第8話 紫色の光

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「……ぅ……うぅ。」


 ミコが目を覚ますと紫色の魔法陣は消えおり、真っ暗な空間の中に、ミコはポツンと一人倒れて居た。


「生き……てる……?」


 引き裂かれるような痛みが嘘のように、折れた骨が嘘のように、まるで何も無かったかのように、体に異常は無かった。それなのにミコは少しだけ落ち込む。ガッカリする。


「生きてる……のか……。」


 まるで死にたかったと言わんばかりの発言。

 それも当然なのかもしれない。身に余る苦痛を受け続け、気絶までしたのだ。今まで通りに生きれる者の方が異常だろう。故に。ミコの内では様々な感情が入り混じり、複雑なものとなっていた。


「……生きてたってどうせ」


 そこまで言ってミコはため息を吐く。思い出したのだ。自分が苦しみの道を選んだのだと。そこから先を言ってしまえば、自分はこれから先に起こる事全て、苦しみとしか受け取れなくなると察したのだ。


(……あれ?……なんだろう?)


 嫌な事を考えていたミコは、わずかにであるが自らの身に起きた変化を感じ取った。


(なんか……今ならば何でも出来るような……お腹の底から温かい何かが湧き出る感覚……不思議な自信。)


 ミコは両手を握ると、心なしかいつもより握る力が強い気がした。


「夢?」


 首を傾げたミコ。'死'を感じ取る程の痛みをその身に受けたというのに、体は何もない至って健康な状況が腑に落ちるはずもなく。


「……はぁ。まただ。また分からない。」


 少し思考を巡らせたが、当然何も分からず、ストレスにならないようため息を吐いたミコは、また理解を諦める。


(……とはいえ、今度こそ終わりだろうし、早くここから出よう。なんか血生臭い……し?)


 ミコが起き上がろうとした時、床に付けた手がヌルッと滑り、ビチャッと音を立てて倒れた。謎の液体が口に入り、不快感にミコの顔は歪んでしまうが、その液体の味である程度察してしまった。


(夢なんかじゃない……。あれは……。)


 ミコが灯りを求めた時、宙に顕れるは暗闇を照らし出す光の球体。その球体が照らす十メートル範囲は……真っ赤であった。


(現実……。)


 床一面を真っ赤に染め上げる大量の血は、ミコを中心に幾重にも弧を描いて地面に付着していた。嫌な鉄の異臭が拒んでもミコの鼻に突き刺さってくる中、ミコは困惑するでも、恐怖し泣く訳でもなく、ただ目を細めた。


「……気持ち悪い。」


 ボソリと呟きながら立ち上がったミコが、周囲を見たいと望むと、光る球体はその意思に呼応して部屋中を回る。


(うわ……。)


 玉座の間ですら小さな箱だと思えてしまう程広大な空間。もはや部屋と言うより、地下に作られた貯水施設と言った方がしっくり来る程。

 何本もの血に濡れた巨大な柱が天井を支え、それ以外の物などない空間がずっと奥まで広がっているのだ。血がなければ酷く殺風景な空間である。


 ポタポタと天井から血の雫が落ち、ピチョンッと水音が広大な空間に響く中、ミコはその光景に圧倒され、中央にてポツンと立っていた。


「異世界って……こんな驚きの連続なの……?」


 ミコは引いていた。今、自らの身に起きている事実を理解する事すら困難だと言うのに、至る所が血に濡れた広大な空間を見せられて、まともな思考が出来るはずがなかった。


(こんなに大量の血が本当に私から?なんでこんなに広いの?そもそも、あの光る球はなに?何で私の意思に従って動くの?)


