朽葉色の導き
「あなたがカヤか」
まっすぐに視線を向けられて、思わず小さく息を呑んだ。だってこのときにはもうだれも、一番関わりの多い乳母でさえ、まともにカヤの顔を見ることはなくなっていた。
そしてとたんに、すうっと、まるで熱が引くように、身体から重さだるさが消えたのがわかった。少年の眼に吸い取られていったようだった。
「……術師、さま?」
都の
「私は
「ゆう、みや?」
「
その説明で、カヤにはわかってしまった。
「父上に頼まれて、いらしたのですね。……僕の、処分に」
少年の、切れ長の目がわずかに
「僕は……父上の、助けになるはずだったのに。そのために生まれたのに、こんなだったから。不気味で、鬼子で、妖憑きかもしれなくて……父上を、もっと困らせることしか、できなかったから」
本当は、助けたかった。望まれた通り、父の力になりたかった。初めて対面したときの、胸を
だけれどそれは叶わなかった。カヤはとうてい、役立つものになれなかった。どころかきっと、父を悩ますばかりだった。だからとうとう、見切られてしまったのだ。
膝の上に置いた手を、ぎゅっと固く握りしめた。対面にいる少年の、萌黄色の
「――あるいは」
低く、ひとりごちるように、少年がつぶやくのが聞こえた。
「
息を呑み、カヤは静かに、目を伏せた。
「……わかりました」
わかってしまうか、と、少年がつぶやいた。淡々としたその声はほんの少しの憐憫を含んで、小さな痛みが伝わってきた。だからカヤは顔を上げて、不格好にでも笑ってみせた。
そんなカヤをしばらくじっと見ていた少年が、唐突にまた、口を開いた。
「……異物とされる少数派が余人に認められるには、力を示す必要がある。暴力ではなく有用性を」
目の前のカヤを見ながらも、どこか遠くを見ているような瞳だった。
「
ぱちりと瞬いたカヤの前で、唯一あらわな少年の目が、試すように細められた。
「その先はあなたが決めることだ。己の性質とのつきあい方を覚え、知識と修練で武装して、術師となった者もいる。一方で、より良い自分の探求の果てに妖と化した者もいる。……当人が望むなら、後者もひとつの道だろう。もっともそれで退治依頼が舞い込んだ場合、游宮は躊躇なく退治に動くが」
どうする、と問うてくる目に、カヤは。
「……つれていって、ください」
そう、答えた。
「役に立つものになる方法を、教えてください」
――たとえもう決して、父の期待に
つねに凛と背筋を伸ばして、まっすぐ立っていられるだけの、心と身体がほしかった。
うずくまって嘆くだけの、無力な子どもから変わりたかった。
◇
游宮の長は世襲ではない。そもそも游宮で生まれる子どもより、拾われてくる子どものほうが圧倒的に多いので。
長と言っても、島外から持ち込まれる依頼の振り分け係程度のもので、そうありがたがるものでないとは、当の本人の談である。
事実、游宮において住まう者の間に明確な差はなく、望めばなんでも学ぶことができた。
少しだけ
「ぐずぐずうじうじしてんなよ。ここに来ることができた時点で、おれたちはそうとう恵まれてんだ」
その通りだと思った。游宮には、目を合わせるとのしかかってくるものも、しがみついてくるものもいなかったし――たまにいるけれど即座に
ある程度自分の身体を使いこなせるようになってくると、いわゆる武術にも手を出した。弓が相性が良いようだったけれど、もっと良いものもあるかもしれないと、槍も、剣も、ひととおり試した。游宮にはどの道の先達も揃っているのが、本当に、恵まれた環境だと思った。
けれどそうして強くなったとしても、胸の内にはいつだって、幼い自分がうずくまっていた。
だれが知らずともカヤだけは、自分がひどく汚いものに思えたことを覚えている。本質は、何一つ変わっていないことも知っている。
だからこそ、游宮に寄せられる妖退治の依頼は率先して受けにいった。最初のうちは長も、おまえにはまだ早いと問題にもしてくれなかったが、やがて複数で赴く依頼のうちの一人に入れてもらえるようになり、そんな数々の経験がたしかに身についた頃には、一人でも依頼を流してもらえるようになっていた。
――普段は化け物だ鬼子だと排斥しておいて、困ったらその化け物の力で助けてくれなんて都合がいいよね、と
カヤは。
(助けてほしいと言われるのなら、助けに行く)
だって助けを求められるということは、役に立つと思われているということだ。
助けてほしいとすがられるたび、自分に価値がついていく気がする。自分の中のぽっかり空いた空洞に、たしかなものが積もっていく気がする。
だから、依頼に
カヤには、助けてと伸ばされた手を振り払う選択はないのだ。
――(『とりのやかた』のおとどがしんだよ」)。
――(『はなのやかた』のおとどへの、うらみのあまりおんりょうになって、へびのめのふじゅつしに、たいじされてしまったってさ)。
――一番役に立ちたかった相手が、もうこの世にいなくても。
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