第4話 聖女の祈り ~残された男の独白~
「こうして神さまの予言どおり、聖女と呼ばれた王女は祈りをささげたことで世界から病は消え去り、ふたたび平和が訪れましたとさ」
めでたしめでたし。
そう言葉を締めくくった男は、そっと足元へと視線を向けた。
そこには食べ終えたのか毛づくろいするネコ。男の話など聞いている様子もない。
「はは、お前さんにはつまらん話だったか」
どこか悲しげに失笑を漏らしつつ、男、ダンテは夜空を見上げた。
いまだ目の奥に深く焼きついたあの光景をダンテは忘れられない。目を閉じれば、まるで今の出来事かのようにそれは現れる。
世界に疫病が広まり、それを救えるのは聖女であるアリシアの祈りだけと神は答えた。
ダンテもルヴィンもアリシアの奇跡によって命を救われた。
きっとアリシアが祈れば世界は救えるだろう。
だが、代償は計り知れないほど大きなもの、ルヴィンはアリシアの命そのものが代償になると気付いていた。
王さまも王妃さまもルヴィンも、世界より家族を選んだ。
その選択にダンテは密かに安堵した。
もし彼らがアリシアより世界を選んだら、きっと自身はアリシアを逃がす選択をしただろう。
だけどその選択をよく思わない者たちもおり、そしてその中には、当時ルヴィンの婚約者もいた。
政略結婚ではあったが、ルヴィンは婚約者を愛していた。
その彼女から聖女を、妹のアリシアを渡して殺せなど言われ酷く傷つき、涙を流していたのをダンテは知っている。
王様も王妃様もかつての友人、理解者だと思っていた人に裏切られ無残な姿で送り返された。
そして必然的に王位継承をし、王となったルヴィンは信頼していた家臣による裏切りなどにより何度命の危機に晒されただろう。
世界からは冷酷無比な王だと悪意をぶつけられ、信頼できる者は片手に数えられるほどしかいない中でルヴィンは戦い続けた。
その戦いはルヴィンの心を心神耗弱させた。
一度だけ、ダンテはルヴィンが弱音を吐いたことを知っている。
『アリシアを渡せば、私は解放されるのだろうか』
その問いにダンテはなにも答えられなかった。
だがルヴィンも失言だと気付いたのか、聞かなかったことにしてくれと泣きそうな顔で言ったのを今でも覚えている。
そして、終わりの時が来た。
英雄王アバンが聖女を奪おうと国に攻めてきたとき、家臣たちの裏切りにより固く閉ざされた城門が開かれてしまい城下町は勿論、城も火の海と化した。
もうこの戦いに勝ち目がないと気付いたルヴィンはダンテに最後の望みを託した。
『アリシアを守ってくれ』
ルヴィンの最後の願いを叶えるべくダンテはアリシアをつれて脱出しようとした。
だがどうしてもルヴィンを置いていくことが出来なかった。
それは長年共に戦ってきた幼馴染を見殺しにしたくない思いがあり、いまならまだ間に合うとダンテはアリシアを秘密基地へと隠し、急いで来た道を戻ったが。
だがすでに遅かった。
鉢合わせた侵入者たちにルヴィンが討ち取られたのだと理解し、ダンテはアリシアを隠した庭園に近づけないためにも戦うしかなかった。
所詮多勢に無勢。
数の暴力に勝てるはずもなく、ダンテは虫の息になるほど暴行をくわえられた。
「聖女はどこだ!居場所を吐け!」
未だ見つからない聖女の居場所を尋ねてもダンテは決してアリシアの居場所を吐かなかった。
たとえ、主人の生首を持ち出し愚弄するように目の前で蹴り飛ばされてもダンテは頑なに口を閉ざす。
それに業を煮やした兵士がダンテの首を跳ねようとしたそのとき、アバンがアリシアを見つけたと声が響いた。
「聖女を保護した!撤退するぞ!!」
「!!」
アバンの手を引かれ姿を見せたアリシアは酷く困惑していた。
だが、このときばかりはアリシアの目が見えないことにダンテは感謝をしていた。
なぜなら目の前にある兄の首やダンテの無残な姿を目に移すことがなかったのだから。
「 !」
声なき言葉でダンテとルヴィンを探すアリシアは、保護と称して連れ去られた。
ダンテは敵だがすでに虫の息だったことから、アバンは情けをかけ命を奪われずそのまま捨て置かれた。
残されたのは、王の首と焼け崩れ落ちる王宮、そして血で染まった民たちの遺体のみ。
「ぁ、ぃ・・・シア」
そして悪い王国から聖女を救ったアバン王は英雄王として讃えられた。
唯一生き残りでもあるダンテは奇跡的に一命をとりとめ、奪われたアリシアを取り戻すべく満身創痍の体に鞭を打ちアバンの国を目指した。
だがダンテの顔全体は切り裂かれた所為で視界は狭くなり、手も指がほとんど欠けており剣もうまく握れない。