 ぐるぐると回り続ける疑問。その時であった。光球が照らす範囲外で、紫色の光がポウッと灯った。


「ひっ!!」


 刹那の内に先程の地獄の様な記憶がミコの頭を過ぎり、恐怖故に驚き逃げようとするミコであるが、血に足を取られ、バチャッ!と音を立てて転んでしまう。


「もぅ嫌だ!!」


 目を閉じ頭を抱えて丸まったミコの頭には、紫色が危険なものとして刻まれていたのだ。

 ふるふると震えるミコの体。どれだけの間そうしていたのか、やがてミコは何も起きない事に疑念を抱き、ゆっくりと顔を上げた。


「ひっっ!!」


 ミコが顔を上げると紫色の光が目の前にあった。バチャバチャと音を立て後ろへ下がるミコであるが、ドンッと柱にぶつかってしまう。


「っっ!!」


 下がれないと理解したミコは遅れながらもようやく気づいた。


「狭く……なってる……?」


 血に濡れた巨大な柱が何十本とあった広大な空間が、たった四本だけの、玉座の間よりも狭い空間に変わっていた。


「……もぅ……なんなんだよ……。」


 ボソリと呟かれたミコの愚痴。

 先程から振り回されてばかりであった。訳の分からない事ばかりであった。だからこそ、自分を惑わす紫色の光を睨みつけるも、直ぐに目を丸くしてしまう。


「石版……?」


 紫色の光を発する床からの突起物。それは文字の刻まれた石版であった。


 ---


 名


 --山寺ミコ


 称号


 --誇り高き竜人の血 ーー孤高の魔法使い

 --弱き者の救世主 ーー騒ぎ立てる獣の血


 スキル

 

 '浄化'


 あらゆる不浄を浄化できる。

 仕様限度。5

 使用不可。0

 効果範囲。全方位5m


 '光の剣'


 闇を両断する無二の剣。

 使用限度。1時間


 '魂の可視化・実体化'


 魂を可視化する。魂を生前の姿に戻す。

 可視化可能時間。1時間

 実体化可能時間。10分


 '光属強化・魔殺し'


 光属魔法の効率化。魔に属する者への攻撃が倍増。

 使用限度。無し。

 光属性強化。2倍

 魔殺し。2倍


 '光の兵士'


 浄化させた魂の数×三の量の兵士を召喚。

 使用限度。一時間

 兵士総数。0


 ---


(……スキル。転移者に与えられる力……。それがこれ?私はこの世界でも聖職的な何かにならなきゃ行けないのか……?)


 石版の文字を読み、全てを記憶したミコは、不機嫌そうに目を細めて石版を睨んだ。

 静かな怒りを胸に抱いていたのだ。神という存在が居たとして、その神が自分に激痛を味合わせてやろうと考えてたとして、与えられたスキルは聖職者と言えるもの。皮肉にしては少々スパイスが聞きすぎていた。


「……。はぁ。仕方ない……。」


(どんな力にしろ無力よりかはマシだ。使えないと判断されるより……断然。)


 真上にて光を放つ球体。ミコは顔を上げ、手で光を遮りながらも球体を見た。


(これが魔法だとした場合……出したのは私?'孤高の魔法使い'が関係しているのか?)


 光る球体を見るミコはすぐにハッとして、紫色の石版を見つめる。


「……同じだ……。魔法陣の数と……。」


 蒼、青緑、緑、金が四つ。白が五つ。称号の数とスキルの数が同数であるため、体に入った魔法陣はこの為だったのだろうと理解した。


(つまり……許容量を超えた力が私の体に入り、紫色の魔法陣が壊れない様にしていたという事?だからお腹の底から力が湧くような感覚が……?)


「……。……早くコルトの所に行こう。」


 振り返るミコはその先を考えるのをやめた。魔に属する者の討伐。それはこの世界の'住民'の求めている事。では、'この力を与えた者'は何を求めているのか。そしてミコはその先を考えるのが怖かった。


(大丈夫。きっと魔物に抗える力をくれただけだ。それ以上もそれ以下もない。)


「……と。その前に、この血まみれの空間を何とかしないと。」


 ミコはピタリと止まり、ポツリと呟く。

 

「'浄化'」


 口にするは手に入れたばかりのスキル。あらゆる不浄を浄化するそれは、ミコを中心に十メートル範囲を浄化、元の綺麗な床が顔を覗かせる。


(……うん。綺麗になってる。)


 満足そうにこくりと頷くミコ。しかし'浄化'はそれだけでは終わらなかった。淡白く優しい光がミコを包めば、服の汚れに体のけがれを落として行く。


「……ぅわ……!これは凄い。」


 思わずミコは感嘆のため息が出てしまう。


(胸が軽くなった……。不浄には心の穢れも入っていると見て間違いないな。)


