第3話 試練……?
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ガチャッと扉を開け、周囲の警戒を怠らない黒は、罠が仕掛けられていないと理解するまで数分かかった。
「はぁぁぁ……。」
ガチャッと扉を閉め、ようやく休憩時間が来た喜びに心弾ませる黒は、ふらつく足のままベッドに倒れ込んだ。
「はぁぁぁ……。」
再び吐き出すため息。それは如何に黒が疲れているかを示していた。
「……ぁ。明日面接か……。また抜け出す準備しとか……ねぇ……と……。」
動き出そうとする黒の意思とは裏腹に、疲れきった体は起き上がることなく。鋭い黒の瞳はゆっくりと閉じ行き、やがて深い深い眠りについてしまった。
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「せいっぁぁぁああああ!!」
「なんっっっっのぉぉぉぉおおお!!」
「あぁぁぁぁぁああああ!!」
「んぉぉおおおおおお!!」
古風な道場は怒声に近い雄叫びで満ちていた。
'時宗家'の門下生が二十名……互いを殺す勢いで体術を自らのものにしようとしているのだ。しかしこれは準備運動。その事を皆理解している。この後にはもっと辛く厳しいのが待っていると。
だが、この場には誰一人として手を抜く者はいなかった。手を抜いた時、その時が時宗家の門から追い出される時であるからだ。
そんな熱気に包まれた道場の奥で、目を瞑り座っているものが居た。
'時宗家'現当主……'天災婆'である。
(黒……貴方は強くなねばならない……。後継など関係なく……。)
天災婆の耳には音が入って来ない。
難聴ではない。何人たりとも邪魔する事の出来ない領域に自らの精神を置いているのだ。しかし、例外もある。ピピッとアラーム音が鳴る。狂乱爺とお揃いの黒い腕輪である。
「時間です。」
音もなく立ち上がった天災婆。
その凛とした姿に門下生の過半数がどよめかずには居られず、特段と心の弱いものはそれだけで気絶してしまえる程。
「続けなさい。黒を起こして参ります。」
音もなく歩き始める天災婆の手には、いつの間にか黒い刀が握られていた。真剣である。
天災婆の放つ威圧には、僅かな殺意が込められていた。通常時の威圧でさえ気絶者が出るというのに、殺意の込められた威圧は、門下生の半数を気絶させてしまう。気絶しなかった残りの門下生らは、床に膝を付けて立てずに居た。
ガラッと天災婆が道場から退出した直後。
ドッと安堵故の冷や汗が、皆の額にびっしりと浮き出る。災厄が過ぎ去ったとでも言わんばかりの門下生らは、緩んだ緊張の中、震える足で何とか立ち上がった。
「黒さんがヤバいですよ!今度こそ殺されちゃいますよ!!」
「そもそも……孫を起こしに行くのに刀って……。」
「お前ら……抜刀するとこ見たか?」
「「……。」」
「瞬きしたら、もう手に握っていたぞ……。」
「「黒さん……ご愁傷さまです。」」
門下生らは確信していた。今日は黒の叫び声が道場中に響き渡るのだと。
場面は代わりて黒の部屋の扉前。
天災婆はチャキッと黒い刀を構え一振。しかし扉は三等分されており、ゆっくりと崩れた。
「黒。一体いつまで寝て」
怒りが含まれた天災婆の声。しかし、発していた言葉は直ぐに途絶え、カタンッと黒い刀は床に落ちた。
「黒!?どこにいるのです!?」
ベッドとタンスしかないはずの部屋には、タンスしか無かった。ベッドで眠っているはずの黒が居ないのである。天災婆は、すぐ様黒い腕輪に話しかけた。
「爺さん。黒を見ていませんか?」
声は冷静に。しかし、隠しきれない焦りがあった。
「わしは知らんぞ?」
狂乱爺は自らの部屋にて新作の罠を作っていた。そんな中、天災婆から連絡があり、彼女が焦っていると察すればスッと目を細めた。
「黒がどうかしたのかの?」
「黒が居ません。ベッドごと。」
「なんとっっ!?」
狂乱爺は耳を疑い、罠を作る手を止めた。
「じ、GPSは……。」
震える声で、狂乱爺は呟くように聞いた。天災婆はそれに対し、ゆっくりと首を振るい答える。
「反応……ありません。」
「な……んと……。」
(少し目を離した隙に行方をくらますなぞ……まるで。)
ゴトリと、狂乱爺は大切な未完成の罠を落としてしまい、聞いた言葉を何度も頭の中で繰り返していた。
天災婆は淡々と事実を述べるも、顔をしかめていた。そして、極めつけは。
「嫌な予感がするの……。」
狂乱爺の勘はよく当たる。
「門下生も含め、捜索に当たります。爺さんは山を。」
「分かったぞぃ。」
ポツポツと雨が降り始める。やがて強く成り行き、家の中まで雨打つ音が響き渡る。まるで、狂乱爺の予感に拍手を送るかのように。サァサァと。ザァザァと。
