第10話 粗悪品

「まずはスキルのほうから話をしようか」


 タイジくんがソファにもたれ治しながら、語り始める。

 シャノアのことは気になるけど、それは後回しか……。

 

「冒険者か否かを問わず〈帰還〉を習得している者は、それこそ万単位いると思われる」


 おう、そんなにいるのか。

 まぁ便利なスキルだもんな。


「その中でダンジョンを越えられる者は、10名にも満たないのではないかな」


 少ないながらも、いるにはいるんだな。

 じゃあなんでギルドが調査をするんだ?


「ダンジョンを越える〈帰還〉の持ち主には共通点があり、それはふたつに分けられる。ひとつは〈空間魔法〉を習得していること」


 そういや俺も【時魔道士】レベルが上がったら〈帰還〉が強化されたと感じたんだよな。

 似たようなもんか。


「そしてもうひとつは、粗悪品でスキルを習得していること」

「へっ?」

「たしか君は〈空間魔法〉を持っていないから、後者だな」

 

 ちょっと待ってくれ、粗悪品ってなんだ?


「君はいったいどこでスキルオーブを買ったのかな?」

「えっと、近所のリサイクルショップで……」

「なるほど、時代だな」


 いまでこそスキルオーブの販売は、ギルドか国の許可を得た販売店でしか購入できない。

 当時の自衛隊ですら歯が立たなかったモンスターを倒せる、そんな能力が手に入るのだ。

 銃よりも遙かに危険なものあるわけだから、規制されるのは当たり前だろう。


 ただ、ダンジョン発生当時はいろいろ混乱していたので、そういう販売規制はなかった。

 リサイクルショップやディスカウントストア、ゲームショップなんかにもスキルオーブが並んでいた時期があったのだ。


「君が買ったのは、たしかベーシックパックだったかな」


 〈鑑定〉〈収納〉〈翻訳〉〈帰還〉の4つがセットになったものが、ベーシックパックと呼ばれている。

 理由はよくわからないが、当時はこれらが定番スキルとして重宝されていたのだ。

 ギアの登場で廃れてしまったけど。


「それに〈健康〉を加えた、ベーシックパックプラスってやつですね、俺が買ったのは」

「なるほど、〈健康〉も一緒だったか。なら、ショップオリジナルセットといったところかな」

「そうなんですかね」

「で、それはいくらで?」

「全部で1億ほど……」

「当時にしては随分安いな」

「それは……」


 ああ、そうだ。


「ワケありとかで……」


 たしか半額になっていたんだった。

 つまり、粗悪品ってのはそういうことか……!


「そのスキルオーブは、少し濁っていなかったか?」

「どう、でしょう……あまり覚えてないです」


 本当に、覚えていない。

 しかし濁っていたと聞いて、俺は嫌なものを思い出した。


「黒いオーブについてはもう知っているな」


 ダークオーブのこと切り出されて、俺は心臓が跳ねるのを自覚した。


「心配しなくていい。それはあの黒いオーブと似てはいるが別物だ」


 そんな俺の不安を見透かしたように、タイジくんがさらりと告げる。

 そのおかげか、俺は少しだけ安堵した。

 悔しいけど、彼の言葉には力がある。


「粗悪品というのは、スキルオーブを中途半端に改造しようとしたものだ」


 〈錬金術〉を得ただれかがスキルオーブの効果を高めようとするも、透明な球体が濁り始めたため慌ててとりやめた。

 大抵の粗悪品は、そうやって生まれたようだ。


「当時も錬金術師はそれなりにいたからな。誰しも似たようなことを考えるのだろう。企業が絡んでいたこともあるようだが、いまとなっては調べるのも難しい」


 そんな粗悪品が、当時はそこそこ出回っていたらしい。

 俺はそれを掴まされたようだ。


「例の黒いオーブは、少ないキャパシティで多大な効果を得ると考えられていた」

「はぁ……」


 そんな話は、トマスさんからも聞いたな。

 でも、過去形?