 そう考えるミコの口角は少し上がっていた。それ程'浄化'のもたらす光は心地良いものだった。


(寺の掃除中。落ちない汚れにどれだけストレスを抱いた事か。地球でこの'浄化'があれば一体どんなに楽であった事か。)


 そこまで考えたミコはハッとして、はぁ……とため息を吐く。


(隙あらば嫌な思い出が頭を過ぎる。あれとの生活など忘れてしまえ。)


 不機嫌そうに眉を寄せるミコは、心の内で切り替え、何でも綺麗にしてしまう'浄化'を二回、三回、四回と使って部屋にある血を全て消し去った。その頃には、先程までの血生臭さは完全に消えていた。


(これで四回目。少し使いすぎたか?)


 部屋の中央。綺麗になった部屋に満足した様子で頷くミコは、ふと、床にある引っ掻き傷に気が付いた。


「……傷?」


(結構古いようだし……他の英雄が付与の儀式を受ける際に付けたものかな?)


 床に付けられた傷跡は荒々しく、尋常ではない痛みに耐えていたと見受けられた。


(あれ程の痛みだすごく共感出来る。……あれ、なんだろう……。過去の英雄さん達となら仲良くなれる気がする。)


 などと考えるミコであるが、すぐに首を振るい、同じ痛みを体験した友達は果たして友達と呼べるのか?と自分で自分に呆れてしまったのだ。


(早く行こう。ここに長居したくない。)


 そう思いながらミコが歩き始めると、やはり光る球体はミコの意思に従って前方を照らし、扉までの道のりを照らす。



 --黙れ!!フザ……けルな……!コンな…コンナ所デ……死ネルカァァァ!!!



 突然の事であった。キイィィン!とミコの脳内に響くは苦しそうな男性の叫び声。


「何っっ!?」


 入口に向かい歩き始めていたミコは、直ぐに振り返るも何もなく。突然起きる事に対して過敏になっている今、それはミコの精神を乱すには十分すぎるものであった。


(……怖い。)


 途端に怖くなったミコは足早に扉へ向かった。

 光る球体の照らす範囲外は真っ暗で恐ろしさをミコに抱かせる。扉まで来たミコが顧みれば、真っ暗闇が広がる中で、石版の放つ紫色の光だけが異様に光っていた。


(さっきの叫び声は何なのか……。もしかすると、儀式を受けた先代の誰かの声かもしれない。)


 そこまで考えてミコは首を振るう。


(いや、私には関係ない事だ。)


 そのように割り切るミコは、自らを落ち着かせるために大きく息を吸えばそれを吐き出した。トクッ……トクッ……と再び元の脈拍へと戻れば、ドアノブを握り、ゆっくりと押した。


 ミコが部屋から出ようとする中、紫色の石版の文字がゆっくりと消されていく。


 --好きに楽しむといい。


 次いで削り出される文字も直ぐに消えてしまい、やがて石版の放つ紫色の光は消え、石版自体も消えてしまう。

 

 ガチャ……とミコが退出し閉じられる扉。後には、静かな闇だけが残された。


 --

 -


(終わったのだろうか……?)


 扉の脇にて待機しているコルトは、ミコを心配しソワソワとしていた。

 ミコの聞くに堪えない叫び声がピタリと止んでからかなりの時間が経っていた。ミコが入室した時は登っていた日も今では沈み、空は赤く染まっている。


(扉を開けるべきか……?いや、終わっていなかった場合ヤマデラ様が。じゃあ内から開くのを待つべきか……?いつ出るか分かったものじゃない。)


 ソワソワするコルト。

 その様子は傍から見れば、孫が一人で遊びに来ると聞き、心配で迎えに行くか否かで気が気じゃないおじいちゃんであった。


(……。)


 そんなおじいちゃんは、ふと、自分に対して疑問を抱く。


(なぜ私はこんなにも心配している?英雄だから?他の英雄はここまで不安にならなかった。幼いから?幼さで言えば二代目の精霊様も外見は幼い。脆弱そうだったから?……これもしっくり来ない。)


 色々と考えるコルトであったが、やはり答えは出なかった。


 コルトはそんな自分を嫌う。

 いつもそうだった。大まかな疑問は突き詰めれば分からなくなってしまう。あと少しで分かりそう。そんな所まで行けても結局は分からず終い。今回も同じであった。


(私も……お前の様に自分の考えに自信が持てたのなら……何かが変わっていたのだろうか……?)


 沈み行く夕日を眺め、物思いふけるコルト。

 その時、ガチャッ……と背後から音が鳴り、ギギィ……と扉が開かれようとする。先程まで思い悩んでいた事など頭の外に追いやってしまったコルトは、扉の奥から生還したミコへ直ぐに尋(たず)ねた。


「ご無事ですか!?」


 コルトの心配そうな声聞いては目を丸くしてしまうミコ。コルトの顔からはもはや会った時の様な厳格さなど消え、ただの優しそうな近所のおじいさんであった。


(……普段からこうしてれば良いのに……。)


 等と、ミコが返答せずに関係のない事を考えた為、コルトは勘違いをしてしまう。


「まさか!喋れなくなったのですか……!?」


 わたわたと手を動かし、動揺を露わにしているコルト。ミコはあまりの変化球に驚くも、落ち着いて返事をする。


「問題ありません。力を得る際にかなりの痛みが伴いましたが、無事に終わりました。今は……力があふれてくるんです。」


 ぎゅっと手を握るミコ。その様子を見たコルトは一度、目をつむる。


('観察眼')


 開かれたコルトの目には、ミコの内側が見えていた。

 ミコの見た目は今朝と何ら変わりはなかった。幼くも脆弱そうな体に、過去を気にしながらも未来に期待している様な、何とも言えない静かな瞳。


 しかし、その内側を者を吸い込んでしまいそうな程強大な光となっていた。


(ありえない……。ここまで変わるのか……!?たかだか数時間で……!?)


 見開かれるコルトの瞳。

 更に目を凝らすと、その強大な光はまるで生き物のように忙しく動き回り、自らの出番を待ちわびているかのようだった。


(なんという未熟で不安定な力……。)


 コルトは圧倒されていた。

 感情の機微だけで爆発してしまいそうな、努力やら才能やらでは到達する所か、近付く事すら出来ない。一見優しい雰囲気に見えるも、酷く危険な雰囲気のそれに。


 驚き故に思わず息を飲んで、その異質な光の深淵に迫ろうとするコルトであるが、底が見えることはなかった。そうして、コルトは確信する。




 '五代目バケモノ'が誕生したと……。




(少し怖い……。)


 ミコは目を見開いて睨めつけてくるコルトを見て、歌舞伎役者が脳内を過ぎるも、怖い事に変わりはなかった。


「ぁ……あの?いかがなさいました?」


「っっ!!いえ、ヤマデラ様の疲労度合いに驚いていただけです。かなりお疲れの様子ですね。本日は早めの就寝と致しましょう。うん。そう致しましょう!」


 コルトは瞬時に切り替え、ミコを厳重に護り、身を休めてもらうことにした。ミコに休息の場を設けなければ、未熟で不安定な力が暴走しかねないと判断したのだ。


(我が君への報告は後で……いや、明日?いやいやこの後すぐ?……あぁ、面倒くさい。その辺の兵士にでも……血迷うなコルト、それだけはダメだ。あぁ……どうしよう……。)


「ささっ。お部屋までご案内致します。」


 外面と内面の格差が酷いコルトは、荒れる自らの内面を鎮め、振り返りミコの部屋に向かおうとするも一度止まる。背後から付いてくる様な足音……気配が無かったのだ。


(ヤマデラ様は、私の後を着いてきていない。)


 コルトは神妙な面持ちで懐剣へと手を伸ばした。


(あれ程まで苦痛に叫んでいたのだ。ヤマデラ様の性格が変わってもおかしくない。)


 ゴクリと固唾を飲み込むコルトは、自らへ問いかける。


(ではどの様な性格へと変わってしまうのか?)


