第9話 タイジとの対話

 ギルドを出た俺たちは、タイジくんの用意した車に乗った。

 彼はヤスタツが乗っていたようなセダンではなく、キャンピングカーを愛用しているみたいだ。

 鎧を着たまま乗るには、こちらのほうが広くて便利そうだもんな。


「適当に流してくれ」


 運転手へそう告げたタイジくんに続いて、後部のキャビンに乗り込む。


「おお……」


 キャビン内は豪華な個室になっていた。

 革張りのソファがローテーブルをコの字に囲っており、ちょっとした飲み会くらいはできそうな間取りだ。

 見回せば冷蔵庫やキッチンなども完備されており、シャワールームやベッドルームなども設置されているのだろう。


「かけて待っていてくれ」


 タイジくんに促されてソファに座ると、彼はキャビンの奥に消えた。

 ガサゴソいってるので、鎧を脱いでいるのだろう。


 にしても座り心地いいな、このソファ。


 待っている間にキャンピングカーは動き始めた。

 慌ててシートベルトを探したが見つからない。


「キャビンには〈衝撃吸収〉を付与しているから、シートベルトは不要だ」


 装備を外し、ワイシャツとデニムという格好に着替えたタイジくんが、俺の様子を見てそう言った。

 そういやなんか道交法が変わってたな。


「他にも〈遮音〉を付与しているので、安心してほしい」

「はぁ」


 つまり、ここは密談ができる場所ってわけね。


「シャンパンでいいか?」


 タイジくんは冷蔵庫からボトルを、キャビネットからグラスを取り出し、尋ねてくる。

 なんというか、所作がいちいちきれいだね、ほんと。


「酒、飲むんですか?」

「お互い〈健康〉を持っているのだから、悪酔いなど気にしなくていいだろう」


 どうやら俺の情報は全部知られてそうだなぁ。

 彼も自分が〈健康〉を持ってることを明かしてはくれたけど、著名人てのは大体習得してんだよね、これ。


「じゃ、いただきます」


 と俺が答えるより先に、彼はボトルを空けてグラスにシャンパンを注ぎながら、俺の向かいに座った。


「とりあえず」


 タイジくんがそう言ってグラスを掲げたので俺もそれに倣い、とりあえず一気に飲み干す。


 いや、うまっ!


 お高いシャンパンだぞ、これは。


「それで、トワイライトホールの向こう側にはなにがあった?」


 俺のグラスにシャンパンを注ぎながら、タイジくんがしれっと尋ねてくる。

 いきなり切り込んでくるねぇ……。


「あー、なんの話でしょう?」

「心配するな。ジンのパーティーにいた元メンバーだが、奥村隆以外は全員ウチで雇っている」


 ぐぬ……あの日の目撃者を押さえられていたか……!

 いや、なんとかしなきゃとは思ってたけど、口封じをするわけにもいかないし、正直悩んでたんだよな……。

 先手を打たれちまったかぁ……。


「秘密保持契約は結んでいるし、私を裏切ることへのデメリットについてはしっかりと理解してもらったから、彼らの口からあの日のことが漏れることはない、と言っておこう」

「はぁ」


 いや一番知られたらヤバそうな人に知られちゃってますけどね。

 

 とはいえ異世界についてタイジくんに話すことはない。

 こういう権力者にそのあたりのことを知られると、どうせロクなことを考えないからな。

 異世界への侵攻とかさ。

 どうやるのかはしらんけど、賢い人がたくさん集まったら、なんか実現しそうだし。

 

 だから、異世界の存在については明かさない。


「ふむ、話すつもりはないか」


 俺の表情から考えを読み取ったのか、タイジくんが呟く。

 こりゃ黙っててもいろいろ情報を与えそうだな、俺。


 となれば、いっそ逃げるか?

 ここで〈帰還〉を使えばすぐには追ってこられないし、サクッとセイカを連れて異世界へいけば、逃げ切れるよな。

 最悪、そのままあっちに引きこもっちまえば、誰だろうと手出しはできない。


「なるほど、逃げる算段もあるわけか。そして我々の追及をかわしきる手も」


 いやエスパーですか!?


(主はすぐ顔にでるからな)


 呆れたようなシャノアの声が、頭に響く。

 俺ってそんなにわかりやすいのか……!


 なんにせよ、これ以上の長居は無用ってわけで――。


「よろしい。トワイライトホールの件については今後一切聞かないことにしよう」

「え?」


 ――いざ逃げようとする寸前、タイジくんがそう宣言した。


「ジンの元メンバーたちにも、あらためて言い聞かせると約束する。なので、とりあえずここに留まって話を聞いてはもらえないかな?」

「いや、えっと……」

「いつでも逃げられるのだろう? なら、問題ないと思うが」

「うーん……」


 ま、いつでも逃げられるし、もうちょっとだけ話を聞くか。

 ギルドが俺を調べてるってのは、やっぱ気になるからな。

 元厚労大臣ならではの情報とか知ってそうだし。


「気になっているのはギルドが調査している君の特殊能力についてかな。ギルドが君のなにを特殊と考えているのか」

「……ですね。俺なんて、大した能力もない平凡な冒険者ですから」

「平凡、ね」


 タイジくんが、クスリと笑う。


「ギルドが考える君の特殊能力はふたつ」


 そこで軽くシャンパンをあおった彼は、グラスをテーブルに置くと、人差し指を立てた。


「まずひとつめ、ダンジョンを越えられる〈帰還〉」


 俺の周りにはいないけど、日本全国を探せばどこかにいるんじゃないかな。

 それについてはそこまで詮索された覚えはないけど、秘密裏に調べてたってことか?


「そしてもうひとつは、〈サンダーボルト〉だけとは思えない戦闘能力」


 タイジくんはそう言い、人差し指に続いて中指を立てる。


 これについては……ちょっとやり過ぎたかもしれない。

 今日も討伐記録の割に納品が少ないとか言われちゃったし。


「それと、個人的に気になっていることがもうひとつ」


 彼は続けて薬指を立てる。


「黒猫」

「――っ!?」


 思わず息を呑む俺を見て、タイジくんは口の端を小さく上げた。

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