第6話 展望台からの帰り道
展望台からの帰り道、俺は瑞穂の車に乗っていた。ここまで自転車で来たのはいいが、帰りの事をあまり考えてはいなかったのだ。屈辱ながらも折りたたんだ自転車を車の後ろに乗せてもらい、俺は瑞穂の運転する車の助手席に乗っている次第である。
「いやー、須磨先輩はあれっすな。今自分が何歳だか知ってるんすか」
くすくすと笑いながら瑞穂は運転をする。このやり取りはここに来るまで、何回と繰り返していた。
「26だよ。わりーか」
同じ回答を繰り返す。そうすると瑞穂はくすくすからゲラゲラになって笑うのだった。
「ところで先輩。夕ご飯何か食べました?」
笑うのをやめた瑞穂が唐突に話を振ってきた。
「いや、特に何も喰ってねーけど」
ふてくされたまま応える。瑞穂はそれがおかしかったらしく、またくすくすと笑いだした。
「じゃあ、どっかで夕飯食べて行きませんか。丁度、夕飯時ですし。」
瑞穂から夕飯の提案があった。そういえば自転車をこぎ続けてきたせいか、腹が減っていた。
「ああ。そうだな。どっかで飯にするか」
端的にそういうと、何を食べるか考える──。
「何食べます」
唐突な質問に思わず俺は口に出してしまっていた。
「焼き豚玉子飯」
瑞穂はそれを聴くと、にやりと俺の方を向いて笑う。笑うのは良いのだが、車の運転はちゃんとして欲しい。そう思った。
「先輩それ好きっすね。昼間も明石っちと食べたばかりでしょ」
どうやら明石と昼食を取った事を瑞穂は知っているようだった。情報源は明石か。余計な事をしてくれたなと内心で明石を恨んだ。
「いつ食べて美味いんだよ。焼き豚玉子飯は」
俺はそう言うと、瑞穂はうんうんとうなずいている。何処か諭すような感じのうなずき。バカにしているのが判る。
「高校の時からそれですもんね。良く飽きないなって思うっす」
そういうと、車を先ほど食べにいった中華料理屋へと進路を取る。
高校時代──。
俺と明石、瑞穂は同じ高校で知り合った。知り合った場所は天文部の部室。
俺たち三人は、天文部員だったのだ。
天文部に入った時は部員は他におらず、俺と明石は意気投合。そして1年が過ぎ、俺と明石が2年にあがると、瑞穂がそこに入ってきた。3人はあっという間に連れ合うようになり、何をするにも一緒というような関係になった。
そして夜。星を見に行く時になると、小腹の空いた俺は、焼き豚玉子飯を食べてから学校に行っていた。そのことは、明石はもちろんのこと、瑞穂も知っている。
あの頃の俺たちには怖い物は何もなかった。明石はその頃から小説を書いていたし、瑞穂も手品のまねごとをしては、俺と明石を驚かせていた。そんな日々がいつまでも続く、そう思っていた。
しかし、現実はそう上手くできておらず、俺は高校卒業と同時に上京し大学に入った。明石は確か松山の大学に進学したはずだ。
そう言えば、瑞穂はどうしたのだろう。明石と俺が大学に入ったあと、一人
取り残される形になった後はどうしたのだろうか。部活を辞めてしまったか、それとも、一人で部活を続けていたのだろうか。
「先輩。先輩ってば。もう、怒っちゃたんですか」
瑞穂がむくれながら俺に話しかけていた。急に現実に引き戻される。
「ああ。すまん。ちょっと考え事をしていた」
ぽりぽりと頭をかくと、瑞穂に頭をさげる。
「もう。先輩しっかりしてくださいっす。そんなに思いつめなくても、ご飯は逃げないっすよ」
見当違いの事を言っていたが、俺はそれを否定しなかった。特に訂正するような事でもない。それにまた思い出にひたっていたなんて言ったら、瑞穂にからかわれるに違いないからだ。
「ついたっす」
瑞穂は車を止め俺を促した。少し反応が遅かった俺を送りながら車に鍵を掛けていた。
本日2度目となる中華料理屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃい」
店の主人が景気のいい挨拶をしてくれた。この挨拶も今日は2回目である。
カウンターに腰をかけると、その隣に瑞穂も並ぶ。
「お前は何食うんだよ」
瑞穂に何を食べるか聴いた。瑞穂はカウンターの上のメニューを観ながら考えている。
「そうっすねー。うーん。自分も先輩と同じ物で良いっす」
そう言うと、彼女はカウンターにメニューを置く。
「焼き豚玉子飯二つ」
水を受け取ると、俺は注文を済ませた。
「懐かしいっすねここ。先輩昔からこの席ばっかでしたっすよね」
しみじみと呟いている。まだバカにし足りないようだった。
「テーブルも有るのに明石っちと私と須磨先輩。いつも並んで食べてましたっけ」
一通り話し終えると水を一口飲んでいた。そんな横顔を観ていると、高校時代の事がまた頭をよぎった。
「はいお待ちど」
程無くして、焼き豚玉子飯が運ばれてきた。チャーシューの上に目玉焼きが乗っかり、甘いたれがその上を覆っている。
「「いただきます」」
同時に食事の挨拶をした。こんな所も昔から変わっていない。
平皿に盛られたそれを目玉焼きを崩しながらかき混ぜる。下に乗っているチャーシューは、しっかりとした存在感を保ちほかほかの飯を隠していた。
「いやー。美味いっすね」
隣でもぐもぐと食べていた瑞穂が話しかけてくる。食事中に話しかけてくるなんて、なんとも行儀の悪いことだがいつもこんな感じだった。
「落ち着いて食えよ」
俺はそう言うとたれの掛った甘い飯をほうばる。さっき食べたばかりなのに、れんげのスピードが変わらない。
俺たちはもくもくと食べ続けた。10年前と変わらない。言葉数は少なく、ただ、淡々とたべるのだった。
「ごちそうさま」
先に食べ終わったのは、瑞穂の方だった。相変わらず食べるスピードが速い。
俺はれんげの最後の一口まで堪能する。久しぶりに食べる好きなものは飽きないのだ、と、頭の中で誰にでもなく言い訳をした。
「ごちそうさま」
そういうと、俺は伝票を手に取った。
「あっ。先輩、私も払うっすよ」
瑞穂が財布を取り出そうとする。俺はそれを制して、
「こないだおごって貰ったからな。それに今日は機嫌が良いんだ。俺が払う」
そういってレシートを持つとレジに向った。
「じゃあお言葉に甘えてゴチになりまっす」
瑞穂はそういうと、ぺこりと頭を下げた。そう言えばこんなやりとりをするのは、初めてだ。昔は皆割り勘で食事をしていたんだっけ。
俺はそんなことを考えながらレジを済ませ。店の外に出たのだった。
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