第4話 焚き火

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「後継者の試練……か。どんな内容か分からないが、一日で帰してくれるほど生易しいものじゃないだろうな。」

 

 周囲を歩き回り、落ちている枯れ木等を拾いながら黒は呟いていた。拾うのは木だけではなく、使えると思った物はなるべく回収しようとしている。


「おっ!これは使える!……が、なんだこの植物?ま、いいか。」


 見た事もないふわふわの植物を見つけた為に回収し、黒の口からニヤリと笑みがこぼれる。


(火口として役立ってくれるだろう。)


「キョロッ!キョロロッ!!」


「……。」


 突如として近くで鳴いた声。

 スゥッ……と、黒は瞬時に気配を消し、木に背を預け、鳴き声の主を見ようとする……が、鬱蒼とした草に阻まれ、姿を視認する事が出来ない。


(さっきから聞こえる動物の鳴き声、何度聞いても覚えがない……。念の為、拠点は高所がいいだろうな。)


 手元には十分な枯れ木に、ふわふわの植物がある。


(一度戻るか。火を起こす為の準備は出来たしな。さっさと帰って拠点を作ろう。)


 動物に気付かれないように戻り始める黒。「キョロキョロ」と鳴く動物の声はどこか気味悪く、見つかれば面倒ごとは避けられないと、薄々感じていた。


「しっかし。試練って言われても、何をすればいいのかイマイチ分からないな……。自力で家に帰れば良いのか?」


 そう考えた黒は少し顔をしかめる。

 見た事もない森のため、家より大分離れているだろう事は容易に知れた。スマホもない為に位置がどこかも分からない。


 飲料や食料は手に入れるとして、服装は昨日、狂乱爺と山に行ってた時の格好のため、少しボロい。


「……まぁ。遭難したと勘違いしてくれるだろ。最悪は一ヶ月生き延びろとかだな。婆ちゃんも関与している分、森の主を倒せとかふざけたお題がないといいが。」


 グチグチ言いながら拠点に戻ってきた黒は、ガサッとベッドの隣に回収した木々と、ふわふわの植物を置いた。

 適当な棒で近くの木の樹液を拭い、手に擦り付けてはベタベタにする。


「とりあえず、家に帰る事が第一目標として、少なくとも小川とか水源を見つけなきゃな。水がなけりゃ人里に着く前に倒れるかぁ……。」


 足で平らな木の板を抑え、木の棒を両手で挟む。樹液でベタベタな為に滑りが少なく済む。


「あとこれ程深い森だしな、熊も出るだろうし。用心のため武器とかも必要か。」


 巨大な熊を狩る狂乱爺と、刀一振で木を両断する天災婆が一瞬だけ頭を過ぎるも、黒は首を振るい、遭遇したら威嚇してその場を凌ごうと決める。


(俺はあんな化け物じゃない。熊は倒せたとしても、木なんて両断出来るはずがない。)


 キリキリと木の棒を回転させること七十。摩擦熱で火の粉を作りだし、それをふわふわした植物に乗せ、優しく強く息を吹きかけてやると、メラッと火が燃え上がる。消えない内にさっさと燃えやすい枯れ草に乗せ、直ぐに木をくべる。


「よし。」


 メラメラと安定しだした焚き火に安心すれば、黒はベッドに腰掛けほっと一息。


「ここまでで二時間……。しくったな。最初から動けてたらもっと早く終わったのにな。」


 黒は前置きも無しに後継者の試練を行った祖父母を心底恨んだが、今は恨んでる余裕もないために、さっさと次の行動に入った。


「とりあえず、ベッドバラすか。」


 布団を退かし、石を持った黒は接合部をガンガンと叩き始める。ベッドの骨組みはスチール性だ。黒は愛用していたベッドを躊躇なく破壊し始める。


(人工物は貴重だからな。爺ちゃん達の意図は分からないが、あるなら使っても良いだろ。ありがたく使わせてもらう。)