足も腱をズタズタにされたため走ることもままならなかった。
こんな状態でアリシアを攫う事ができるのか。
そんな不安を胸に抱きつつも亡き友人との約束を果たすため、そして最愛の人を取り戻すためにダンテは英雄王の国へとたどり着いた。
だがダンテが英雄王の国にたどり着いた時には、全てが終わっていた。
「やった!病が治ったぞ!!」
「聖女さま!ばんざーい!英雄王さま、ばんざーい!!」
アリシアは祈りを強要され、疫病の終息を祈ってしまった。
いつしか見た温かな光がアリシアから発せられ人々の体を通り抜けていく。
病の終息に誰もが喜ぶ中、祈りの代償としてアリシアの体が朽ち果てていく光景にダンテは息を飲んだ。
だれもが疫病がおさまったことに喜んでいるが、一人崩れ落ちるアリシアに駆け寄る者はいなかった。
「アリシア!!!」
ダンテは崩れ落ちたアリシアに転げるように駆け寄った。
必死に手を伸ばし最愛の人の名を腹の底から叫んだが、その声はアリシアには届くことなかった。
ようやくその身を抱きとめたときには、アリシアの体は砂へと変わり果てていた。
「ぁ、ぁあ、あぁぁあッ!!」
『 ダンテ 』
記憶の中の幼いアリシアの声や笑顔がダンテの脳裏に過った。
たとえ声が失われても、目が見えなくても、成長が止まったのだとしてもダンテにとってアリシアはかけがえのない最愛の女の子だった。
「!聖女!?」
「聖女様!?おい!早く医師を呼んでくるんだ!」
「聖女さま!しっかり!!」
ようやくアリシアの異常に気付いた周囲が騒ぎ出す。
だがダンテは彼らの手がアリシアに触れる前に衣服や砂を掻き寄せ、教会から飛び出した。
追手に追われたが、疫病が終息したことで沢山の人が外に飛び出して英雄王と聖女を称える声に溢れており、その人ごみを利用してダンテは追手を撒くことに成功した。
砂となってしまったアリシアを奪還することに成功し、それからは身を潜めつつ滅ぼされた祖国へとアリシアと共に戻ってきた。
自然に囲まれたのどかな王国は見る影もなく、無残な焼け野原が続いていた。
崩壊した王国の庭園にはルヴィンが密かに埋葬した王さまと王妃さまの墓と、ダンテが埋葬したルヴィンの墓がひっそりと並んでいる。
アリシアの砂は、彼らの傍へと埋められた。
どうか最愛の家族と再会できることを願い、ダンテは祖国を去り赴くがまま世界を旅してまわった。
神さまの予言どおり聖女と呼ばれた王女は祈りをささげたことで、病はおさまり世界に平和がもどった。
悪い王国に囚われながらも疫病を消すために命と引き換えに世界を救った聖女を、人々は感謝しそして憐れみました。
聖女の功績を忘れないよう物語にして後世へと語り継がれていった。
語り継がれる伝承を、ダンテは何度心の中で罵倒したことだろう。
「なにが聖女だ」
世界の人々は聖女により救われ、平和になった。
片や自分は、最愛の人たちを世界の人々に奪われ、一人孤独に過ごしている。
ダンテは狭い視野の中、夜空をみあげたまま泣きそうな声でつぶやいた。
「お約束を果たせず、申し訳ございません」
それは亡き主人への向けた懺悔の言葉。
「守れなくてすまない、アリシア」
そして、最愛の人を守ることができなかった後悔の言葉を夜空に向けてつぶやいた。
『ダンテ』
もう朧気になってしまった愛しい人の声を思い出し、ダンテは静かに涙をこぼした。
聖女と呼ばれた王女は、疫病に侵された世界から人々を救うべく自らの命を代償として病を終息させた。
冷酷無比な王族に囚われていた小さな聖女。
まだ成人もしていない幼い命と引き換えに世界を救った聖女を、人々は憐れみ、彼女の功績を忘れないよう物語にして後世へと語り継いだ。
仕える主人も家族さえも悪と罵られ、最愛の人を奪われた男の心だけを置き去りにして。
ダンテは知らない。
朽ち果てたその身をダンテが祖国に埋葬してくれたことで、アリシアは大好きな家族と再会が果たせたことを。
ダンテは知らない。
満身創痍の身なのに、アリシアを救いに来てくれた。
その想いが、憎しみに落ちかけたアリシアを救ったことを。
『ダンテ、泣かないで』
見えることのないアリシアの綺麗な魂は、ひっそりと泣くダンテの傍にただ寄り添い続けた。
END
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聖女の祈り 心琅 @koko_ron
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