第10話 展望台に行った

 俺は自転車で展望台に来ていた。瑞穂のスケジュールでは今日はここで、手品を披露して居るはずだ。

 流石に日曜日と言う事もあり人は少し多い。観光客や自転車でしまなみ海道を渡る人たちがちらほら見受けられた。

 瑞穂はそんな人混みの中にいた。これから手品を始めるようでてきぱきと準備をしている。

「あ。先輩。本当に来てくれたんすね」

「まあ。他にやることなかったからな」

 俺は瑞穂に挨拶をすると、彼女が見やすい位置に陣取った。

「先輩。暇っすね」

「うるさい。俺は手品をみにきたんだ。客だぞ。丁重に扱え」

 瑞穂は準備をしながら、けたけたと笑った。こいつに笑われるといらいらするのは俺だけだろうか。

「いつもここでやってるのか」

「そうっすね。雨が降っていない時はいつもっすね」

雨天順延らしい。もっとも雨の日にここまで来るのは難しいのであまり気にはならなかった。

「今日はなにやるんだ」

「簡単なコインマジックと他に少し」

瑞穂はそういうと、1枚のコインを出してきた。もう片方の手には瓶が握られている。瑞穂は軽くジェスチャーをして瓶の底に穴が開いていない事を周囲に見せる。そしてもう片方の手に握られたコインを瓶の底に当てた。カチカチと音がする。当然だ。今度は瓶の底に手を添えて軽くシェイクをした。

かちんと音がしてコインが、瓶の中に入っていた。入り口が見当たらない。瓶を振ると、コインがちゃりちゃりと音を立てる。TVで良く見るすりぬけのマジックだった。

俺はぱちぱちと拍手をした。周囲の人が何事かと集まってくる。

瓶をしまって、また1枚のコインを出してきた。真円の何の変哲も無いコイン。それをゆっくりと周囲にむかって見せる。片方の指でコインに仕掛けが無い事を見せる為に曲げるジェスチャー等をする。曲がるはずはなく、コインはコインのままだった。

すると今度は、コインをばりばりとかじるジェスチャーをした。そして、目の前にコインを掲げると、コインがまるで齧ったかのうように半分上が無くなっていた。何ていうことだろう。瑞穂はコインを喰ってしまった。

 半分になったコインを周囲に見せる。もはやコインだったものになっていた。次に目元までもってくと、ふっと息を吹きかけた。するとコインは、元通りの真円の形になっていた。

 わーっと拍手が起こる。俺も負けじと拍手をした。どこかで観たような気もするが、タネが判らない。

 コインのマジックはここまでのようで、次に出してきたのは、水晶玉だった。手の上を滑らせる。水晶玉が彼女の腕の上を行ったり来たりとするのだが、何故か吸いつくように腕の上を滑り、落ちる気配がない。

 滑って移動する水晶玉。手のひらに到着すると今度は糸を引くようなゼスチャーをする。すると今度は引っ張った方向に水晶玉が動いた。今度は観客に向って引くようにゼスチャーする。選ばれたのは俺だった。恐る恐る水晶玉を引っ張るジェスチャーをしてみた。そうすると水晶玉は俺に向ってするすると瑞穂の手で動き出した。瑞穂はもう一度、引っ張るジェスチャーをする。すると今度は、水晶玉は瑞穂の方に向って動き出す。まるで生き物のように意思をもって動いているかのようだった。

 そのあとも水晶玉は宙を浮かぶような動きをしたり、まるで魔法が掛っているかのような不思議な動きを見せたのだった。

 周囲の拍手は大きくなる。拍手に向ってぺこりと瑞穂は一礼をした。これで手品は終わりのようだった。

「凄いな。全然わからなかった」

「そりゃあこれでもプロを目指してますからね」

 瑞穂は周りの見物客にスケジュールのかかれた紙を配っていた。その間、開け放たれた鞄の中には、見物客からチップが投げ込まれていく。

「この辺で休憩にしようかな」

 瑞穂はそういうと始まりのようにてきぱきと後片付けを始めた。

「先輩。先輩はチップくれないんすか?けちんぼっすねえ」

「ジュースでいいならおごっていやるよ」

 やったーと声を上げる。あれだけの本格的な手品を見せてくれたんだ。ジュース一本で済むなら安いもんだ。

 展望台の入り口の自動販売機でジュースを買い、瑞穂に手渡す。ぶどうジュースを買ったのだが、瑞穂はそれを美味しそうにごくごくと飲んでいた。

「ぷはーっ生き返る」

「お前おっさんみたいだからそれやめとけよ」

 俺の抗議の声に瑞穂はぷーっとむくれる。

「おっさんって何すか。うら若きレディにむかって。ていうか先輩こそ本当のおっさんじゃないっすか」

「俺は本当のおっさんだから良いんだよ。てか、おまえ口の端から零れてるぞ」

 俺はハンカチを取り出し、それをこしこしとぬぐってやる。

「わっぷ。もう先輩。子供扱いして」

 瑞穂が抗議の声をあげる。

「それ洗って返せよな」

 俺はそういうと、ハンカチはそのまま瑞穂に預ける事にした。

「こりゃどうもっす。ところで自分の手品どうっすか」

 手品の感想を聞かれた俺は素直に手品の感想を言ってやる事にした。

「そうだな。なかなか凄かったよ。プロみたいだった。都会でやったらもっと客が来そうだな」

「都会すか……。自分はあんまり都会でやろうとかは思わないっす。地元でほそぼそとやれればそれで良いっす」

 などと殊勝なことを言う。

「なんだ。都会に出るのが怖いのか。お前の腕だったら何処でも通用

そうだぞ」

「いやまあ、それはそうなんすけどね。なんていうかこの町を離れるのはちょっと」

 歯切れの悪い回答だった。この間の明石の件といい、どうにもこいつらは歯切れの悪い物言いをする。

「まあ、この町で世界を目指すのも良いかなって。そんなとこっすよ。ところで、後半もやりますけど、先輩観て行くっすか」

 瑞穂はこの話はこれでおしまいとばかりに次の話題を振ってきた。

「いや。今日はこの辺にしておくよ。ハンカチ、次来た時に返せよな」

 俺はそういうと、瑞穂と別れ駐輪場へと向うのだった。

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