第4話 さあ!パーティーだ!
小屋に戻ると、リネーアは普段着から質の良い服に着替えを済ませ、テーブルを整えていた。特別な日のテーブルクロスに、たくさんのお菓子を並べた皿。カゴにはお土産に持たせる焼き菓子。暖炉にハーブをくべたのか、部屋には優しい香りが漂っていた。
「ああ、二人ともありがとう、この日が終わったら、リンゴのジャムを沢山作るのが毎年の仕事でね。収穫を手伝ってくれる人を頼まなくて済んだよ。2人とも、今夜はここに泊まって行って。テュコは悪いけど、また納屋に寝てもらわないと行けないけど、マルタは私のベッドを貸すから」
「はい」
マルタは頷いた。
***
やがて、辺りは夜の闇に沈んだ。森の入口から、ポツポツと、かぼちゃで作った灯篭を置いて、子供たちの足元を照らすように用意してある。ゆらゆらと木立の影が揺れる様は、ドキドキと窓から三人が外を眺めていると、その向こうの方から、ゆらゆらと灯篭に照らされた影が揺れて見えた。やがて、ガヤガヤと声がして、10人ほどの子供達がやって来るのが見えたので、三人で顔を見合わせて微笑んだリネーアは、そっと窓の鎧戸をしめる。
戸を閉めた状態で子供たちを待っていると、外で楽しそうな、ヒソヒソと話し合う声がする。リネーアは嬉しそうに覗き穴から外を見て2人を振り返った。
「10人はいるね」
小さな声で言った。
テュコは眉を上げて、マルタは嬉しそうにリネーアを見つめた。
やがて、ノックがした。リネーアは2人をふりかえって何かを呟いた。聞こえなくて聞き返そうとすると、唇に一指婦指を当てて、静かにするように、と指示された。
「「「トリック オア トリート!!!」」」
「「「イタズラされたくなかったらお菓子をよこせ!!!」」」
可愛らしい声が辺りに響く。ドアを開けると、10になるかならないかの子供から、3つくらいの子供までが並んで見上げていた。
「まあまあ、可愛いお化けたちだ事。ではイタズラはゴメンだから、お菓子をあげようかね。どうだい?沢山歩いてきたから、お腹すいたろ?中に上がっておやつをどうぞ?」
リネーアが言うと、子供たちは被り物を外した。嬉しそうな、ぷくぷくした頬を紅潮させて。
「さあどうぞ?」
リネーアが小屋に招き入れると、小さなお化けたちは、お邪魔します!と口々に言って小屋へと入ってきた。そしてテュコとマルタを見ると、
「誰?」
リネーアを見上げて聞いた。
「お友達よ?」
リネーアが、テュコとマルタを見下ろした。あれ?とテュコは思った。リネーアはこんなに大きかっただろうか。
「リネーア、なんか大きくなった?」
マルタが訊ねた、その声が妙にあどけなくて、テュコはマルタを振り返った。
「ん?」
「え?」
マルタとテュコは驚いてお互いを見た。丸々とした頬、小さな手足。焦げ茶の柔らかそうな巻き髪は2人ともお揃いで…
「「ええーーーー!?」」
なんと、2人は子どもの姿になっていたのだ。驚きのあまり、お互いを見比べて、リネーアを見上げて、パクパクと口を開いたり閉じたり。
「ねえ!名前、なんて言うの?」
「こっちで一緒に食べよ!」
2人がびっくりしてるところに、子供たちは遠慮なく2人の手を引く。恐る恐るリネーアを見ると、微笑んで2人を見て、ウィンクした。
テュコがマルタを見ると、仕方ない、というように笑って、
「いただきます!」
と元気に菓子に手を伸ばした。マルタは元からどちらかと言うと物事にこだわらないタイプ、怖いもの知らずなところがある。妹の思い切りの良さに、テュコも目の前のパウンドケーキに手を伸ばす。そのケーキには、先日自分が配達した、ドライフルーツが入っていた。小さな頃からこのケーキが好きだった。母が亡くなってからは、そのケーキを食べることは無くなったのだけど。
とても懐かしい味がした。
「美味しいよ!リネーア」