 それもある程度理解出来ていた。故に、懐剣の柄を握った。


(突如として膨大な力を手に入れた者が暴走しない保証はない。)


 ドドッ!ドドッ!と心臓が破裂するのではないか、そう思えてしまう程、背後から感じ取れる雰囲気は恐ろしく思えた。


(落ち着け……。相手は戦闘経験のない幼子。最悪……私の命と引き換えとなったとしてもここで仕留めるのが……最善。)


 まさか、コルトに襲われようとしているとは考えてすらいないミコは、少し離れたところで止まるコルトの背中を見ていた。


(確かに……コルトの言う通り疲れた。でも、それ以上に、私にはやり残した事がある。ただ、それが正しいのかどうか、自信が持てないだけ。)


 ミコは葛藤していた。

 果たしてそれが本当に正しいのか。考えても考えてもそれは自己満足。成功出来るかも分からないし、コルトの為になるのかも分からない。


(それでも……。少なくともコルトは願っているはずだ。)


 ぎゅっと唇を噛み締めるミコは、思うように声が出せなかった。不安が胸の内を占領し、安易な願いを口に出来るはずがなかった。


「ヤマデラ様。いかがなさいました?やはり……体のどこかにお怪我でも?」


 コルトは様子のおかしいミコを後目で見ていた。

 ドドッ……!ドドッ……!とうるさく鼓動するコルトの心臓。それが更に緊迫感を生み出し、答えを得る前に行動するか、得た後に行動するか、またも葛藤をし始めた。


(あと五つ数えて返答がなかった場合、やむを得ない。先手を取ろう。)


 その様に結論づけたコルトは、ゴクリと固唾を飲み込む。


(五……。)


 カタカタと懐剣を握る手が震える。

 五百年と生きているのだ。人を殺した事は当然ある。しかし、コルトは胸の奥底でミコを重ねてしまっているのだ。魔入り死んだ自らの旧友と。


(四……。)


 ミコは不安故にカタカタと手が震えていた。


(怖い……。誰かの為に自分から動こうとする事が……。たったそれだけの行動が……難しい……。)


 言われた事はこなして来たミコ。しかし、誰かの事を思って行動した事は少なかった。その少ない経験でさえ、失敗した後、母からこっぴどく叱られるのだから、八の歳を迎える頃には、自発的な行動は控えていた。


(三……。)


(でも……ここは地球じゃない。私は変わらなきゃ行けない……!)


 不安に歪むミコの顔。開いた口からは声が出ず、母が足に付けた枷に引きづられていた。


(二……。)


 コルトは懐剣を握る手に力を込めた。

 葛藤し不安に揺れるその目は、やがて。人を殺める者の鋭い目付きに変わって行く。


(一……。)


 コルトが右足を後ろに引き初めた時。


(私はもう……人形じゃない……!)


 ミコは決心する。


(ぜ……)

「コルトさん。お願いが……。」


 ピタリと止まったコルト。

 現在、振り返り懐剣を即座に振れる様な体勢になった所で、話しかけられ止まってしまったコルト。その様子は、酷く不自然なポージングを決めているオールバックおじちゃんであった。


「……。あの……コルト……さん?」


 ミコは困惑していた。やっとの思いで決心して、一歩前へ踏み出したというのに、思わぬコルトのポージングに思考を乱され、三秒ほど硬直を余儀なくされたのだ。ミコは困惑から立て直そうと、何とか動揺を隠しながらコルトへ聞いた。


「その体勢は……一体……。」


 静寂が長い廊下に訪れる。

 左胸の内ポケットに右手を突っ込んだままのコルトは、懐剣を握る力を抜き、流れるような動作で背筋を正す。


「何の事ですかな?」


 コルトは白を切る。その頬を冷や汗が伝い、バックンバックン鳴る心臓がコルトの体温を上げ、恥ずかしさ故に僅かに耳を赤く染める。


「いえ……その、少しばかり気になる体勢になってたような気がしたのですが……。」


「……ふむ。ヤマデラ様。お願いをお聞き致しましょう。さて、一体何のお願いを?」


 ミコは至って真剣な様子のコルトを見て、自分の目に異常があるのでは?と思い、目をゴシゴシと擦る。


「いかがなさいましたかな?」


「……。いえ、多分気のせいです。健康面に問題はないので、どうかお気にならずに。」


「かしこまりました。して、'お願い'……とは?」


「それは……。」

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欲にまみれた世界へようこそ。〜山寺ミコの物語〜 ゆ。 @yuluyulu

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