第12話 企業戦士

 企業戦士ってのは前世紀末に流行った言葉で、企業のためにバリバリ働く会社員を指す言葉……だったかな。

 24時間戦えますか? なんて狂ったキャッチコピーが当たり前のように使われていた時代だ。

 まぁ当時は働いたぶんだけ報われていたそうだから、それでも成り立っていたんだろうけど。


 その後、長い不況に入った日本ではすっかり廃れてしまった名称だ。

 なにせ給料すらまともに支払われなくなったからな。

 最低限食っていける程度の報酬しかもらえないにもかかわらず企業のためにバリバリ働く会社員は、やがて社畜と呼ばれるようになった。

 なんとも世知辛い時代の流れだよな。


 そんな不況も、ダンジョンの発生によって終わりを迎える。

 発生当初は平成不況が天国に思えるほどの混乱ぶりだったが、ある程度落ち着いてみればそれなりに過ごしやすい時代にはなったと思う。

 少なくとも、がんばればそれなりに稼げるからな。

 底辺冒険者だった俺でさえ、シャノアにお金をかける余裕があったわけだし。

 仮にダンジョン発生がなく、シャノアが月100万円かかる病気になったとしたら、対処できていたかどうかは不明だ。

 当時の情勢で、俺がそれだけ稼げたとは到底考えられない。


 ならダンジョンが発生してよかったか、と言われると、すんなり肯定はできないけど。

 なにせ1日でシャノア以外の家族を失ったからな。

 10年経ってなんとか気持ちの整理はついた。

 それでも、ダンジョンが発生せず、平凡で平和な時代がずっと続いていれば……と考えない日はない。


「どうした、難しい顔をして」

「ああ、いえ」


 いかんいかん、懐かしい言葉を聞いて、つい考え事をしてしまった。


「企業戦士、ですか」

「ああ、そうだ」

 

 ダンジョンというのは資源の宝庫だ。

 現代日本の主なエネルギー源である魔石を始め、食料や木材、鉱物などあらゆる資源がある。


 となれば、そこに目をつける企業が現れるのは自然なことだろう。


 まだ冒険者ギルドができる前、個人で活躍する冒険者を抱え込んだり、あるいは自社に属する従業員をダンジョンへ送り込んだりする企業は、数多く存在した。

 

 やがて冒険者ギルドが設立され、ダンジョン探索が免許制になった。

 ダンジョンで得られる資源はギルドが一括管理し、各方面に分配される。

 そうなるはずだった。


 だがそれに多くの企業が反発した。

 それはそうだろう。

 べつにギルドを介さなくても、必要な資源が自前で得られるのだから。


 だが一部企業の無茶な指示のせいで、多くの冒険者――とは名ばかりの会社員も含む――が犠牲になり、それはそれで問題だった。


 そこで採用されたのが、企業戦士制度だ。


 ダンジョンへの入場許可はあくまで冒険者ギルドの制度に従い、たとえばランク不相応のダンジョンへ入った場合、本人および所属企業がペナルティを負う。

 ただし、ダンジョン内で得た魔石やアイテム、モンスターの死骸などの資源については、企業へ直接納品できるというものだ。

 企業側は得た資源に応じて税金を支払い、その一部がギルドへの補助金に回される。

 そんな仕組みだったよな、たしか。


 企業戦士ってのはいわゆるエリートだ。

 元は企業のバックアップを受けてダンジョンへ潜っていた人たちだし、近年は高ランク冒険者がスカウトされて企業戦士になることもある。

 どちらにせよ以前の俺には無縁なものだった。


「所属企業って、鵜川グループですよね?」

「もちろんだ」


 鵜川グループってのは、その名の通り鵜川家が経営している企業体のことだ。

 その経営は多岐に渡り、地元産業をほぼ牛耳っているといっていいだろう。

 ダンジョン発生後、さらに事業を拡大したようだが、その裏にはタイジくんがいたに違いない。

 ヤスタツにそれほどの手腕があるとは思えないし。


「親父があのザマだからな。議員辞職したのち、私が会長職に就いた」


 あのザマ、とはいうけど、各種ポーションや魔法を使えば、そう時間をかけずに回復できるはずだ。

 にもかかわらずヤスタツが退院したという情報はない。

 ということは、わざと回復させずにいるのか、回復していて軟禁状態にあるのかの、どちらかだろう。

 どちらにせよ意識が戻り次第、死体遺棄容疑での取り調べが始まるはずだから、そうなる前に追放したんだろうなぁ。


「うちの企業戦士になってくれたら、まず年俸で1億を保証しよう」

「1億、ですか」


 魅力的といえば魅力的だけど、それくらいは自力で稼げそうなんだよな。

 

