第9話 今治城にて
浮舟堂に行ってから数日後の昼過ぎ、俺はかねてからの予定通り自転車で今治城にやってきた。
今治城は別名、
広大な水堀が有名で、昔は北側にある瀬戸内海とも水路で繋がっていたという。
城から北東方向に駐車場があるので、俺は自転車をそこに止めた。
堀の水は、今も暗渠になった水路を通り海から今治城へと流れているらしい。その為、今治城の水堀ではサメやエイなどの目撃情報がある。
城に入る前に、サメなどが泳いでいないかと、堀の中を眺めていた。何もいない。どうやら今日はご機嫌斜めのようだ。
城の中に入ってみることにする。
広場の隅に銅像が立っていたので、それを眺める。籐堂高虎の像だった。
それから、天守閣の方へと足を運んだ。
更に門をくぐると、天守閣の手前に神社があったので、そこに立ち寄る。
神社の名前は
籐堂高虎ほか色々な祭神を祭っている。手水舎で手を洗い、
そして、いよいよ天守閣へと到達した。入り口で入館料を支払い、中に入る。城の中は博物館になっており、戦国時代の甲冑や刀剣等がいくつか展示してあった。展示物を眺めながら上の階を目指す。
天主につくとそこは展望台だった。展望台からは市内が見渡せるようになっており、俺は、そこで展望台からの眺めを10分ほど堪能したのだった。
ここが終着なのであとは帰るだけとなる。帰り道は特に観る所もなく、淡々と元きた道を帰るだけとなった。
城のライトアップを観たかったので城の中の広場で時間をつぶす。禁煙スペースなので煙草を吸う事もできず、ベンチに腰を掛けて、ぼーっと景色などを眺めていたら、突然声を掛けられた。
「須磨先輩じゃないっすか。なにしてるんすか」
竹河瑞穂だった。なんでこいつは行く先々に現れるのだろうか。
「お前こそなんでここに来るんだよ。この間もそうだけど行く先々に現れるな、お前」
「いやあ、手品の練習っすよ練習。先輩はなんでここに? あ。自分のファンになっちゃったとか? 嫌だなあ。先輩」
瑞穂はそういうと、ばしばしと俺の肩を平手で叩いてくる。相変わらず図々しい奴だ。
「お城を観に来ただけだ。お前が来るなら別の日にすれば良かったな」
肩を叩かれたお返しにちょっとつれない態度をとってみた。すると、瑞穂はめげることなく、にやにやと笑いながら、
「まあまあ、そんなこと言わずに自分の手品でも観てくださいっす」
などと言うのだった。
そう言えば、瑞穂の手品を一度もまともに観た事がない。高校時代にも機会があったが、ちゃんと1から観るのは初めてだった。
「ここにテーブルがあります」
瑞穂は、持っていた小さなアタッシュケースからテーブルを取りだした。テーブルの上には赤い敷物が敷いてある。
そのテーブルの上の敷物の更に上に金色の置物を一つ置いた。そして、赤い敷物の端をああでもないこうでもないと、ひっぱったりのばしたりしている。
「息を吹きかけます」
そういうと彼女は、ふうっと息を吹きかけた。
すると、テーブルが宙に浮かんだ。浮かぶテーブルの前後には何もない。瑞穂はそのテーブルの布の端を持つ。そうすると、テーブルは更に上へと上がっていく。支えになるような物は何もない。テーブルが自分の意思で宙に浮かんでいるような不思議な光景だった。
俺は思わず、おおと感嘆の声をあげた。手品番組なんかをいくつか観た事があるが、こういうマジックを直接観るのは初めてだった。
一通りの動作が終わると、テーブルはゆっくりと地面に戻っていった。こうして地面に立っていると何の変哲もないテーブルなのだが、きっとどこかにタネがあるのだろう。あるのだろうが、残念な事に今の俺には皆目見当もつかない。
瑞穂はぺこりとお辞儀をすると、手品を終えた。そこまでの仕草は完ぺきに手品師のそれだった。
「どうっすか。自分の手品」
えへんと胸を張っている。
「ああ。凄かったよ。さっぱりタネがわからなかった。どうなってるのか教えてくれないか」
俺は瑞穂にタネがなんなのか教えてもらおうとした。このままだとタネが気になって夜も眠れなくなりそうだったのだ。
「仕掛けっすか。そうですねえ。教えても良いっすけど、って、教えるわけないでしょ。手品師にとって一番大事な物をそう簡単にほいほいと教えるわけにはいかねーっす。いくら須磨先輩の頼みでもこれだけは譲れないっす」
気がつくと、周りには小さいながらも人だかりができていた。
瑞穂は俺にだけ、ぺろっと舌を出してゼスチャーをする。
次に彼女が取りだしたのは、紙の束だった。何をするのかと思ったが、周りの見物客に1枚ずつ配っていく。そして、俺にもその紙を渡すのだった。
「スケジュールっす。謎が知りたかったらここに来るといいっす」
そこには、瑞穂が手品をする日にちが手書きで書いてあった。展望台には、土曜日と日曜日。木曜日はこの広場。火曜日は今治市内で手品を披露するらしい。月曜日と水曜日と金曜日には特に何も予定が入っていなかった。
それを受け取ると、折りたたんでポケットの中にしまいこむ。
時計を見る。だいぶ時間を使ってしまった。日も傾き、ライトアップが始まる頃だ。
「じゃあ、俺行くから」
小さく手をあげて瑞穂に合図する。瑞穂も軽く合図を返すと次の手品の用意を始めていた。
俺はその場を離れ自転車乗り場に向う。門を出て、振り返るとお城は綺麗にライトアップされていた。城がほのかに照らし出される様はTVで観るとよりもさらに幻想的で不思議な高揚感があった。
自転車に乗り、もう一度ライトアップを観る為に城に沿うようにして道を走る。白く光る天守閣を観ながら、今度はカメラを持ってくるのも悪くはないななどと考えていた。
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