第3話 冒険者たちの懐事情
「大丈夫ですか、ジャレッドさま……!」
あわや転げそうになるジャレッドくんを、取り巻きが慌てて支える。
「そ、そんな物騒なものを取り出すなんて、なにを考えているんだこの野蛮人め!」
なんとか持ち直したジャレッドくんは、顔を引きつらせながらも、俺を睨みつけて声高に訴えた。
「あぁ? 腰から剣ぶら下げといてなに言ってんだおめー?」
そして俺がなにかを言う前に、セイカが反論してくれた。
ジャレッドくんや彼の取り巻きをはじめ、ギルドにいる者のほとんどは大なり小なり武装しているのだ。
「そうだぞジャレッドくん。冒険者が武器を手にしたくらいで、そう目くじらを立てるなよ。怖いのはわかるけどさ」
俺がわざとらしくニヤけながらそう言うと、様子を窺っていた冒険者や職員たちからちょっとした笑いが湧き起こった。
「ぐぬ……キサマっ……!!」
ビビりすぎ、とか、弱すぎ、とかそんな言葉があちこちから聞こえ、ジャレッドくんは顔を真っ赤にしたが、なにも言えないようだった。
ちなみに日本で同じことをやると、かなりの叱責を喰らうか、場合によっては逮捕もあり得るんだけどね。
銃のスライドを引くとか、撃鉄をあげるってのは、言ってみれば鞘から剣を抜くのと同じ意味合いになるからな。
でもこっちの銃にはそういう機構がないので、咎められないと思ったんだよ。
じゃあ俺はなんでそんなことをしたかというと、なんのことはない、単なる嫌がらせだ。
そしてそれは大成功したと言っていいだろう。
事態の好転にはなにひとつ関与しない行為だけど、ちょっとだけ溜飲が下がったよ。
「おい、邪魔だ」
ジャレッドくんたちの背後から、声が上がる。
目を向けると、ひとりの男性冒険者が鬱陶しそうに彼らを見ていた。
ジャレッドくんたちは、ギルドの出入り口から受付台までの動線を塞いでいる。
通路は広いので彼らの脇を通れなくはないんだけど、邪魔は邪魔だよな。
「ふん、誰にものを言ってるんだいこの底辺が――」
と言って振り返ったところで、ジャレッドくんが目を見開く。
彼らの背後に立っていたのは、凶悪な顔をしたいかにもヤバそうな男だった。
「――なっ、グレイ……!」
そのグレイ、という名の男性は、このギルド最強との呼び声の高い冒険者だ。
「俺の知らないあいだに、2級より4級のほうが偉くなったのか?」
そしてもちろん、ランクも高い。
「ぐ……どうしてキミのような冒険者が、ギルドにいるんだ?」
ジャレッドくんはグレイの質問――といっても半分以上皮肉だろうが――に答えず、逆に問い返した。
「冒険者が冒険者ギルドにいるのは当たり前だと思うが?」
彼がそう言って一歩踏み出すと、取り巻きの女性は怯えたように道を空け、ジャレッドくん自身も思わず半歩あとずさる。
グレイは遠慮なく彼らのあいだを通って受付台に向かったので、俺たちも彼に道を譲った。
「待つんだグレイ!」
納品手続きをしようとするグレイに、ジャレッドくんが待ったをかけた。
「商会なら5割増しで買い取ってくれるのを知らないのか!?」
「らしいな。だが面倒くさい」
ジャレッドくんの必死な訴えに、グレイは彼に背を向けたまま淡々と答えて手続きを進める。
「わかった、じゃあキミは特別に7割増しで……いや、いっそ倍額で買い取るように言っておこう! だから……!」
ジャレッドくん、今回の件に自分が関わってることを大声で言っちゃったけど、大丈夫か?
