絡繰灯龍の本質

 なかなかに酷な内容を淡々と語る義兄の、夜が似合う青白い顔を、カヤは探るように見た。


「対処すべき本命は蛇の目の符術師ではなく、彼がいる山の澱み場ということですか」

「そうだけど……どうするつもり? あの澱み場には長い年月を経た怨念情念が深く深く巣くってる。どうして今まで表出してなかったのかが不思議でさ、下手につつくとこっちが絡め取られるよ。たぶん、縁もゆかりもない神気を大量に流し込んだところで、浄化できるようなものじゃない」


 一般的な澱み場の浄化方法を否定する義兄に、カヤはひとつうなずいた。


「それならそれで手を変えます」

「神気浄化以外の手って……おまえが憑けてるそれを使って、丸呑みするつもりじゃないよね?」


 カヤが答えずにいれば、義兄は焦ったように、だめだよ、と言った。


「何度も言ってるけどあの方法は、おまえに害がありすぎる。神気を流す浄化法なら澱みを押し流して散らすけど、おまえのそれは、澱みを丸呑みしてそのまんま、おまえが引き受けるだけじゃないか。それに、おまえに憑いてるあれは、人に頼みごとをされるのが大嫌いでしょう? おまえに対してだけはそうじゃないみたいだけど……妖なんて、何がきっかけで豹変するかわからないんだから。そんな二重の危険を冒すくらいなら――」


 ふいに、義兄の目つきが変わった。普段はおどおど揺れている瞳が細く鋭く引き絞られて、冴え冴えとした光を宿す。


「――絡繰灯龍からくりどうろうを、目覚めさせてけしかければいい。あれは澱み場の天敵だ。目覚めさせてさえやれば勝手に澱み場へ向かっていって、灰燼にして終わらせてくれる」


 絡繰灯龍、とカヤは口内でその名を繰り返した。


 ついぞ救援要請が来ることはなかったが、その噂は海を隔てたこの游宮ゆうみやまで届いていた。動く火の山、最悪の災厄。そう恐れられた炎の大妖は、しかし――、


「ほかならぬ蛇の目の符術師に退治されたはずでは?」

「死んでない。だいぶ弱って眠ってるけど、まだ生きてる」


 言い切った義兄を見つめれば、彼は小さく肩をすくめた。


「さっきの、都からの文を書いた人さ、絡繰灯龍の討伐隊に参加したことがあったみたいなんだよね。か細いけど、視てみたら縁を辿れた」


 カヤは呆れと感嘆の混じったため息をついた。――これが、この義兄がカヤより上の後継者候補である理由だ。


 まあそれはそれとして、とカヤは口を開く。


「絡繰灯龍が澱み場の天敵、とは。妖なのに、ですか?」

「あの手の存在はいろいろな側面を持つから。人の望みや認識を受けて変質もするしね。荒ぶる鬼神が加護を与える守り神になった例もある」

「変質?」

「あれはそもそも龍じゃないし、澱みを喰うたぐいの妖でもない。元は火の精霊だ。それが石の器を得て、寄り集まって長くなって、いつしかそれを人が龍と名付けたから、それらしい見た目になっているだけ」


 カヤがじっと見つめているのをどう取ったのか、義兄がわたわたと手を動かした。


「話が逸れた、ごめん、だから――今回の澱み場に対しては、絡繰灯龍をけしかけて灰にしてもらうことをお勧めします……どうも絡繰灯龍も、元々そのつもりだったっぽいし……」

「ですが絡繰灯龍を解放しては、澱み場の問題が片づいても、今度はその絡繰灯龍を退治できる人材がおらずに結局都は困るのでは」

「絡繰灯龍は今回の澱み場を喰うために起きてきたみたいだから、目的を遂げたらねぐらに戻ると思うけど……ああでも現状、下手したら都が次の澱み場と見なされて襲われるか」


 でも、と義兄が首をかしげた。


「仮に絡繰灯龍がそのまま暴れ出したとして、おまえはどうにでも逃げてこられるよね」

「……まあ、おそらくは」

「だったらとりあえず今回はそれでいいんじゃない。依頼は、蛇の目の符術師を倒した時点で完遂でしょ。そのあとで絡繰灯龍がどうしようもなくなったらどうせまたうちに依頼が来るんだから。絡繰灯龍単体なら、うちの術師が束でかかればどうにでもなるよ。弱ってるし」


 あっさりと義兄がのたまう。カヤはひそかにため息をついた。


 この義兄が、千里どころか縁を辿って過去まで見通す力を持ちつつ、跡継ぎ「候補」に留まっているのは、慣れない他人を怖がるために外との折衝に向かないのもあるが、こういうところがあるからだ。彼にとって身内以外はどうでもいいし、身内とみなされる範囲はおそろしく狭い。


 まあそこについてはカヤも、どうこう言う気はないのだが。


「絡繰灯龍は、北の都の勢力圏の、どこかの沼地に眠ってるよ。たぶん都からそこまで離れた場所じゃないとは思うんだけど……ごめん、当の絡繰灯龍が今もまだ眠ってるから、それ以上の情報は辿れなかった」

「わかりました。心に留めておきます」

「うん。……カヤ」

「はい」


 座っていた寝台から立ち上がりつつ答えたカヤに、義兄はしばし言葉を選ぶようにためらってから、結局首を横に振った。


「……なんでもない」





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