魔獣の脅威から守り抜く事は出来ない。


 そんな子供達は、どうやら資金を提供し時には勉学や戦う術を教えていた私に恩を感じていたようだ。

 ……いや、これは親愛か。

 子供達は本当に老齢の私の事が心配なのだ。


 初めて向けられる感情だ。


 そして、私と接し続けていても、こんなにも真っ直ぐ育ってくれた。

 私は、いつの間にか受け入れていた。


 その頃から、人を極力避けるのも止めた。

 こんなにも良い人々が、私の影響如きで曲がる訳が無いと気が付いたからだ。

 人々は、どんな環境でも自分が正しいと信じる道を見つけ出し、進んでくれる。


 ならば、積極的に彼等彼女等の背中を押す。

 それこそが私の贖罪だ。


 そして、家は増え村になった。

 いつしか私は長老と呼ばれる様になっていた。




「長老、何か用かい?」

「偶には、こちら側の風を浴びたくての。その間は儂が見張っとるから、休んでいて良いぞ」

「気を付けてくれよ?」


 当番で門番をしているルイスにそう声をかけ、村の外に出た。


 村が出来てから暫く、この地は平穏であった。

 魔獣は毎日のように現れるが、幼少から鍛え上げたおかげで高位冒険者も倒すのに苦労する魔獣も当たり前のように倒す村人ばかり。

 危機に陥った事は一度もなかった。


 だが、この日ばかりは、久々に強大な気配を感じた。

 この大陸に来てから一度も感じた事がない強大な気配を。

 魔獣の気配ではないが、念の為に村の外に出る事にした。


 やがて姿を現したのは若い男女だった。

 女の方は絶世の美女だったが、特段強いようには見えず、それぞれの服装も旅の司祭のそれだった。


 しかし近付くと只者では無い事が分かった。

 濃厚な神気を二人とも纏っていたのだ。

 高位の聖職者だとか、そういうレベルではない。

 神そのものが降り立ったかのようなはっきりした神気。


 おそらく、二人は現世に降り立った神だ。


 だが、こっそり鑑定してみると更に驚愕の事実が判明した。


【異世界の女神】に【異世界勇者】じゃと!?

 しかも勇者は【世界最強】、加えて【世界の恩人】!?


 あり得ない想定を超えた真実であった。


 驚きのあまり、試しに自分のステータスを確認してから何度も見直した。

 自分のステータスはいつもと変わらない、しかし勇者の鑑定結果も変わらない。


 真実であると受け入れるしか無かった。


 それにしてもまさか、異世界の女神様が史上初めてこの地に降臨なさるとは。

 いや、もしかしたらお忍びで救われた世界を普段から見回って居られたのかも知れない。

 神気を感じられる聖者も、女神様を鑑定できる者もそうそう居ない。知られていなくても何ら不思議ではない。


 勇者の方は女神様の護衛か。

 称号からするに、おそらくかつて世界を救った勇者様じゃ。

 文字通り世界を救う程の事を成し遂げなければ【世界の恩人】とは呼ばれんし、召喚されて魔王を倒す位しないと【世界最強】には成れんじゃろう。


 御二方とも、お忍びを望んで居られるようじゃし、ここは普段のお客人と同じ様に歓待しよう。



 そういう事で、いつも通り滅多に訪れないお客人に村はお祭り騒ぎとなったが、事件が起きた。

 黒いワイバーンの襲来だ。


 ワイバーンは容易く倒された。

 しかし問題はそこではない。


 頑強な村人達が咳き込むから鑑定してみたら、凶悪な疫病に罹っていたのだ。

 鑑定結果を詳細に読むが、最悪な情報ばかり。

 しかし儂なら何とか出来ん事もない。

 高位のフェニックスの生き血か羽が必要か、これを探しに征くとしよう。儂なら倒せる。

 だが、フェニックスは伝説の魔獣、目撃情報は百年単位で滅多にない。そもそもフェニックスほどの魔獣が頻繁に目撃されていたら人類が終わる。

 兎も角、間に合うかどうか。


 ここは女神様方の助力を乞おう。


 そう思っていたら、何ともう勇者様が治してくださっていた。

 不思議な形状の木の匙のようなもので喉を撫でると、咳は治まり鑑定しても疫病が完治していた。


 しかもまるで疫病に気付いていないかのように、当たり前のように治していた。


 お忍びを続けたいらしい。

 その意志を読み取った儂はただ宴会を楽しみ続けた。




 女神様方は儂の家に泊まる事になった。

 何もない村で大したもてなしも出来なかったが、御二方とも大変に満足そうだった。


 やはり、正体を隠して自分達が守った平和を、何気ない日常を見に来たらしかった。


 そして翌朝になると、御二方は従魔のフェニックスの卵を振る舞ってくれた。

 不死鳥の卵は不死鳥の不死の象徴。死したフェニックスは卵から再び蘇る。再生の象徴だ。

 フェニックスからしても卵は力の塊であり、生物的な卵とは違うもの。実体も無い。復活に使われなければ炎となり消える。

 だから不死鳥の卵はフェニックスの珍しさを考えなくとも非常に希少だった。というよりも目撃情報のみで手に入れた者はいないとされる。


 そんな卵を御二方は振る舞ってくれたのだ。


 この卵は、どれ程の価値が有るのだろうか。

 とても村での宴で返せる恩ではない。


 だが、女神様方の好意を断ることも出来ず、口にした。


 途端、変化が起きた。


 永年の苦しみから解放されたのだ。

 かつて大罪を犯した時に負った呪い。癒えぬ苦痛。

 多くを救おうと犠牲を容認した時、儂は莫大な力の源泉に触れた。龍脈を支配下に起き、その土地全ての魔力を使ったのだ。

 その人の身には大き過ぎる力は、儂を変質させた。力を受け容れるために行った器の強化が固定化され、全てがその時の状態で固定化されてしまったのだ。


 当時、追い詰められていた事もあり、負傷した状態で儂は固定化された。

 如何なる回復魔法も薬も効かず、反対に歳もとらなければ新たな傷は早々に癒える。元々歳だった事による当時の体調、節々の痛みや腰痛も調子を取り戻す事は無く、食事による満足感も得られない。緊張による喉の乾きが和らぐ事も無かった。


 それは当然の罰だと思っていた。

 龍脈上の人々を衰弱させ、土地の力を永きに渡り奪ったのだ。多くの者たちが家族と家を失った。

 当然の罰だ。


 しかし、その苦しみが嘘のように抜けで行く。


 嗚呼、神よ。

 私をお許しくださるというのですか……。


 女神様と勇者様はただ優しく微笑む。

 何でもないとでも言うかのように。

 こんな時でも、旅人を演じておられる。感謝は不要、ただ罪を償い終わったと仰っておられるのだろう。


 それでも儂は、感謝の言葉を告げた。


 そして誓った。

 例え贖罪は終わったのだとしても、同じ事を続けて行こうと。

 力の限り、人々を助けて行こうと。


 儂が苦痛から解放されたと、事情を知らない村人達はただ酷い腰痛から解放されたと思っているようだが、まるで自分の事で有るかのように喜ぶ笑顔を見て、その誓いを、決意を固くする。


 この笑顔を何処までも守ってゆこう。

 そして増やして行こう。

 この身が朽ちるその時まで。


 その誓いを胸に、御二方を見送ったのだった。


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