第20話 花火

 瑞穂のいる病院には10分とかからなかった。

 ただ、俺にとってその10分は1時間にも2時間にも感じられた。

 病院にたどり着き、病室へと向かう。その間の時間は重く、まるで空気の中を泳いでいるようなもどかしささえ感じていた。

 病室に入ると瑞穂はベットの上に腰かけていた。

「須磨先輩に明石っちじゃないですか。どうしたんです? 息を切らせて」

「どうしたってお前、倒れたって……」

「いやあ、熱中症っすよ。熱中症」

そういうと、瑞穂はペロッと舌を出して頭をかいた。

しばしの沈黙。窓にかかっているカーテンが風に煽られて、そよそよと揺れていた。

「瑞穂ちゃん、そろそろ本当の事を言ってやったらどうだい?」

沈黙を破ったのは明石だった。その言葉に、瑞穂はドキッとしたかのように身をすくめる。

「やだなあ。本当のことなんてないっすよ。ただの熱中症だって……痛ててて」

瑞穂は話の途中で体を折り曲げる。胃のあたりをさすり始めた。

「お、おい。大丈夫かよ」

「瑞穂ちゃんは肝臓の疾患を患ってるんだ」

明石がたんたんと説明を始めた。

「須磨が東京の大学に行った頃かな。重い病気ではないらしいけど、定期的に病院に通わなくちゃいけなくなったらしい」

「えへへ。バレちゃいましたね」

「バレちゃいましたねじゃねーだろ。なんでそんな大事な事を隠してたんだ」

俺は安堵するとともに少し怒りのようなものが湧いてきた。

「須磨先輩には心配してほしくなかったんっすよ」

「明石は知っていたのか?」

「メールでやりとりをしてね。須磨に黙っておこうって言ったのは、僕の方なんだ。須磨。隠しててすまなかった」

「謝ることじゃねーよ」

 俺はそういうと、瑞穂の頭を撫でた。

「わっぷ。なにするんですか。先輩」

「なにって、スキンシップだ。それより、こっちこそごめんな。そんな事情があったなんて知らなかったんだ」

「自分も東京には行きたかったんすよ。でも、体が思うように動かなくて、隠しててすいませんでしたっす」

瑞穂が照れくさそうに言った。その様子がおかしかったのか、隣で明石がくすくすと笑う。

「いやあ。無事で良かったよ。電話が掛ってきた時はどうなるかと思っていたからね」

「うちの両親大げさなんすよ」

「本当だよ。倒れたって聴いた時は生きた心地しなかったぞ」

 俺は瑞穂の頭をげんこつでぐりぐりとこすってやった。

「痛っ!痛いっすよ。先輩。病みあがりなのは本当なんすからね」

その時だった、遠くの方でどーんという音が聞こえたのは。

「なんだ。今日は花火大会の日か」

「ここからじゃあ、良く見えないっすね」

「屋上で観れないか交渉してくるよ」

そういうと、明石はナースステーションに向って行った。

「先輩。東京ってどんな場所なんすか」

「そうだなあ。なんでもあるぞ。美味しい喫茶店や美味しいランチを出す店とか」

そういうと、瑞穂はくすくすと笑った。

「先輩。食べ物の話ばっかですね」

「う、うるせー。俺もあんまり観光とかはしたことねーんだよ」

「じゃあ、今度連れってってくださいよ東京。体調が悪くなければ旅行くらいならできるんで」

「そうか。じゃあ今度行くか」

なんて話をしていたら、明石が車椅子を持ってやってきた。

「屋上に行ってもいいそうだよ」

明石はそういうと、瑞穂を車椅子に乗せる。俺はその車椅子を後ろから優しく押した。

「にしし。なんだか、お姫様になったみたいっす」

「な、なに言ってんだ、さっさと行くぞ」

車椅子を押して、屋上へと向かう。明石は横にぴったりと付いている。

なるほど、これは確かにお姫様待遇といっても過言ではなかった。

屋上は他の患者の方もいて、それぞれが花火をみていた。

赤い花火、青い花火、黄色い花火と色とりどりの花火が夜空を舞っていた。

「すごーい! 凄いですよ先輩。ほらみてみて!」

「ちゃんと見てるよ。てか、あんまり動くと車椅子から落ちるぞ」

「おっとっと」

俺は、転げ落ちかけた瑞穂の体を支えてやった。まさか本当に落ちそうになるなんて思いもしなかった。

「さーせん。つい夢中になっちゃって」

「次転びそうになったら助けないからな」

そのやりとりがおかしかったのか、明石がくすくすと笑う。

「何がおかしいんだよ」

「いやあ、昔から変わらないなあって思ってね。瑞穂ちゃんも須磨も相変わらずだなって」

「うるせーな。余計なお世話だ」

「そういう明石っちも昔と変わらないじゃなっすか。そうやってくすくすと笑って自分たちを眺めてばかりで」

「確かにそうかも知れないね。みんな全然変わらない」

明石の言葉に俺も同意する。

「本当だな歳だけとっているけど、昔から変わんないな」

そんなことを話している間に花火はクライマックスを迎えようとしていた。

「先輩。今度、三人で花火しましょ。自分が退院したらっすけど」

「おいおい。花火なら今見てるじゃねーか」

「見てるだけじゃつまらないっすよ。やっぱ手で持って花火やりたいっす」

「お子様かお前は」

俺はやれやれとため息をついた。

そして、思うのだ。気兼ねなく花火を見たりすることのできる関係。心の中でこういう関係は悪くないなと。

花火は大輪の花を咲かせていた。花火大会が終わると夏も折り返し。暑い夏はこれからだ。しかし、夏は着実に終わりを迎えようとしている。

俺たちの関係もこの夏のように終わりを迎える事があるかもしれない。でも、時間が流れるのは遅ければ良いと、この時の俺はそう思ったのであった。

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しまなみ海道で恋をして @unitaro

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