 ガァン!と衝撃音が森の中に響き渡る。


「やっぱり硬い……が、壊せないことはない……!」


 手がビリビリ痺れるもニヤリと不敵に笑い、石を持った手を振りかぶる黒は、ガンガンと両側から接合部を叩き続けること三時間。


「そして、俺の手はイカれたのであった。」


 黒は自らの真っ赤な手を見ては、涙目で呟いた。


「別にこれくらい……痛くねぇし。」


 黒は苛立ち紛れに何処へ向けて、世話になった石を投げ捨てた。ガサッ!と音を立てて茂みの奥に消えていく石。


 布団に腰を下ろした黒は頭を抱える。


(もう夜だって……まずいって……。)


 まだベッドをバラしただけの黒は、想像以上に時間を消費してしまった事に焦っていた。


「……。暗くなってからじゃ探索に行くのは愚策。探しに出るなら今か。」


 昼ぴったりに起きたとして、今までかかった時間は最低でも五時間。空はまだ明るく木に隠れているだけで日は出ている。それも時間の問題。直ぐに沈むだろうと黒は考え、立ち上がる。


(……。……ちゃっと行って何かあれば良し。なければ今日は飲み食いを諦め明日に回すか。)


 その様に決断した黒は、自らがバラしたベッドの部品を見た。


 --細長い骨組み×13

 --長く太い骨組み×7

 --円状の骨組み×4


 円状の骨組みを一本だけ掴んだ黒は、地面に差し込み、それを中心として地面に十字を刻めば、今日行く方向を自らの内に定める。


(松明は……要らないか。どうせ直ぐに慣れる。慌てず冷静に、するべき事をテキパキと果たす。今俺が求められているのはそれだ。)


「今日はこの方向にしておくか。」


細い骨組みを片手に握りしめる黒は、意識を切り替える。その瞳が進む方向へと向けられると、細い骨組みを引き摺りながら最後に刻んだ線の方向へ歩き始める。


(……。とりあえず何かあればいいな。)


 その様な思いを胸に、黒は道無き道を進んで行く。


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「はぁ……!はぁ……!はぁ……!」


 鬱蒼とした森の中を荒い息を吐きながらも必死に走る少女がいた。


「ここまで来れば……!はぁ……!はぁ……!けほっけほっ……。うぅ……。やっぱり人里に……。」


 そこまで口にした少女はしかし、直ぐに首を振るう。


 少女の頭を過ぎるは、自らを助けた人達の無惨な死体。


(ダメだ……。それだけは絶対に……。)


 唇を噛み締め、自らの無力を恨んでいた。


(あたしには……逃げる事しか……。)


 胸に抱くは諦め。抗う意味すら分からなくなって来た少女はそれでも、ゆっくりと歩き出す。


「痛っっ!?……棘だ。」


 少女は木に背を預け足裏の棘を引き抜いては、ため息を吐き、目を瞑ろうとした。


(とりあえず一度……休憩を……。)



 ---キョロキョロ!!キョロロ!!



 しかし、声が聞こえた。少女が今一番聞きたくない狂った声が。ガサガサと迫って来ていると知れば、諦観故に、悲観故に顔を歪めた。


「な……なんで……。」


 少女は立ち上がり、茂みをかき分け進み続ける。


(早く……!もっと……もっと遠くに逃げなきゃ……!)


 少女が前に足を突き出す度に、鋭い葉っぱや枝に掠め、傷を作り。足が突っかかり転ぶ度に体が汚れ、涙が浮かび上がる。


「もぅ……いやだ……。」


 掠れた声で泣きそうになる少女は、それでも立ち上がり走り続ける。


 生存を求めて。


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 道無き道を進む事二時間。

 既に空は暗く、鬱蒼とした森は闇に包まれていた。


「何もない……だと!?」


 黒は地面に膝を付けて絶望していた。


(二時間も歩いたんだぞ!?少なくとも水溜まりの一つや二つあっても良いだろ!)