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さわさわと、微かな風に揺らされた木の葉の擦れる音が聞こえ、ケー!ケー!と鳥の鳴き声が響き渡る深い森の中。木の葉の隙間から覗く陽の光が、円形に開けた地の中央に設置されたベッドを照らす。
「うっ!」
顔に陽の光が当てられ、眩しさに顔をしかめた黒は、片手でそれを遮り、うっすらと目を開いた。
「っっ!!」
覚醒直後、黒は直ぐにベッドから飛び退き、柔らかい草の上に着してすぐ、周囲の警戒に当たった。
黒は困惑していた。
自室で眠っていたはずなのに、目が覚めては大自然に囲まれているのだ。困惑するのは当然であった。
「ここ……どこの森だよ……?」
しかし、困惑よりも疑問の方が大きかった。高さ八十メートルを超える巨大な木々が生えた場所など、'時宗家'の持つ山に無いからだ。
黒は真上を見ると、木の葉の間から太陽が光を放っており、木漏れ日として自らに心地よい光を当てていた。
(……寝過ぎた?いや、そんな事はないはず。)
黒の感覚では三時間ピッタリの睡眠だった。しかし、太陽は真上に位置している。それ即ち、もう昼である事を示していた。
(体内時計が狂っていたとしても、昼まで寝通すなんて有り得ない……。婆ちゃんが起こしに来るはずだし……。)
色々と思考した結果、黒の頭には一つの答えが導き出された。
「……睡眠薬か。クソジジイやりやがったな?」
黒の推理はこうである。
狂乱爺が、疲れ果てて眠っている孫に睡眠薬を投与。ベッドごと攫って森の中に放置する。いつもならば寝袋に巻いて放置なのが、今回はベッドごと。そこに疑問を抱いた黒であるが。
(爺ちゃんならやりかねない。)
黒の顔がくしゃっと歪むのも無理は無い。なんせ相手はあの'狂乱爺'である。
人が日常的に使うトイレやら風呂やらに罠を仕掛け、黒が察して回避する事も予測して、二手三手まで仕掛ける。それに掛かってしまえばヒャッヒャと笑い喜び、罠にかかった黒の前で踊り狂う……それが狂乱爺の生態だ。
(思い出せば腹立って来たな。出て来たら殴ろ。)
そう決心した黒であるが、肝心の
「爺ちゃぁぁぁん!?」
発された黒の声は、ケー!ケー!と鳴く鳥の声や、ざわざわと僅かな風に揺らされた木の葉が擦れる音らに吸い込まれて、なかったことにされてしまう。
「俺起きたぞ!?なぁって!!」
などと何処に居るかも分からない翁を警戒しながら話しかけるも、返って来るのは「キョロロ!!」と言った、聞いた事のない動物の鳴き声くらいである。
(……?……何か企んでるのか?)
返事のない翁。怪訝に思った黒は再び推理に入った。
いつもならば、眠った黒の近くに罠を設置し、寝起きと同時に罠が作動、そこからドミノ式に次々と罠が作動し黒に襲いかかり、罠にかかるまでがワンセットのはずだった。
しかし、今回は何から何まで違っていた。
鬱蒼とした森は、草木に遮られて奥まで見えないし、自分の居る付近だけ不自然に円形に開けてるし、天然芝生だし、中央にベッドあるし。
(違和感のオンパレードだな。)
自分で思ってクスッと笑い「くくっ!」とつぼり始める黒。しかし笑いも一分とせずに止まり、「はぁ……。」とため息を吐いた黒は、ベッドに腰掛ける。
「……どうでもいい。婆ちゃんとの修練をサボったらどうなるか……。爺ちゃんも知ってるくせに。意地悪だな。」
たまにこういう事はある。狂乱爺が天災婆との取り決めを破って、簡単に見つからない森の中に黒を攫う事が。しかし、黒が心配しているのはそこではなかった。
「はぁ……。爺ちゃんが反省しないから、流れ弾が俺に当たんだよ。」
怒った天災婆の連撃たるや。
木刀が五本折れるだけならまだいい方だ。最悪黒自身の骨がポッキリ折られる。激情態の天災婆には近づかない事が、門下生含め時宗家の鉄則である。
「……。はぁ……。そもそも、指導する側が目的も与えず放置するってありえないだろ。」
バフッと寝転がった黒は、祖父が出て来るのを待つ事にし、つかの間の休息を懐かしく感じていた。
(爺ちゃんからも、婆ちゃんからも解放された時間って久しぶりだな……。)
訳があったとはいえ、修練ばかりの人生を送ってきた。睡眠時間は夜の三時間だけ。高校生の頃は学校に行っている間に休む事が出来たが、学校卒業後はまさに地獄。
朝早くから昼まで武術。昼から夕にかけて山にこもり、夕から夜八時まで武術。そこから深夜三時まで森に……。
(てか、なんで過労死しないんだ?俺。)
間に休憩時間は挟まれているものの、普通に過労死する者の一日である。
「ははっ。病院にもしょっちゅう通うし、異常に退院早いし、ワンチャン体にヤバい薬投与されててもおかしくないな。」
そう思った黒は自らの手を見る。
