第3章
第1話 コルトン伯爵家のいやがらせ
ウルソリブロ共和国、オクアンスタ州、オリエス。
いまさらながら、俺たちのいる町だ。
この国は元々大きな帝国だったところの一部が分離していろいろあり、共和国になったのだとか。
共和国といっても民主主義ではなく、議会はあるけど貴族制度も残っているという、俺にはよくわからん政治形態の国だ。
「とりあえず、この国では貴族がまだかなりの影響力を持っている、と理解してくだされば問題ありませんな」
俺とセイカは現状理解のため、まずトマスさんからこの国の政治について、簡単な話を聞いていた。
というのも、トマスさんの抱える問題にお貴族さまが関係しているからだ。
「アラタさんが勝負をしたジャレッド氏ですが、彼はコルトン伯爵家の四男坊でしてな」
コルトン家は昔、オクアンスタ伯爵と名乗り、この州全域を治めていたが、政変によって領地を取り上げられてしまう。
そののち爵位と新政府での議席、そして州都の一等地とそこにある邸宅の所有権を保障され、家名を名乗るようになったとか。
この国にいまも残る貴族は、大体そんな感じらしい。
領地を取り上げられたといっても、爵位に応じた年金はもらえるし、議員を続ける限りは議員報酬ももらえる。
その議席も、世襲できるようだ。
日本でいうと地元の名士で代議士……少し前までの鵜川家みたいなもんか。
「もしかして、貴族の坊ちゃんが実家に泣きついたって感じですか?」
「まぁ、そんなところですなぁ」
こりゃどうにも面倒な事態らしいな。
「で、具体的に、なにをされてるんでしょう?」
「ざっくり言いますと、魔石の買い占めですな」
「ほう、魔石の買い占めですか」
この世界における魔石の主な供給源は、冒険者ギルドだ。
魔物を倒した冒険者がギルドへ死骸を納品する。
ギルドはその死骸を解体し、各種素材と魔石を確保。
そして取引先の商会へ卸された魔石が、さまざまな施設や人々の手に渡る、という流れだ。
このあたりは日本とあまり変わらないな。
ギルドが魔石を卸す先は、各地域によってある程度決まっている。
「私どもウォーレン商会は、冒険者ギルドオリエス支部が卸す魔石の約4割を買い付けできますな」
この買い付けられる割合は、過去の取引実績などで決まってくるらしい。
ここオリエスの町だと、大小合わせて十以上の商会がギルドと取引できるのだが、ウォーレン商会はそのなかでも最大の卸先になる。
「ギルドとの取引割合が決まっているのに、どうやって買い占めを?」
「冒険者から直接、ギルドより高値で買い付けているのですよ」
ギルドの取引先であるそれなりに大きな商会のうち、5つがそのような方法を採り始めたという。
「買い取るのは魔石だけですか? 死骸は?」
「死骸ごと持ち込んでも買い取ってもらえるそうですが、魔石だけのほうが割高になるようですな」
魔石だけだとギルドより5割増しで買い取ってもらえるが、死骸込みだと3~4割増しになるようだ。
増額の割合は下がるが、素材分の価格が上乗せされるので、トータルだと死骸ごと売ったほうが高くなる。
「じゃあ、死骸ごと持ち込んだほうが得じゃないですか?」
「それは〈収納〉持ちのアラタさんならではの意見でしょうなぁ」
「あー」
そうか、俺は最初からずっと〈収納〉を使ってたから、死骸をまるごと持ち帰るのが当たり前だと思ってたけど、そうじゃない冒険者もいるよな。
魔石と価値のある部位だけを剥ぎ取るって冒険者は、意外と多いのかもしれない。
「でもギルド以外に魔石を売るのって、ルール違反じゃないんですか?」
「いえ、手に入れた素材をどうするかは冒険者の自由ですから。ギルドに納品するのが手間もかからず損もしないので、皆そうしているのですよ」
「なるほど……」
そのあたりは日本と同じか。
日本の冒険者がギルドに納品するのは、それが楽だっていうのもあるけど、税金面での優遇なんかもあって結果的に得をするからだ。
もちろん自家消費をしたり、企業や商店に直接素材を売ったりしてもしいし、それによる法的な罰則はない。
ただギルドに納品しないとランクアップのための評価はつかないし、いい依頼を回してもらえなくなることもある。
なので、よっぽど大きな取引先に恵まれない限り、ギルド以外に魔石や素材を売るのは最終的に損をするようになってるんだよな。
「しかし魔石を高く買い取ったからって、儲けになりますかね? 5割増しってのは結構なもんだと思いますけど」
魔石の価格ってのは、多少の地域差はあれどほぼ一定だ。
ダンジョン発生以前のガソリンや灯油みたいな感じかな。