 草食獣や肉食獣の痕跡でも見つかればまだ良かったが、見当たらなかったのだ。故に、二時間の成果は見た事もない大量の果実だけであった。


(小川の近くに拠点を作ろうとした俺が馬鹿だった。)


 自らの安易な判断を恨み、顔をしかめた黒は、果実を見つけた時点で帰っておけば良かったと後悔する。


(二時間無駄にした……!)


 石を投げようとした所でとどまる。手に馴染む丁度良いサイズの石を、怒り発散目的で投げるのは勿体なさすぎるためだ。


「いや、果実が見つかっただけでも儲けものか。」


 もやもやとした思いが黒の胸を支配する。


「はぁ……。帰るか。」


 ガジガジと後頭部をかいた黒は、来た道を戻り始める。


「怒ったところで、目の前に大きな川が現れる訳でも、大量の肉が落ちて来る訳でもないしな……。はぁ……。」


 再び吐かれるため息。水が流れ落ちる音もしないために、探す気も失せた黒は諦めて帰り始める。


 両手に抱えるは沢山の果実と手頃な石。良き想定外と言えば、水分が多分に含まれた果実であった事ぐらいだった。


(食料と水分に少しの余裕が出来て困らなくなったが、手一杯の果実と石……。)


「やっぱり……しょっぱいなぁ。」


 急ぎ足で帰ってきたからか、単に帰り道だからか、行き二時間だった道のりを、帰りは一時間で戻って見せた。


「もう夜か……。」


 夜は肉食獣が活発になる。昼間よりもキョロキョロした声が多くなっており、声の主がどんな動物か分からない為、黒の警戒心も高めである。


「……正直。拠点は水辺の近くがいいんだが……。」


 どこかも分からない森。生息する動物は大体予想できる黒であるが、正体不明の声の主も居る事もあって、地面で夜を明かすのは不安だった。


 地面にポンと置かれているマット。疲れ故に幻視される誘惑に負けそうになる黒であるが、飛び込みたい気持ちを抑え、何度目か分からないため息を吐いた。


(爺ちゃん婆ちゃんは、俺の死に際を助けてくれる程お人好しじゃない。肉食獣の牙や爪が俺に突き立てられようと、自業自得と言って息絶えるのを見届けるだろう。)


「……人でなし。」


 愚痴りながらも黒は樹上を見上げた。


 鬱蒼とした木々の間には多くのつるが宙にぶら下がっていた。取りたいと思う黒であるが、高さは何十メートルも先である。暗いこともあって足を滑らせたらタダじゃ済まない事くらい黒も理解している。


「爺ちゃんは言った。欲しい物があれば死ぬ気で取りに行け……と。婆ちゃんは言った。いざと言う時は心臓を失ってでも切り掛かれ……と。つまりは、死んでも、まぁ…いっか。と!」


 ダンッ!と跳躍した黒は、木々を蹴り上へ上へと駆け上がる。


「まじ……ろくな教育を受けてねぇな。」


 ぐっと蔓を掴んだ黒は、割って鋭利になった石を握り、多量にかつ長めに切り落とす。


「蔓はこんなものでいいだろ。」


 トンッと地面に着した黒は、切り落とした蔓を見て満足そうに頷いた。


「あとは……。」


 目を細め樹上を見据える黒は、丁度良く枝分かれし、かつ高所である事を条件とした木を探していた。


「おっ!あった……が、八メートルくらいか。昇り降りが面倒臭いが仕方ないな。」


 細長い骨組みを全て蔓で束ねて、背負った黒は、再びダンッ!と地面を蹴り、木を駆け登り、地上から八メートル程の地点に到達した。


 細長い骨組み十二本を、枝分かれした木の上に設置し、落ちないように置いては、蔓にて縛り付け固定する。

 素材は揃っていた為に作業はサクサクと順調に進み、一時間経つか経たないかで安全な足場が完成した。


(よし。あとはマットとかを持ってくるだけ。)