傷だらけで無事な箇所を探すだけでも大変な手。常人なら「痛くないの?」と眉をひそめながら聞いてくる位の代物。
「まさかな。」
ぐっと手を握った黒は、バタッとベッドの上に手を落とし、木々の葉の隙間から覗く太陽を見ては、狂乱爺が現れるまでの時間を退屈に感じ、そっと目を閉じて十秒後。
「遅い!!」
カッ!と見開かれる目と同時に、静かな森に黒の叫び声が響き渡る。ピピッと鳥が飛び立ち、ガサッと茂みの向こうから音がするも、やはり狂乱爺は居ない。
普段のこの時間は天災婆と木刀が折れるまで打ち合ってるか、狂乱爺と山まで競走しているか。どちらにしろ、いつもと違う過ごし方は落ち着かない。
「そもそも、爺ちゃんが近くに罠を仕掛けないはずがないし、困惑している俺を見て笑わない訳がない。思い返してみろ。俺。あのヘラヘラした爺ちゃんだぞ!?」
つまりは……。
「居ない?」
ピタリと固まる黒の体。祖父譲りか、嫌な予感がよく当たる黒はゆっくりと体を起こし、首を振るう。
「いや。まさかな。」
黒は自らに言い聞かせるも、不安故に頬に冷や汗が伝い、どこに居るかも分からない狂乱爺に向けて口を開く。
「爺ちゃん?良いのか?俺後継がないぞ?」
引き抜くは諸刃の剣。これを言えば祖父母の顔が青ざめるか、修練がよりハードなものとなるか。しかし、これを言えば確実に祖父母は反応する為、周囲に居るかを確認できるのだが。
(物音が一つもしない……?)
目を瞑り、周囲に耳をすませている黒は、自然音しかしない事に青ざめ、物音どころか、人の気配すら感じられない事に頬が引きつってしまう。
(……。……。……。マジだ……。いや、きっと樹上に隠れて居るに違いない。)
黒の頭に浮かぶは、唇を噛み締めて出ようとする思いを必死に我慢している祖父の姿。しかし、ここで気になるのは、普段ヘラヘラしている祖父が折れて出てこないという事……であれば。
(抑え役として近くに婆ちゃんも居るな?)
「はっ!魂胆は見え見えだ!どうせどこかから見てるんだろ!?」
物音はしない。
「ご苦労な事だ!どうせ最後には俺が継ぐとでも思ってるんだろ!?いいか!?出てこねぇと継がねぇぞ!?絶対に!!」
気配は感じられない。
「は……はは!な、なぁって!」
もはや居てくれと言わんばかりに黒は空へ向かって叫ぶ。しかし、返って来るのは「キョロッ!」と鳴く動物の声くらい。
居るのか居ないのか、どちらにしろ、声を大にして叫んでいるのが滑稽に思えて来た黒は、目がうるっとしかけたが何かを思い出し、ハッとする。
(そう言えば……。)
その時。黒の頭を過ぎるのは、いつの日か、祖父と森に潜った時の事。
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「後継者となる者にはの、本当に器かどうか見定める試練が突然訪れるからの。黒。気をつけるんじゃぞ……。」
真剣に注意を促す祖父。
それは当然であった。祖父は祖母の様に根っから'時宗家'に染まっていない。そのしきたりすら何度も破って来た男だった。
自らの息子が、自分が受けたのと同じ試練を受けると考えれば、心配してしまう。
(妖怪や化け物の類だと思ってたが……爺ちゃんにも心配する心が……。)
謎の感動で胸をいっぱいにした幼き黒は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「爺ちゃ」
「あ!これ言っちゃ行けんのじゃった!婆さんに知られたら怒られるのぉ!」
「なっ!?てめっ!なんて爆弾持たせやがる!!」
「ふぉっふぉっふぉっ!」
「あっははは〜。俺の体にアザが増える〜。」
笑う祖父。涙を流す幼き黒。
パチパチと焚き火は心地よい音を奏でて、辺りに暖かい光を発する。
---
(そんな話を聞いた気がする。)
頭の中から過去の情報をひねり出した黒は、確信に至らないものの、「そんな気がする。」の領域まで思い出した。
「……。これがその試練……なのか?」
ざわざわと木々が揺れ、葉が擦れては異様な程静かになった森。自然と、ごくりと固唾を飲み込む黒の体は強ばり、嫌な緊張が手を震わせてしまう。
「爺ちゃん!?婆ちゃん!?」
叫ぶも当然。返事はない。
「……マジか……。」
サァァ……と血の気が引いて行き、そのような言葉がこぼれ出てしまう。
黒は祖父母の気配を感じれない為に、酷い焦燥感に襲われていた。
今まで似た様な事があっても、必ず祖父か祖母が近くに居ると言う確信があった。故に何があっても平静で居られたが、少し胸の当たりがザワザワとしていた。
「……。マジか……。」
キョロキョロと謎の声が響く中。黒は目を細めては、真上の太陽を睨みつけた。
「嫌な……予感がするな。」
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