第11話 俺は今治商店街に

 俺は今治商店街に来ていた。商店街には特に用がなかったが、瑞穂が手品をしているらしいので来てみたのだ。ふらりと自転車運転して居ると、ほどなくして、瑞穂を見つけた。今日はアーケードの入り口で手品を披露するらしかった。

「よお。今日はここでやるんだな」

 俺は瑞穂に声をかけた。瑞穂の方は今から準備らしく、昨日と同じようにてきぱきと準備をしている。

「須磨先輩。一昨日ぶりっす。あ。これハンカチ」

 瑞穂がこないだ貸したハンカチを持ってきてくれた。丁寧にアイロンがかかったそれは、ほのかにお日様の匂いがした。

「今日は何をやるんだ?」

「そうっすね。今日はカーディストリーをしようと思ってるっす」

 カーディストリー? 聴いた事の無い名前だ。

「なんだそれは?」

「トランプカードを使ったパフォーマンスの一種っす」

 そういうと、瑞穂はくるくるとトランプを回転させる。そのあとは、ぱちんと弾いたり、広げたりを繰り返していた。

 この間よりも見物客が多い。さっそく人だかりができ、ぱちぱちと拍手が起こる。

 一通りトランプマジックを披露して、瑞穂はぺこりとお辞儀をした。なんどか観るうちに気付いたのだが、どうやら、このお辞儀をする仕草がマジックの終わりを告げる合図のようだ。

 見物客はチップを箱の中に投げ込む。瑞穂はチラシを配る。この間と同じ光景が繰り返されていた。

 それにしても、大したもんだ。俺が素人だからかもしれないが、率直に上手いと思う。高校時代はこんなに手品が上手だとは思わなかった。

「ふう。いったん休憩休憩」

 瑞穂はトランプを仕舞い終わると、とてとてと俺の方に近づいてきた。

「先輩。またチップを入れてくれなかったすね。やっぱりけちんぼだ」

「お前なあ。先輩から金をせびっても虚しいだけだぞ。それにこの間はおごってやったろ。あいこだあいこ」

俺はそういって瑞穂の抗議をさらりとかわした。

「いや。先輩はけちんぼっす。一番良い席でマジック観てるんだからちょっとは還元してくれてもいいのに」

なおも食い下がってくる瑞穂に俺は根負けをした。

「わかったよ。喫茶店でおごってやる」

「わーいわーい」

俺のおごるという言葉に瑞穂は飛び跳ねて喜んだ。

さて。おごるとはいえどこでおごってやろうか。色々と候補を考えていたら、瑞穂が言った。

「ホットケーキっす。ホットケーキが食べたいっす」

との事。どうやら喫茶店の場所も決めているようだった。

お目当ての喫茶店は、アーケードの中ほどから路地を曲がった所にあった。古風な佇まいの喫茶店だ。

緑色の低いのれんをくぐると、アンティーク調の店内がみえる。天井にぶら下がった大きな木が印象的だった。

「ホットケーキ2つとホットコーヒー1つ。お前飲み物何にするんだ?」

「そうっすね。自分はアイスコーヒー」

俺たちは注文を終えると、ふうと息をついた。喫茶店の雰囲気に若干、緊張してしまった。

「手品。こないだと場所違ったな」

「まあ。商店街の辺りとは決めているんすけどね。気分で場所を変えたりするんすよ」

「ふーん。そんなものか」

当たり障りのない話をしていると、くだんのホットケーキが到着した。

厚く焼かれた生地は完全な円を描いている。そこにバターとシロップがついてきた。ほかほかのホットケーキにバター軽く塗り一口。

「うん。美味い」

「先輩、シロップ掛けないんすかシロップ掛けると美味しいのに」

みると、瑞穂はどばどばとシロップを上に塗りたくっていた。それじゃあ、素材の味が台無しじゃないか。と思ったが、本人が気に入っているのならそれも良いのかもしれない。

「うも。うみゃいっす」

口に頬張りながら感想を言う瑞穂。全く、とんでも無い食べ方だ。もうちょっとおしとやかにならないものか。

「おい。また口元についてるぞ」

俺は指摘してやると、瑞穂は紙ナプキンを使ってそれをぬぐう。まるで子供のようだった。

明石はこいつと俺が何か有るのではないかと余計な考えを巡らせてたが、ちっともそんな雰囲気とは程遠い。恋人というよりどちらかと言うと、父と娘みたいなもんだ。

「先輩。食べないっすか。こんなに美味しいのに」

「いや。食べるよ。お前の豪快な食べっぷりに圧倒されてた」

俺はそう言うと、コーヒーを一口飲んだ。ローストされたコーヒーの香りが体を突き抜ける。なるほど、ここはコーヒーも美味い店か。

「先輩。先輩は普段何してるんすか」

「サイクリングしたり読書したりだな」

それ位しかやる事がない俺だった。言葉にしてみると、意外と少ない。

「そのほかは?」

「いや。他にやることはねーな」

「先輩。若いのに枯れてるっすね。もっと色んな事をするべきっす」

痛い言葉だった。仕事をしていない身では確かにやる事が少なすぎる。

時間が有るのだから、もう少し色々な事に手を出すべきかもしれない。

「そう言えば、お前。バイトしてるって言ってたけど何やってるんだ?」

話を切り替え瑞穂に質問をする。

「居酒屋のバイトっすよ。水曜日と金曜日の二日っす」

「何処の居酒屋なんだ」

「常盤郵便局の近くっす。通り挟んで反対側。明石っちが一度来てくれた事があるっすよ。」

「ふーん。じゃあ俺も今度、明石連れて行くわ」

等と話しているうちに、ホットケーキを食べ終わった俺たちは食後にコーヒーをもう一杯頼み、まったりと時間を過ごしたのだった。

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