「だが、使用者のキャパシティを無理やり増大させているのではないかという説もある」

「えっ?」

「そうやって無理に器を大きくされたせいで、黒いオーブの使用者は心身に異常をきたしてしまうのではないかと」


 そうだったのか……。


「そして粗悪品にも、似たような効果があるのではないかと、考えられている」

「似たような効果……?」

「粗悪品もまた、通常品に比べて高い効果を発揮することがわかっている。だが、それ以上に多くのキャパシティを消費する」

「ちょっと待ってください、ワケあり品はって、キャパシティを多く消費するんですか?」

「ああ、そうだ。割に合わないレベルでな」

「まじかー……」


 だから、俺は他のスキルを習得できなかったのか……。


「でも、キャパシティを広げる?」

「ああ。そのぶん通常よりもスキルが成長するのではないかと。あるいはスキルが成長する分だけキャパシティを広げるのかもしれないがな。どちらにせよ、空きはできない可能性が高い」

「なるほどー……」


 ほんと、ジョブがあってよかったな、俺。


「一応聞くが、君が買ったオーブはすべてワケあり品として売られていたのか?」

「はい、5つセットで」

「その5つとも濁っていた?」

「どうでしょう……」

「ふむ、印象に残っていないとすれば、すべてが同じような見た目だったのだろう」


 おう……この人、俺以上に俺のことわかってんのかもな。


「となれば、〈帰還〉以外のスキルも、高い効果を持っているかもしれないな」

「あー……」


 心当たりは、ある。

 

〈鑑定〉は人の体力や生命力なんかをリアルタイムで細かく確認できるし、〈収納〉は容量が馬鹿でかいうえに中の時間が止まってんじゃないかってレベルで収納物の劣化が遅くなっている。

〈翻訳〉は初対面で異世界人のトマスさんやアイリスと普通に話せたし、〈帰還〉は言わずもがなだ。

〈健康〉も、見た目の筋肉量を超えた筋力を持ってる感じだしなぁ。

 当たり前だと思ってたけど、やっぱおかしいよな、これ。


「どうやら心当たりはありそうだな」

「いや、まぁ……。だとしても、なんでそのことをギルドが調べるんです?」


 俺以外にもダンジョンを越えられる人がいるって話だし、調査の対象にはならないような気がするんだけど。


「トワイライトホールを越えられる可能性を、考えているんだろうな」

「ええっ!?」


 もしかして、タイジくんより先に、ギルドがジンの元メンバーへヒアリングでもしたのか?


「ジンの元メンバーに関しては、誰も口を割っていないと思っていいだろう。なにしろ彼らはジンと私の父をおそれていたからな」


 そしてジンの死後、ことが落ち着く前にタイジくんは動き、彼らを確保したようだ。


「じゃあ、どうして……」

「補佐官の前でジンが口走ったそうじゃないか」

「でもあのときは……」

「トワイライトホール出現の報告がなかったから、ギルドはなにも調べない。さすがにそこまで杜撰な組織ではないぞ」

「ぐっ……」

「それにウチの山に置いた遺体もそうだ。さすがにあれだけの数を半年近くも放置するとは、普通考えないだろう」


 くそっ、動きすぎたか……!

 変な義侠心に駆られず、ご遺体は放置しておくべきだったのかもしれない。


「そんなわけで、ギルドはトワイライトホールを越えられる可能性を調べ始めたのさ」


 ジンの一件がもう少し落ち着いたら、俺に対するなにかしらのアクションがあるのではないかと、タイジくんは予想していた。


「もしかして、だれかを向こうに追いやったり……?」

「どうかな。そこまでは把握していない」


 その場合、どうなるんだろう?

 俺と同じ異世界に辿り着くのだろうか?

 だとしても、〈帰還〉だけで世界を越えるのは不可能だ。

 魔神の腕輪みたいな伝説級のアイテムを、そうやすやすと手に入れられないだろうし。

 そもそも〈翻訳〉がなければ、異世界人との意思疎通すら難しいからな。

 仮に俺以外のだれかが異世界を訪れても、そう簡単には還れないだろう。


 ただ、セイカやトマスさん、アイリスたちとは一度話したほうがよさそうだ。


「さて、〈帰還〉の件はこのくらいにしておこうか。トワイライトホールについては、深く追及しないと約束したしな」


 そう言ってタイジくんは、穏やかに微笑んだ。

 まだまだ信用はできないが、とりあえず約束を守ろうとしている姿勢だけは買っておこう。

 

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