第4話 セイカの提案
ウォーレン邸に戻った俺たちは、さっそくトマスさんを呼び出した。
「いやいや、お待たせして済みませんな」
10分ほどでトマスさんが現れる。
もう少し待たされると思っていたので、少し意外だった。
「すみません、忙しいのに」
「いえいえ、
なるほど、例の件でちょっとヒマなのか。
とはいえウォーレン商会も手広くやっているので、それなりに業務はあるだろうけど。
「それで、なにかお話しがあるとか?」
「悪ぃ、実はあたしからちょっと提案したいことがあってな」
「ほう、セイカさんから」
それからセイカは、トマスさんとなにやら話し始めた。
セイカの話に、トマスさんはときおり驚いたり頭をひねったりしていたが、概ね好意的に受け止められているようだ。
話がある程度まとまったところで、ふたりがこちらへと向き直る。
「それで、セイカはいったいなにを提案したんだ?」
「ウォーレン商会で装備品なんかのリースをやったらどうかってな」
「装備品のリース?」
なんじゃそりゃ。
「ほら、ガズさんが言ってただろ? 駆け出しの冒険者も装備品さえ揃えば戦力になるって」
「つまり、ギルドに残ってる下級冒険者たちへいい装備を貸し出して、魔石を集めてもらおうってことか?」
「あー、リースってのはレンタルとはまたちげーんだけど……なんつーかな」
「えっと、そこらへんはあとで詳しく聞くとして、ようは駆け出しの装備をよくしてダンジョン探索をがんばってもらおうって話だよな?」
「ま、そんな感じだ」
なるほど……でも、それってうまくいくのか?
装備が変わったくらいで探索ができるようになるなら、みんな苦労はしないような……。
「ふむう、どうやらアラタさんには、この町の……いえ、この世界の冒険者について、まずは説明したほうがよさそうですな」
セイカの提案を訝しむ俺の表情を見て、トマスさんが説明を始めた。
「冒険者というのは、なにも持たない状態……己の身体ひとつで始める者が多いですな」
「はぁ」
そりゃそうだろう。
「財産も、住む場所も、場合によっては身分すら持たないことがありますな」
「あ……」
そうか、身ひとつの基準が日本とは違うんだ。
いまの日本は生活保護がかなり容易に得られるし、ダンジョン発生で急激に人口が減って空き家が多くなったので住居もタダでもらえることが多い。
ダンジョン発生以前に比べて生活コストが安くなっている部分もあるので、うまくやりくりすれば無理に働かなくても初期装備くらいは揃えられるのだ。
だがこちらの世界だとそうはいかない。
「さすがに無一文で身分もない、というのは極端ですが、わずかな金を持たされて家を追い出されたあげく、冒険者になる者というのはかなり多いですな」
食い扶持を減らすため家を追い出されたものの、教養も技術もないのでまともな職に就けず、冒険者になるしかない。
そういう連中が、新人の多くを締めているようだ。
「新人冒険者はまずジョブを得ます。ギルドに登録すると、最初だけは無料でジョブを得られますからな」
ちなみに俺は登録前にジョブを授かったから、アイリスが寄付金を払うことになった。
もちろん俺も無料でジョブを得られたのだが、余裕がある者は初回から寄付をするのが通例らしい。
そういった寄付金が、貧しい新人冒険者救済のために使われるのだ。
実際アイリスや商会の護衛たちも、初回からちゃんと寄付をしていたようだ。
ちなみに新人の多くは【戦士】【喧嘩士】【斥候】のどれかになる。
それ以外のジョブだと、なにかしらの知識や経験が必要だからだ。
「ジョブを得るだけで少しばかり身体も丈夫になりますからな。とはいえいきなり魔物と戦うのは危険です。なにせ新人冒険者は
そこで新人冒険者はドブさらいや荷物運びなど町の中でできる安全な仕事、あるいは自然型ダンジョンの浅い場所での薬草採取など、比較的危険の少ない依頼をこなして金を貯める。
そうやって得たなけなしの金で中古の粗悪な装備をやっとこさ手に入れてはじめて、野良魔物の討伐やダンジョン探索に向かえるのだ。
「その時点で手に入る武器と言えば、研ぎしろのほとんどなくなった青銅の剣やナイフ、歪んでかろうじて指が通るナックルダスターくらいのものですな。防具にまで金を回せる者は、あまりいないでしょう」
なので新人の大半は9~10級のうちにリタイアする。
防具がないからちょっとした油断でケガをするのだが、金がないので療養というわけにもいかない。
もちろんポーションを買う金もない。
運がよければ【白魔道士】が辻ヒールなどで安く治してくれるが、それにしたってタダじゃない。
ケガを治さないまま無理をすれば、やがてまともに活動できなくなる。
そうして再起不能になる者は多い。
なんというか、異世界版ワーキングプアって感じだな。
もちろん、あっさり命を落とす連中だってたくさんいる。
「つまり装備さえ整えば、戦える下級冒険者は結構多いと?」
「なにせこちらの世界にはジョブがありますからな」
そうか、経験や知識がなくても、ジョブを得るだけで戦えるようになるのか。
「たとえば【戦士】ですと、鋼鉄製の剣と盾、鎖帷子、あと丈夫なブーツがあれば、レベル1でも8級相当と言われてますな」
8級ともなれば、ウェアラットやゴブリンくらいならそこまで危険を冒さずに倒せるはずだ。
少し経験を積むだけでコボルトとも戦えるだろうし、そうすればレベルアップしてオークを倒せるようになるのも時間の問題だ。
たしかに、装備って大事だな。
「それに装備だけじゃなく、スキルもリースできるんじゃねぇかなって思ってるぜ」
セイカが補足するように言う。
たしかにこちらの世界だと、スキルオーブが安いんだよな。
ものによっては鋼鉄製の装備とおなじくらいだったはずだ。
「たとえば7~8級冒険者が〈収納〉を習得するだけで、活動成果は劇的に向上するでしょうな」
たしかに多くの素材や魔石を持ち運べるし、それ以上にバッグを担がなくていいってのはいろんな行動に影響が出そうだ。
「ポーチ……
「そうですなぁ、
アーティファクトってのは、こちらの世界で言うギアみたいなものだ。
魔道具、ギア、アーティファクトの違いだが、魔道具は魔力で動く道具の総称だ。
その中で、ギアはスキルの効果を再現した魔道具だな。
で、アーティファクトってのは魔道具にスキルオーブを組み込んだものだ。
ギアとアーティファクトは似て非なるもので、それぞれの世界独自技術になる。
たぶんどちらもお互いの世界で再現は可能なんだけど、スキルオーブが貴重な地球でアーティファクトなんてのはコストが高すぎるし、逆にスキルオーブが余りがちなこの世界でわざわざギアを作るのは面倒くさい、って感じだ。
「ほかにも〈帰還〉を習得すれば行動にも余裕がでますし、魔法系スキルを覚えれば魔法職にジョブチェンジもできますな」
こちらの世界の〈帰還〉もダンジョンを越えての転移は原則不可能だが、ダンジョン入口にホームポイントを設置していれば帰り道を気にせず探索できる。
パーティーを組んでいるなら別のメンバーが拠点をホームポイントにすれば、ダンジョンへの行き来だって楽になるしな。
そして魔法職ってのは、なんやかんやで数が少ない。
回復役なんてのは引く手あまただ。
「たしかに、うまくいきそうな気がしますね」
仮にうまくいかなければ、また別の手を考えればいい。
少なくともウォーレン商会なら、鋼鉄製の装備の100や200用意したところで、小揺るぎもしないだろう。
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