そしてそれは、日本でもこの世界でもあまり変わらない。
「利益度外視でしょうな」
「ですよね」
とにかくそれら5つの商会のせいで、冒険者ギルドへの納品は激減。
ギルドを主な仕入れ先にしているウォーレン商会は、魔石事業で大ダメージを喰らっているということだった。
「で、それがコルトン伯爵のしわざだと?」
「ええ。5つの商会について調べたところ、コルトン伯爵との繋がりが見えましたので」
トマスさんがそういうなら、間違いないんだろう。
「ギルドは何も言わないんですか?」
「ここオリエスは、そこそこの規模とはいえしょせん田舎町ですからなぁ」
ギルド全体からみれば、取引額は1パーセントにも満たないらしい。
「もちろんすでに支部長から訴えは出してもらってますし、動いてはくれるのでしょうが、それがいつになるやら……」
早くて半年、遅ければ1年以上は動かないだろうというのが、トマスさんの見立てだった。
そしてそのころには、相手も妨害行為をやめている可能性が高い。
いつまでも続けられる手じゃないからな。
「あの、今回もかなり強いモンスターを大量に狩ってきてるんですけど……」
レッドドラゴンやらハイオーガやら、地球産ダンジョンモンスターの素材や魔石は、かなりの価値がある。
「おお、それはありがたいですな」
「それでなんとかなりませんかね?」
相手の妨害行為が半年なり1年なり続くとして、そのあいだ食いつないでいけるだけの資金にはなると思うんだけど……。
「残念ながら、資金の問題ではありませんからな」
資金だけの問題なら、現時点で取引がゼロになっても1年や2年は商会を維持できるだけの余裕はあるらしい。
「問題は、この騒動が終わったあとに取引先の多くを失うことですなぁ」
ウォーレン商会が現在の取引先へ卸す、あるいは販売する魔石を得られなくなると、先方は他から買わざるを得ない。
そうしてふたたび仕入れができるようになったとして、失った顧客を取り戻せるとは限らないのだ。
「じゃあ俺が持ってるモンスターの素材をギルドに納めるってのはどうですか?」
「それはやめておいたほうがよろしいでしょうなぁ」
日本ダンジョンのモンスターは、異世界ダンジョンの魔物より魔素含有量が大きい。
そんな素材をギルドに卸すと、それはそれで騒動になるだろう。
ちなみにトマスさんは、すべて加工して販売しているらしい。
レベルの高い【鍛冶師】や【錬金術師】なら、武具やアイテムの魔素含有量を増やせるから、うまくごまかせるのだそうな。
「もし私どもがアラタさんから買い取った素材や魔石をそのまま売りに出せば、国を……いや、世界を上げての大騒動になるでしょうなぁ」
「はは……」
考えなしにトマスさんへ丸投げしてたけど、こういうところでも世話になってたんだなぁ……。
「すみません、俺のせいで……」
俺がもうちょっと気を遣っていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「アラタさまが謝ることはありません! 今回の件、わたしへの腹いせもあるでしょうから」
アイリスが力強い口調でそう言ってくれた。
そういやジャレッドくん、アイリスのこと口説いてたな。
あの感じだとしつこくつきまとっていたようだし、自分へなびかない女性への当てつけ、みたいな部分はありそうだ。
「だとしても、俺があそこまで痛めつけなきゃなぁ」
「でもわたしはスッキリしました!」
アイリスはそう言ってにっこりと笑う。
その隣で、トマスさんも苦笑していた。
「先ほども申しましたとおり、商会の維持はできますし、魔石以外の取引もありますからな。騒動が落ち着いたあと巻き返すくらい、なんということはないのですよ」
だから俺が気にすることじゃない、とトマスさんは言ってくれた。
「ギルドへいけば異常を察するでしょうし、噂話を耳にするかもしれません。なら先に説明をしておこうというだけのことでして、解決に手を貸してほしいと言うつもりはありませんからな」
トマスさんはそう言って笑ったが、やはりどこか力がないように見えた。
「なぁ、アラタ」
俺の隣で話を聞いていたセイカが、口を開く。
「とりあえずギルドにいってみねーか?」
「……そうだな」
しょせん冒険者でしかない俺に、商売に関していい知恵など浮かぶはずもない。
俺にできるのは、1匹でも多くの魔物を狩って納品することくらいだ。
「よし、いくか」
屁のつっぱり程度かもしれないが、なにもしないよりはましだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます