第2話 ジャレッドふたたび

 セイカとアイリス、そしてシャノアを連れ、冒険者ギルドを訪れた。


「人、少ないな」


 閑散としたギルドの様子に、思わず呟いてしまう。

 普段の半分以上はいるみたいだけど、それでも明らかに少ないと感じられる減り方だ。

 装備品なんかを見る限り、残っているのは低ランク冒険者が多いようだ。


「数日前から、日に日に減っていった、という感じですね」


 俺のつぶやきを聞いてか、アイリスが補足してくれる。

 そのくらい前から、例の嫌がらせが始まったらしい。


「言われてみりゃ、確かに少ねぇか」


 セイカがここへ通うようになったのは、最近のことだ。

 なので、変化には気付きにくいのかもしれない。


 とりあえず俺たちは、受付台に向かった。


「ども、ガズさん」

「おう、アラタか」


 マッチョの受付担当は、暇そうにしていた。


「なんだか大変そうで」

「まぁ、たまにゃこういう暇なのもいいさ」

「そんなもんですか」


 聞けば納品の多寡にかかわらず、ギルド職員の給料は変わらないらしい。

 ならば暇でも問題ないか。


 他の受付さんたちは、ガズさんに任せて奥で楽しそうにおしゃべりしてるみたいだ。


「なんか低ランク冒険者が多く残ってるみたいだけど、なんでかな?」

「たしかあちらさんは魔石だけで5割増し、死骸だと3割増しとかで買い取ってるって話だからな。元の単価が低いとそこまで得じゃねぇらしいんだわ」


 8級以下くらいの冒険者はわざわざ手間を惜しむほどの利益がないので、ギルドに残っているようだ。

 それに低ランク冒険者は、報酬もさることながらランクアップのための評価も重視している。

 ギルドに納品しない限り、魔物討伐への評価は受けられないからな。


 とはいえ納品の多くは4~7級の中堅冒険者が担っている。

 それにこの騒動――彼らにすればお祭り騒ぎ――がいつまで続くかわからないので、いまはとにかく稼ごうという腹なのかもしれない。


「納品量は、大体7割くらい減っちまったかなって感じだ」


 とのことだった。


 そして5つの商会もギルドの取引自体は継続しているので、トマスさんが仕入れられるのは残る3割のうちの4割、元の量からすれば1割ちょっとにまで減っている。


 そのうえトマスさんは、ギルドから仕入れた魔石のほとんどを残る中小の商会に流しており、いまは在庫を切り崩している状態なのだとか。


 その在庫も、あと数日で底を尽きるという。


「大丈夫なのかい、商会のほうは?」

「すぐに傾くと言うことはございませんし、この程度の危機は何度も乗り越えてきましたから、ご心配なく」


 ガズの問いかけに、アイリスが笑顔で答える。

 そこから悲観的な感情は読み取れなかったので、父親を信頼しているのだろう。


「にしても、しょーもない嫌がらせをするもんだな、あの坊ちゃんも」


 どうやらガズさんも、これがジャレッドくんのしわざだと感づいているようだ。


「というか、直接的な攻撃みたいなのはなかったのかい?」

「どうでしょう……暴力事件の発生や盗賊に襲われる回数はかなり増えたと聞いてますけど」

「えっ、そうなの?」


 その話は聞いてないぞ。


「おいおい、大丈夫なのかよ」


 心配する俺とガズさんだったが、アイリスの顔から余裕の笑みが消えることはない。


「おかげさまで、問題なく撃退できておりますので」


 聞けば最近は護衛の実力がかなり上がっていたおかげで、少なくとも暴力沙汰に屈することはなくなったらしい。


 なんでも俺が渡した地球モンスターの素材を加工して作られたアイテムを売却し、その資金で装備を一新しつつ人員を増加したうえで訓練を兼ねてダンジョン探索に勤しんだおかげで、各員のジョブレベルがかなり上がっているのだとか。


「じゃあその人たちに、ダンジョンへ潜ってもらえばいいんじゃない?」


 と尋ねてみたが、アイリスは小さく首を横に振る。


「彼らには彼らの仕事がありますから」


 そう言ったアイリスの表情は、苦笑いに変わっていた。

 どうやら暴力的な嫌がらせも、現在継続中らしいな。

 そのあたりの尻尾を掴ませないあたりは、さすがお貴族さまといったところか。


 それから俺たちは、ガズさんと雑談を続けた。

 よほど暇なのか、逃がしてくれる気配がない。

 まぁ、情報収集がてら会話するのは問題ないんだけどな。


「おやおや、しばらくこないうちに、ギルドもずいぶん寂しくなったねぇ」


 そうやってしばらく話していると、若い男の声がギルド内に響いた。

 確認するまでもない、ジャレッドくんだ。


 彼はにやにやしながら、いつもの取り巻き女性を連れて俺たちへ近づいてくる。


「聞いたよ、大変そうだね」


 ジャレッドくんは一瞬俺を睨みつけたあと、ガズさんに向けて大仰な口調でそう言った。


「いやぁ、僕が活動できたら、いくらでもギルドに納品するのに、残念だよ」

「そうかい、じゃあいまからひと狩り行ってこいよ。元気そうに見えるぜ?」

「バカを言っちゃいけないよ。誰かさんにやられた僕の腕は、まだ完全に治っちゃいないのだからね」


 ジャレッドくんはそう言い、ニヤニヤしながら俺を見た。

 正直相手をするのも面倒なので、黙っておこう。


「ふん……」


 どうやら俺がなにも言わないと察したのか、ジャレッドくんは一度鼻を鳴らすと、ふたたび笑みを浮かべてガズさんへ目を向ける。


「ところで今回の件、ギルドはどうするのかな? そろそろ通達が来てるはずだけど」


 その言葉に、ガズさんが眉を寄せる。

 どうやらこの坊ちゃん、それを確認するためにわざわざギルドへ足を運んだようだ。


 しかしギルドが動くのは早くて半年とトマスさんは見てたけど、もうなんらかのリアクションがあるのか。

 それをジャレッドくんが知っているとなると、裏でいろいろ動いてそうだな。

 あー、やだやだ。


「ギルドはなんもしねぇよ」

「えっ?」


 ガズさんの言葉に、アイリスが反応する。

 それに対して彼は少し申し訳なさそうな表情を浮かべたあと、ジャレッドに向き直った。


「ギルドは今回の件、静観すると決めた。商会揉めるつもりがないようだな」


 その答えにアイリスは少し表情を翳らせ、反対にジャレッドくんは満足げに笑う。


「そうかそうか、商会揉めるつもりがないんだね」


 ガズさんの言い方から、ジャレッドくんはバックにいるコルトン伯爵に忖度して、ギルドは商会と揉めないことに決めた、と解釈したようだ。

 そこに伯爵家からの圧力みたいなものがかかったんだろうと思うけど、こっちのギルドはそういうのに屈するのだろうか。


「そうだな、商会、な」

「それはとても賢明な判断だと思うよ! あははは!!」

 

 んー、なんだかガズさんが、ちょっと黒い笑みを浮かべたような……。

 軽く俯いたアイリスや高笑いをしたジャレッドくんは、それを見逃したっぽいけど。

 ギルドはギルドで、なにか考えてそうだ。


「僕もね、すぐにでも活動を再開したいんだよ。でも傷が治りきっていない以上、既存のメンバーだけだと安全面に不安があるし……」


 なにやら芝居じみた口調でそこまでいうと、ジャレッドくんはアイリスに目を向ける。


「そうだ! アイリス嬢が僕のパーティーに入ってくれるっていうのはどうかな?」


 なんだかジャレッドくんがとんでもないことを言い始めたぞ。


「……あぁ?」


 でもってアイリスの口から、聞いたこともないような低い声が……!

 ジャレッドくんには届いてないようだけど、セイカが唖然とした表情を浮かべてるよ。

 俺も似たような顔してそうだけど。


「僕が活動再開さえすれば、解決できる問題なんだよ。すぐにでも、ね」


 なるほど、要はアイリスがジャレッドくんのハーレムに入るなら、嫌がらせをやめてやるって言いたいわけだ。


「おことわりします」

「なっ!?」


 アイリスの即答に、ジャレッドくんがうろたえる。


「いや、その……アイリス嬢? もう少しよく考えてだね……」

「考える必要もないことです」

「ぐっ……!」


 取り付く島もないとはまさにこのことだな。

 ジャレッドくんも、断られるのは想定していたかもしれないけど、さすがに考える価値なしと言われたのにはこたえたみたいだ。


「ふ、ふんっ! なら、この状況がずっと続くだけだ! ギルドは静観すると決めたのだからね!! あとになって泣きついても遅いから――」


 ――ガチャン……!


「――ひぃっ!?」


 うろたえつつも途中から得意満面で語り始めたジャレッドくんにいよいよ嫌気が差したので、ショットガンを取り出してフォアエンドをスライドしてみたところ、彼は顔面を蒼白にして後ずさりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る