子供のひとりが口に詰め込みすぎて胸をどんどんと叩く。苦笑いしながらリネーアが冷ましたお茶を渡してやると、ごくごくと飲んで、ふぅー、と言った。子供達から笑い声が上がる。
「沢山あるから落ち着いて食べなさい?」
リネーアは他の子供たちに飲み物を入れながら、微笑んでその様子を見ていた。
「あなた達も、狭いけど良かったらどうぞ?」
小屋の外に、内緒で付き添ってきた大人たちが数人いた。リネーアは天気のいい日にはそこで食事をとるテーブルに、焼き菓子の皿とチーズと葡萄酒を並べた。
「いいのかい?」
「こんな遠くまで付き添い、ご苦労さん。嬉しかったよ、子供たちが来てくれて」
「リネーア、このカボチャのパイ、何が入ってるんだい?レーズン?」
奥さんのひとりが聞くと、リネーアはそのレシピを教えてやっている。テュコはマルタかほかの子供と笑いながらクッキーをほおばっているのを見て、幸せな気持ちになった。
母が亡くなったのはマルタが6つの時だ。ハロウィンの時期にはよその家では焼き菓子を焼くが、母親のいなかった兄妹は、菓子を焼けなくて、いつも家々を回るグループに入れて貰えず、仲間外れにされていた。
ハロウィンに、こんなに嬉しそうなマルタの顔を見たのは初めてだった。そうだ、そんな顔をさせてやりたかったんだ。テュコは、外のテーブルのそばで、大人たちと談笑しているリネーアを見た。どうして今日、彼女は自分たち兄妹をここへ呼んだのか、何となくわかった。やはり彼女は魔女なんだ。テュコたちの過去も全部お見通しなのだろう。
「ねえ!リネーア!僕達、学校でダンスを習ったんだよ!?見ててね!」
少し大きい子供たち6人が、庭に駆け出してきて、輪になった。せーの、と息を合わせて、手を繋いで歌って、回りながら踊り出した。
「まあ!」
リネーアは破顔した。
「「「へい!へい!へい!」」」
子供たちは楽しそうにその場でステップをふむ。
「その踊り、知ってる!」
小さな姿のマルタは、テュコの手を引っ張って、その輪に入った。直ぐに周りの子を見ながら手拍子を合わせ、ステップをふむ。隣の女の子と笑いながら掛け声を合わせて、腕を組んでスキップした。テュコは気恥しい気持ちもあったが、今は小さな子どもの姿なのだ、笑っているリネーアをもっと喜ばせたい、と、思いきって踊りに加わった。次第に小さな子達も見よう見まねで加わってまた輪が大きくなる。再びみんなで手を繋いで輪を回す。
「「「へい!へい!へい!」」」
「リネーアも!!」
ロンがリネーアを連れにやって来て、リネーアは、にっと笑うと、隣にいた奥さんの手を掴んで巻き込んだ。
「ええ!?」
奥さんが戸惑いながらも、腰に手を当てて子供たちとステップを踏む。その顔に笑顔が浮かび始めた。リネーアも繋いだ手を上げながら輪をちぢめてまた後ろに下がる。ステップを踏んで回って手拍子が闇に響く。ぶどう酒に軽く酔ったおじさん達も加わって、みんなで手拍子を打ちながらスキップしたり肘をかけて回ったり。
いつの間にか輪から抜けたリネーアが中からギターを出してきて軽快な音を奏でる。
歌を歌いだした子供たちの、メロディに合わせてリネーアが演奏をアレンジして、さらに盛り上がりを見せる。やがて曲が終わると、みんなが大笑いして、大きな拍手が起こり、ダンスを締めくくった。
上がった息を整えながら、テュコは幸せな気持ちだった。同じように幸せそうな笑顔のリネーアと目があった。テュコは微笑んだ。彼女の髪が、その時、茶色く見えたのは、外の灯りのせいかもしれなかったが、テュコには、あの魔女がリネーアなのだと、どういう訳かその時ハッキリとわかった。
リネーアの子供たちを見守る、慈悲の眼差しには、寂しかった子供時代の兄妹をいたわる気持ちが溢れていた。そして、これから大人になっていく子供たちが、元気に幸せに大人になって欲しい、という、愛に満ちていた。
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