第8話 あくる日の夕方

 あくる日の夕方、自転車で浮舟堂まで来ていた。

浮舟堂は市内から少し離れたところにある。

俺は自転車の運転も兼ねてこの離れた場所にある古本屋に来たのだ。

こんな所まできて本を買いに来る人ははたしてどれくらいいるのだろうか。

正直、友人の俺が観てもいつ潰れてもおかしくないような佇まいだとは思う。

喫茶店のような母屋。その隣に自転車を置く。自転車の横には明石の車が駐車してあった。

店の中に入ると、さっそく明石が話しかけてきた。

「やあ。須磨、いらっしゃい。僕に会いに来てくれたのかな」

明石は今日もにこやかな笑顔だった。

「いや。今日は古本屋の方に用がある」

俺は明石から目を逸らし本を物色していた。昨日のように雨降りの時に暇を潰せるようにしたい。何かあれば良いのだが。

「つれないじゃないか。でもお茶は飲むんだろう?」

「ああ。濃いやつを頼むよ」

と、答えた。この店は買い物客にお茶を振舞ってくれる。もっともそれは俺だけの特権なのだが。

何冊かの本を抜き取るとレジに持っていく。料金を支払うと、そのままレジの後ろのに上がり込む。

ほどなくして明石がお盆の上にお茶を乗せてやってきた。透明な入れ物に入ったお茶はきんきんに冷えていた。

「ぷはーっ。生き返るわ」

俺はお茶をぐいっと飲むと感嘆の声をあげた。そして手元にあったうちわを勝手に拝借して、仰ぐ。

「ここまで自転車で来たんだ」

買ったばかりの自転車がいかに凄いのかを自慢した。明石はそれをふむふむと聞いてくれる。

「明石は何してたんだ?」

そうすると明石は部屋の隅にある文机を指差した。

「小説を書いていたよ」

そう言うと、明石は机の上にある紙束を寄こした。ぱらぱらとめくって読む。なるほど、全く頭に入ってこない。

「ここが明石の創作活動の場って訳か。んで?それが完成するのはいつだ?」

「今はまだ6割位しか書いていないからなあ。これから佳境に入る所だよ。店番をしながらだから、あと3カ月ってところかな」

なんとものんきな話に聴こえる。そんなペースでいいのだろうか。

「それ書いたらどうするんだ? やっぱり何処かに送ったりするのか?」

「そうだねえ。上手くいけば送るし上手くいかなければ送らないかな」

 歯切れの悪い答えが返ってきた。

「でもお前、小説家になりたいんだろ?そんなんでいいのか」

 のんきな返事に若干苛立った俺は思った事を口にしていた。

「そうなんだけどね。まあ、焦る必要もないかなって」

またしても歯切れの悪い答えが返ってくる。そんなんで小説家になんてなれるのかよと思ったが、それは口にせず、話を別の方向に切り替えることにした。 

「そう言えばお前、余計な事を瑞穂に吹き込んだろ」

俺は明石にこの間のことを思い出して追及をした。明石と瑞穂が情報を共有している事に対して苦言を差しておこうと思ったのだ。

「特別な事は話していないよ。須磨と昼間に食事を取ったって言っただけさ。そうそう。そう言えば夜も同じものを食べたんだって?」

やはり、瑞穂から話を聞いていたのだ。少し、いやらしい笑い方をした明石に毒づく。

「お前らいつも連絡を取っているのか?」

「んー。須磨と会うまではそれほど連絡を取っていなかったよ。せいぜい年始の挨拶くらい。頻繁に連絡を取るようになったのは、須磨とあってからさ」

そう言うと明石は窓を全開まで開けた。網戸越しに流れてくる夏の風が部屋の中に入って心地良い。

「須磨はどうなんだい? 君は彼女が居ただろ?」

唐突に彼女の話をされて俺はきょとんとなる。明石は俺と瑞穂がどうこうなっているのではないかと考えているようだ。

「彼女とはこっちに来る前に別れた。それに俺と瑞穂はそういうんじゃねーよ」

 ぱちぱちとうちわをあおぎ明石に否定の言葉を意思表示する。

「あいつとはお前と同じような関係だよ。男とか女とかそういう風に考えた事は一度もないな。というか、この間ひさしぶりに会ったばかりだし」

 俺は、そういうと残りのお茶を一気に飲み干した。さっきまで冷えていたお茶は残念なことにぬるくなっていた。

「ふむ。まあ須磨がそういう感じなら別に良いんだけど」

「なんだよ。言いたい事があるならはっきり言ってくれよ」

俺は抗議の声をあげた。何も無い事であれこれ詮索されるのはまっぴらだ。

「いや。気にしないでくれ。どうやら僕の思いすごしだったみたいだ。」

「思いすごしに決まってるだろまったく」

俺はそういうと、ちらと窓の外をみた。夕日はすっかり沈み。そとはうす暗くなっていた..

「そろそろ帰るよ。お茶ごちそうさん」

 話を切り上げうーんと背伸びをする。忘れないように買ったばかりの本を抱え、本屋の方に足をのばす。

「気を悪くしたかい」

 明石が申し訳なさそうに俺に言う。

「いや、流石に長居し過ぎた。これ以上いると自転車で帰れなくなる」

「また来てくれよ。店番をしていると眠くなってくるんだ」

 明石はそんな事を言う。暇っていってもお前の場合は小説を書く時間じゃなないのかと、俺は心の中で呟く。

「そうだな。また本が必要になったら寄るよ」

 そういってから俺は自転車をとめてある所に向う。明石は店の外を出て俺を見送ってくれるようだった。

「小説、完成したらまた読ませてくれよ」

 俺はそう言って明石に手を振る。明石は俺に手を振り返した。

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