まぁ違法じゃないらしいから大丈夫なのかな。
実家の力もあるし、大抵のことは思い通りになるんだろう。
「グレイ、聞いているのか!?」
ジャレッドくんは懸命に訴えたが、結局グレイは淡々と納品作業を終えてしまった。
「グレイ、いつもすまんな」
「俺は当たり前のことをしているだけだが?」
ガズさんの言葉にそう答えたグレイは、ほんの少しだけ笑っているように見えた。
「冒険者は、冒険者ギルドに納品するべきだからな」
グレイは振り返ってそう言うと、ジャレッドくんたちのあいだをまっすぐ通り抜けてギルドを去って行った。
「ふんっ、グレイひとりがなにをしたところで、状況は変わらない」
忌々しげな表情で去って行くグレイを見ていたジャレッドくんは、そう呟くとふたたび俺たちに向き直る。
「アイリス嬢! 僕の提案を断ったこと、かならず後悔することになるからね!」
アイリスに向けてそう言ったあと、ジャレッドくんは俺を睨みつける。
「キサマも……いずれ吠え面かかせてやるからな」
彼はそう言い残すと、踵を返して去って行った。
そのあとに、取り巻きの女性たちが続く。
そういえば今日、彼女たちは妙に静かだったな。
どこか張り詰めたような表情だったし、ジャレッドくんの護衛に集中してたってところか。
「高ランク冒険者でいまもギルドに納品するのって、グレイくらいのもんかな?」
ジャレッドくんたちが去り、ギルドの空気が弛緩したところで、ガズさんに問いかけた。
「いや、2級は全員、3級も半分以上はこっちに納品してるな」
「へぇ、そうなんだ」
この支部で活動する2級冒険者はたしか5人くらい、3級で二十人足らずだったかな。
ちなみに1級はひとりもいない。
「3級以上でここに残ってるヤツは、金に執着を持たないことが多いんでな。もっと稼ぎたかったり、1級を目指したりするような連中はよそへいくんだよ」
「なるほど」
つまり、わざわざこれまでの生活パターンを変えてまで、金を得ようとは思わないってことかな。
「高ランク冒険者が残ってるのに、納品数は7割も減るのか……」
「まぁ、言っても数は少ないからな」
それだけ、4~7級冒険者の納品割合が高いということか。
現在4級の俺だが、正直いって能力的には2級に劣らないと思っている。
だから1匹でも多くの魔物を倒して少しでもトマスさんの力になりたいと思っていたけど、俺ひとりがんばったところで焼け石に水かもなぁ。
「人数だけなら8級以下のほうが多いんだけどな」
特に試験や面接もなく、よっぽどのことがない限り登録さえすれば誰にでもなれるのが冒険者だ。
新人が多くなるのは当たり前だろう。
だが命懸けで戦う過酷な仕事だけに、多くの者は駆け出しのころにリタイアしてしまう。
7級ともなれば一人前だが、そこに到達できる冒険者はかなり少ないらしい。
「俺はあっさりランクアップできたけどなぁ」
俺の場合ジャレッドくんがケンカを売ってくれたおかげでいきなり5級だったし、そのあともとんとん拍子にランクアップしていまや3級だもんな。
「あたしもそんなに苦労はしてねーぜ」
セイカは冒険者として活動をはじめてそれほど経っていないが、すでに7級へと昇格していた。
「そりゃアンタらは最初っからいい装備にいいスキルを持ってたからな」
「それもそうか」
この世界にはない銃や、そこそこ質のいい防具に加え、地球での戦闘経験もあった。
もちろんシャノアの力も大きいだろうし。
「……ってことは、装備とスキルさえありゃあ駆け出しでもそれなりに活動できるってことか?」
ふとなにかを思いついたように、セイカがガズさんに問いかける。
「そりゃ、な。そもそも最初はそのあたりを揃えるために安全な雑用をこなすわけだし、いざダンジョンに潜るとなっても下級のうちは装備品のメンテナンスやら消耗品の補充やらで儲けの大半は飛ぶんだわ」
安い装備ってのは破損しやすいからなぁ。
そういやこっちのチェインメイルなんかは、さび止めの油とか塗らなきゃって話だし、そういうメンテナンスの費用や手間は大変そうだ。
魔法でさび止め加工もできるみたいだけど、そういうのはやっぱり高いし。
かといって低ランク向けのダンジョンでは、いきなりいい装備を買えるほど儲けられない。
難しいところだ。
「なぁガズさん、ちょっと聞きてーんだけど」
セイカがガズさんにいくつか質問をしていく。
その答えを受けて、彼女は何度かうなずいていた。
話が一段落ついたところで、セイカは俺に向き直った。
「アラタ、いっぺんトマスさんのとこに戻っていいか?」
おや、なにか名案でも浮かんだのかな。
セイカは大学を出て薬局の経営にも関わっているからな。
冒険者一辺倒の俺とは違う視点で、ものごとを考えられるのだろう。
アイリスも、なにやら期待の篭もった目を向けている。
短い付き合いだが、セイカの聡明さには気づいていそうだな。
「ああ、もちろん」
そんなわけで、俺たちは一度ウォーレン邸へ戻ることにした。
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