七 游宮の少年
都の嘆願
「――
ちちちち、と、どこかで鳥が鳴いている。
縁側の向こうに広がる中庭は、燦々と降る日差しを浴びた、
四隅を柱で区切っただけの開放的な座敷の中に、緑の息吹を多分に含んだ初夏の風が通っていく。風が揺らした
「さよう。我らで言うところの
見よ、とばかりに投げ出されたのは、蛇腹様の折り目がついた、一通の長い文だった。文末に紅く目立って見えたのは、北の都の
「……かの都が、たったひとりの術師を殺すため、躍起になっていたことを知っているか」
流麗ではあるものの、切羽詰まった心情の透ける筆跡を目で追うカヤの耳に、長の声がすべり込む。一瞬文から視線を上げて、カヤは長にうなずいた。
「ええ。蛇の目の
都人の心胆寒からしめた炎の大妖・
しかし絡繰灯龍亡きあと、彼の運命もまた暗転する。まず彼に恋着した姫君が、報われぬ想いのあまりに妖と化した。いみじくもその姫は、都の符術師たちの長にして最大の権力者であった花の
「
淡々とした長の言葉を聞きながら、カヤは再び文へと視線を落とす。そこにいわく。――都の空には魑魅魍魎が、地には瘴気が満ちている。人が屋敷に閉じこもり息を潜める一方で、妖悪鬼が大通りを我が物顔で
喘ぐような文の最後は、どうか
読み終えてカヤが顔を上げると、じっとこちらを見ていたらしい長の視線と目が合った。
「……哀れなものだろう。くだんの絡繰灯龍が猛威を振るっていたときにさえ、
文をきちんと畳み直して脇に置き、カヤは改めて長を見た。
「派遣依頼を受けるのですね」
「受ける」
「……いやあの、
この場にいる最後の一人――カヤから少し間を空けた左にずっと座ってはいたものの、これまでひたすら沈黙を保ち、息さえ潜めているふうだった青年が、ようやくぽつりと口を開いた。
「これ絶対めんどくさいやつですよ」
長が鼻で笑った。
「よくあることであろう。わざわざ海を越えて持ち込まれる妖退治の依頼が、面倒でなかったことなどそうないわ」
「いやまあそれはそうなんですけど、私今、あっちのほうへ意識向けたくないですもん。濃くて重たい情念が、どろっどろに絡み合ってる」
「遠く離れた都にまで瘴気が及ぶほどの澱み場が発生しているというのだから、さもあろうな。――なればこそ、依頼は受ける」
人形のように表情の変わらない長は、断固とした口調で言い切った。
「異端だ鬼子だ妖もどきだと、普段どれだけ忌み嫌われていようとも、我らはいざというときに頼れる存在でなければならない」
左の青年が軽く唇を噛んだのを、カヤは黙って横目で見やった。
「人間にとって有用な、強き者として。そうであればこそ游宮は、今の立場を維持してこられたのだから」
「……わかってる。わかってますけど、……ああ、いやだ怖いー! そっち方面敏感だって、怖いもんはやっぱり怖いー!」
ああああ、と頭を抱える義兄に、カヤは膝を向けた。
「ご安心を、
「えっ」
義兄が顔を上げる奥で、長がひとつうなずいた。こちらは最初からそのつもりだったらしい。
「カヤに任せる」
「かしこまりました。すぐに支度いたします」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って。助かるけど、嬉しいけど……いいの?」
カヤが無言で目を向ければ、義兄はためらうように視線をさまよわせたあと、畳を見てつぶやいた。
「……だっておまえ、あの都の生まれじゃないか」
「ご心配なく」
言い置いてカヤは立ち上がった。
「私は大丈夫です。――生まれ故郷に、たいした思いはありませんから」
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