第13話 アイリスの心配ごと

 タイジくんのキャンピングカーを降りると、日が暮れかけていた。

 今日は明るいうちに探索を終えたので、結構長い時間話し込んでいたようだ。


 マツ薬局でセイカと合流した俺は、異世界のウォーレン邸に〈帰還〉した。


「あっちの家じゃだめなのか?」

「いろいろあってな……。ちょっと大事な話があるから」


 タイジくんのキャンピングカーと違って、ウチはセキュリティが甘いからなぁ。

 家を空けることも多いし、知らないあいだに盗聴器なんかを仕掛けられているかもしれない。


「悪いな」

「いや、べつにいいよ」


 家が落ち着かないってのも嫌な感じだ。

 金はあるんだし、セキュリティ対策もしっかりと取るべきだろうけど、なにかと時間がかかりそうだ。


「なるほど。そういうことでしたら、ひとまずこちらをお渡ししておきましょうかな」


 俺のぼやきを聞いたトマスさんが、小箱のようなものを渡してくれた。


「これは?」

「防諜の魔道具ですな」


 なんでもこの箱を使えば、周囲数メートルに渡って〈遮音〉フィールドのようなものが展開されるうえ、その内側にある魔道具の動作を阻害するできるらしい。

 なんというか、さすが長年魔法や魔道具のある世界だけあって、そのあたりを利用した諜報および防諜が発達してるらしい。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 ありがたく頂戴しておく。

 これがあれば、自宅のリビングで心置きなく会話ができるな。


「なにごとかあったとは思いますが、とにかく食事にいたしましょうかな」


 しばらくこちらを空けると言っておきながら、すぐに帰ってきたわけだから、トマスさんもなにかあったと察してはいるのだろう。

 が、その前にとりあえずメシとなった。


 俺とセイカ、トマスさん、アイリス、そしてシャノアでの夕食が一段落ついたところで、俺は昨日今日のできごと――主にタイジくんの話を中心に――を話した。


「いきなり鵜川元大臣がでてくるとは、おどろきだぜ……」


 そりゃ驚くよな。


「なるほど、大臣ですか。それは大変ですな」


 かなり形態は異なるものの、共和制国家に身を置いているトマスさんは、大臣についてもなんとなく理解してくれた。


「冒険者ギルドに所属しないという選択肢はないのでしょうか?」


 俺の話を聞いたうえで、アイリスが尋ねてくる。


「それは無理だな。ダンジョンへの入場はギルドが管理しているから、企業戦士であっても冒険者登録は必須だよ」


 日本人にとっては言うまでもないことだったけど、アイリスは異世界人だからな。

 こちらの常識を前提に話をしたので、言葉足らずなところがあったのだろう。


「では、アラタさまが起業される、というのはどうでしょう?」

「自分で立ち上げた会社の企業戦士になるってことか?」

「はい。お話しにあったタイジという方の為人ひととなりを存じ上げませんので、やはり心配というか……」

「タツヨシとヤスタツの親族だからかな」

「そう、ですね」

「はは……」


 まぁ、しょうがないよな、こればっかりは。

 議員を辞めてなお、あのふたりがやらかしたことに対する責任を取れ、贖罪が不十分だ、という声は当分収まりそうにない。

 そう言いたくなる気持ちもわからんではないが、少なくとも俺は自分の手でケリをつけたおかげか、タイジくん本人に対して思うところはなかった。


 それはそれとして、アイリスの提案だか……。


「残念ながらそれも無理だ。企業戦士制度を使える企業になるためには、いろいろと厳しい条件があってね」


 そもそも国としてはダンジョン資源をすべて冒険者ギルド経由で管理したいと思っているわけで、企業戦士制度なんてのは苦肉の策でしかない。

 やめられるならやめたい、そんな制度なんだ。

 なのでいろいろと厳しい条件があるらしいのだが、その詳細は知らない。

 なにせ冒険者ギルド設立以降、新規に企業戦士制度の採用を認められた法人はゼロだからな。

 もちろん個人事業主なんてのは門前払いだ。


「現状でギルドと距離を置いて冒険者を続ける方法ってのは、どこかの企業戦士になるしかないかな」

「他の企業ではだめなのでしょうか?」

「俺の事情を知る人は、ひとりでも少ないほうがいいと思っているからなぁ。あと、正直に言うとタイジくんを敵に回したくない」


 ライバル企業に所属する、なんてことになったら、あの人は本気で俺を潰しにかかりそうだ。

 そうなった場合、俺は地球を捨てて異世界に本格移住するしかなくなってしまう。

 まぁ、その選択肢があるからこそ、あのタイジくんを相手にそれなりの対処ができるわけなんだけど、そこは本当に最終手段だからな。


「なるほど、わかりました」


 アイリスは微笑みつつも小さくため息を漏らした。

 どうやらある程度の理解は得られたようだ。


「あちらの事情について、私から言えることはあまりないでしょうな。ですが、なにかあった際はいつでも頼ってください」


 アイリスとの問答が一段落ついたところで、トマスさんがそう口にした。

 この人はなんやかんやで、きっちり理解してそうなんだよな。

 そのうえで、こうやって逃げ場を用意してくれるってんだから、ありがたいよ。

 

「お父さまの言うとおりです。いつでも頼ってくださいね」

「ありがとう、助かるよ」


 ほんと、異世界で最初に出会ったのがこの人たちでよかった。

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