「企業戦士になれば、ギルドへの納品は不要になるぞ?」

「む……」


 それは、ありがたいかも……。


「でも、企業には納品しなくちゃいけないでしょう?」

「そこは任意ということにしておこう」

「仮になにも納品しなければ?」

「別にそれでもかまわんよ。もちろんその場合も年俸の1億は支払うと言っておく」

「なるほど……」


 なにもしなくても、1億もらえるのか。

 鵜川グループの規模からすれば、1億なんて屁みたいなもんだろうけど、個人的にはやはり大きな額だ。


「納品してくれるのであればそれはそれでありがたい。モンスターの死骸にせよ、スキルオーブにせよ、な」


 タイジくんはそう言って、小さく口の端を上げる。

 いくつか納品したスキルオーブについても、出所を疑っているのかな。

 もしかすると、タイジくんだけじゃなくギルドにも目をつけられているのかもしれない。


「もちろん、納品物に関することは秘匿する。いわゆる企業秘密というやつだ」


 つまりダンジョンの深層で狩ったモンスターの死骸や、異世界で仕入れたスキルオーブを秘密裏に買い取ってくれるのか。

 しかも俺の都合で納品をしなくてもいい。

 たとえば野良モンスターは異世界のギルドへ持ち込む、みたいなことも自由なわけだ。


 俺としてはありがたい話だけど、タイジくんにメリットはあるのかな?


「ダンジョンが発生して、時代は大きな変化を迎えた」


 またもタイジくんがなにやら語り始めた。


「約10年でそれなりに落ち着いたが、だからといって時代の流れが止まったわけではない。むしろこれから加速すると、私は考えている」


 なんの話かよくわからないが、つい聴き入ってしまう。

 さすが元政治家、というところか。


「そんななか、高い能力を持つ冒険者の価値は、さらに高まるだろう」


 そこでタイジくんはしばらく俺を見つめたあと、ふたたび口を開く。

 

「古峯新太という冒険者の価値は、君自身が考えるより遙かに高い。そんな君と手を組めるというだけで、私にとっては大いなるメリットなのだよ」


 なるほど、タイジくん側のメリットは? という俺の疑問に対する答えだったか。

 ってか、またエスパー案件じゃん。


「というわけで企業戦士の件、前向きに考えてもらえると嬉しいのだが?」

「あー、はい。一度持ち帰って検討します」


 まずはセイカに相談しないとな。

 そう思ったら、車が停まった。


「マツ薬局でよかったかな?」

「はは……どうも」


 乾いた笑いが漏れる。

 ほんと、全部お見通しかよ。


「それじゃ」


 俺がそう言って腰を上げると、タイジくんも立ち上がろうとしたので、片手をあげて制した。

 偉い人の見送りとか、やめてほしいし。


「ああ、そうだ」


 ソファに座り直したタイジくんが、俺が踵をかえそうとした矢先に声を上げる。


「謝罪は必要か?」

「謝罪?」

「あのアホどもがやらかしたことに対する、だ」

「いえ、結構です」


 大昔の連座制じゃあるまいし。

 大の大人が自分の判断でやらかしたことに、家族は関係ないだろう。

 公的な立場ではそうも言っていられないだろうし、実際彼は家族の罪について謝罪したうえ、議員辞職というかたちで一応の社会的制裁は受けた。

 まぁ、辞職については彼自身願ったり叶ったりということらしいが。

 

 なんにせよ、ヤスタツとタツヨシの件で、俺個人がタイジくんから謝られる謂れはない。

 少なくとも、俺はそう考えている。


「ふふっ、君ならそう言うと思っていたよ」

「そうですか」


 価値観は意外と似通っているのかもな。

 頭の出来には天と地ほどの開きがあるけど。


「とはいえ、なんとかならなかったんですかね?」

「なんとか、とは?」

「あのアホどものことですよ。事前に暴走を抑えられていれば、と思うんですがね」


 そうすれば俺やセイカは迷惑を被ることもなかったし、タイジくんだって議員辞職せずに済んだはずだ。

 短い時間だが、話していてかなり有能な人だと思った。

 だからこそ、片手落ち感が否めないというか……。


「アホだアホだと思っていたが、あそこまでアホだとは思わなかったのだよ」


 タイジくんは心底疲れたようにそう言って、ため息をつく。


「だが愚かな親族に足を引っ張られる政治家というのは、よくある図だろう?」

「それは、まぁ」

「つまり、私もその程度の人間だと言うことだ」

「そういうもんですか」


 自分は政治家に向いていない。

 タイジくんは、心底そう思っているのかもしれないし、実際そうなのかもな。

 ま、政治家の資質がどうこうなんて話、俺には全然わからんのだけど。


「それじゃ、失礼します」

「ああ、いい返事を期待しているよ」


 聞くべきことは聞いた。

 あとはセイカと相談して、ゆっくり考えよう。

 

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