 下に降りた黒は、マットや毛布を折りたたみ、蔓で体に固定すれば木を登り始める。


「ま、当然だな。」


 マットらを敷いて、収穫した果実らも運んできては、安定した寝床にニヤリと笑う黒。最後に下に降りては、焚き火に薪をくべる。


「一応今日はこれで良いか。」


 空はもう暗い。黒は、パチパチと弾ける薪の音色を心地よく感じながら、完成した寝床を地上から満足気に見上げる。


(体感だと大体八時か九時かそこら辺だろ。腹が減ったな。肉でも魚でもいいからかぶりつきたい気分だ。)


 ダンッ!と木々を蹴り、駆け上がる黒は、寝床に到着すると横になり空を見上げる。月は見えないが、夜空に光る星は見える。ある程度のタスクが終えた為に、達成感が黒の胸に満ちていた。


(どこの場所も星は本当に綺麗だが……。)


「大分ハッキリと見えるな…」


 黒は疑問に感じていた。

 今見ている星空は、今まで見た中で一番と言える程綺麗に輝いているのだ。


(ド田舎じゃないよな……?電話線が繋がっていると良いんだが……。)


「流石にあるか。」


 自分の考えを自分でつっこむ黒は、ふと考えてしまう。



(俺に求められているのはなんだ?)



 住は手に入った。食も不安定だが、しばらく持つ。衣は言わずもがな。黒が衣食住を整えるのは時間の問題だった。


(俺がこれくらい出来る事は爺ちゃんも婆ちゃんも理解しているはず。であれば……。)


 思考を繰り返した黒は、結論に至った。


「明日……熊でも狩るか。」


 そうすれば祖父母共に認めるだろうと思って。


(しっかし。一日経っても姿どころか気配すら見せねぇし。ガチ過ぎだろ。会話相手ぐらいなってくれても良いだろうが。)


 姿を見せない祖父母。明日になっても出てこなかったら探してやろうか?と考える黒であるが、ぐぅぅ…と腹が鳴る。


「腹減ったぁ……。」


 腹は減ったが、まだ我慢出来るレベルった。果実だって有限である。出来る限り温存しておいた方が良いと言うのが、黒の結論であった。


(あ……明日面接の予定あるんだった。今回も中止だな。いい加減定職に着きてぇ……。)


 その様に思う黒であるが、内心諦めていた。祖父母に育てられ、黒も同じく人の枠を超えては居るが、祖父母を前にしては赤子も同然。


「あ……そうだ。夜の内に作っとかなきゃな。」


 一本だけ取っておいた細長い骨組み。


 黒は石と骨組みを掴み、立ち上がれば、木の幹を下敷きに、先から十センチ程を平たく潰し、持ち手側の先も七センチ程平たく潰す。両端が潰れた状態だ。


 潰した面を縦にし、先から五センチ程を潰し、折り曲げ鋭くして微調整に入る。その後持ち手側の方も少し鋭めにしておき、また微調整する。つまり両端が鋭い長めの槍の完成。超簡易的な武器になる。


(……と言っても、素材が素材だからな、心もとないが……ないよりマシだろ。少しでも自分の手に馴染む丁度いい棒があれば心強さが全く違うと言うもの。)


 細長い棒を軽く振るえば、フォン……と風を切る軽い音が鳴り、「こんなものか。」と落ち着く。


(名前は……とりあえず'簡槍'でいいか。)


 三十分程で仕上げた簡槍は、木に立てかけておき、黒は再び寝転がる。


 ぐぅぅ……とまた腹が鳴り、果実に手を伸ばそうとした黒であるが、その手を自ら抑え、目を閉じて寝ようした。


(……。眠れねぇ。)


 …のだが、あまり睡眠を必要としていない体の為、新しい寝床が微妙な為、尚も鳴り続ける腹が空腹感をより強調する為。黒はあまり眠る事が出来ずに居た。


「あぁ……クソ。ぜってぇ継がねぇ。」


 その様に愚痴るも誰も聞いてくれず。黒は「クソっ…」と悪態を付けば、再び目を閉じて無理やり眠ろうとする。

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