第25話 その後の顛末

 ジン暴走の件は、いうまでもなく大きなニュースになった。


 高ランク冒険者の凶行を止められなかったギルドと、重警備留置所を運営する厚労省は連日批判に晒された。

 それでもギルドはまだ、防衛省と共同でジンを制圧できたことで、批判ばかりにはならなかったけど。

 そうそう、ジンのヤツはギルドと自衛隊が共同で制圧し、討伐寸前で自爆したということになった。


 唯一の犠牲者である佐原清が、脱走の片棒を担いでいたというのも、ギルドへの批判を弱める要素となった。

 もし無辜の一般人がひとりでも亡くなってたら、とんでもないことになっただろうな。


 対して厚労省への風当たりはキツいものになった。

 そりゃ危険人物を脱走させちまったもんな。

 しかもその原因が、警備担当者がサボるために監視カメラ映像を偽装したことにあるってんだから大変だ。


 だが数日後、新たなニュースが世間を騒がせることになる。


『ご覧ください! こちらが、複数の遺体が発見されたという山林です。持ち主は現厚労大臣であるがわたい議員の父親、元衆議院議員鵜川泰辰氏とのことで、発見された方々は過去に鵜川元議員とトラブルになっていたという噂もあり……』


 見覚えのある山道から、テレビリポーターが熱のこもった様子で視聴者へ情報を伝えていた。


 ヤスタツ所有の山林に、複数の遺体が放置されている。

 そんなタレコミが、県警本部所属の新川警部補宛に送られた。

 発信者は鵜川辰義。

 新川さん、さぞ驚いたことだろう。


 ま、犯人は俺なんだけど。


 あの日タツヨシの遺した荷物の中にスマホがあり、俺がそこから新川さんにメッセージを送ったのだ。

 預かったタツヨシの荷物に関しては、ギルドに預ける予定だった。

 だがヤスタツがボコられて死にかけたと聞いて、考えをあらためることにしたのだ。


 ヤスタツを襲ったのは、タツヨシだった。

 防犯カメラなどの映像を調べた結果、ジンとともに鵜川邸に入っていくタツヨシの姿が捉えられていたのだ。

 もちろんヤスタツには護衛がついていたが、ジンの敵じゃない。

 あっさりと無力化されたみたいだ。


 発見されたときのヤスタツは、それはもう酷い状態だったらしい。

 身体中殴りまくられ、本人の判別も困難なほどだった。

 死にかけた、といったが、実際に一度心肺停止の状態に陥るほどの重体だった。

 そこから回復魔法やらポーションやらで一命を取り留めたが、なんといっても彼は高齢だ。

 ライフポーションでサクッと回復、というわけにもいかないらしい。

 衰えた身体に、強すぎる生命力は逆に毒なんだとか。

 というわけで、いまなおヤスタツは意識不明だ。


 ヤスタツを殴った犯人がジンではなくタツヨシだとわかったのは、当たりに飛び散っていた血や肉片に、アイツのものも混じっていたからだそうな。

 自分の拳がそうなるまで殴り続けるってのは、どんな気分なんだろうな。


 利用されたことに対する恨みだろうか?


 でもタツヨシだって、ヤスタツの権威を笠に好き放題やってた部分もあるし、ダークオーブを使ったのも自分の意志だろうから、自業自得なんだけどな。


 まぁそれが逆恨みだろうがなんだろうが、タツヨシがヤスタツを恨んでいたことに変わりはない。

 ってことで、それを利用させてもらうことにした。


 留置所の件で厚労省が動けず、ヤスタツ自身も意識不明でしゃべれない。

 そんなところへ、実の息子が罪を告白するようなメッセージとともに、山林に遺棄された遺体の写真を送ってきたのだ。

 新川さん、上がもたついているあいだにさっさと令状をとって捜索をはじめ、あっさりと遺体を発見してしまった。


「問題があるとすれば、数が合わないってことかな」


 俺があの場に置いてきた遺体は、全部で13人分。

 だがニュースによると、20名を超える数の遺体が発見されたという。


「瓢箪から駒、ってやつか」


 そういえばあのあたり、野良モンスターの討伐依頼が全然出てなかったな。

 たぶんトワイライトホールが出る前は、あそこに遺棄して野良モンスターに始末させてたんだろう。


 なお、新川さんに送られたメッセージだが、タツヨシが死んだとされる時間よりあとに送られたことが、ちょっとした問題にはなった。

 偽装ではないかとの追及もあったけど、遺体という物証を覆すには至らなかった。


「おっ、出たなタイジくん」


 現地レポートの画面が突然切り替わり、厚労大臣の記者会見が始まった。


『このたびは厚労省管轄施設の不祥事に加え、私の父ヤスタツと弟タツヨシが世間をお騒がせしたことを、心よりお詫び申し上げます』


 厚労大臣はそう言って、深々と頭を下げた。


 タイジくんこと鵜川泰治と俺は、中学と高校が同じだ。

 ふたつ上の上級生だった彼は、当時から目立つ存在だった。


 眉目秀麗、文武両道、品行方正、果断即決……要はイケメンで勉強もできてスポーツ万能、まじめでリーダーシップのある人だった。


 ヤスタツがボンクラ呼ばわりされる最大の要因は、タイジくんの存在だろう。

 若いころから優秀だったため将来を期待されており、そのせいでそこそこデキる政治家だったヤスタツは、じいさまとタイジくんの、つなぎのような扱いを受けてしまったのだ。


「へええ、タイジくん、議員辞めるんだ」


 大臣としての業務を引き継いだあと、タイジくんは議員辞職すると宣言した。

 そして議員辞職後は、警察およびギルドの捜査に、積極的に協力するとも述べた。


「……切り捨てたな」


 ヤスタツの所業を、タイジくんがまったく知らなかったというのは考えづらい。

 だがリスクについて考えていない、ってのもありえないんだよな。

 つまり、知らぬ存ぜぬを通せる準備は整ってると考えていいだろう。


 あとは次の選挙で勝てば、無罪放免ってわけだ。

 でもって、選挙になったら勝つんだよな、この人。

 だって、ファンが多いもの。


「ま、俺にゃ関係ないか」


 ここから先は天上人のお話だ。

 一介の冒険者が気にしてもしょうがない。


 今回の件について、関係各所へ話すべきことは話した。

 支部長や回復した補佐官からも、しばらくは顔を出さなくていいとお墨付きをもらっている。


 というわけで俺は当分、異世界で過ごすつもりだ。


○●○●


「ただいま」

「おかえりアラタぁー!」


 ウォーレン邸に〈帰還〉するなり、セイカが抱きついてくる。

 ちょうど部屋にいる時間だったみたいだ。


「で、どうだったんだ?」

「話せば長いけど、結論から言うと解決した、かな」


 そこで俺はセイカに、ジンの暴走にまつわる経緯を話して聞かせた。


「タツヨシのやつ、バカだな……」


 話を聞いたセイカが、憐れみを込めてに呟く。

 タツヨシは自分を攫おうとした悪漢ではあるが、同じ店で働いた同僚でもある。

 複雑だろうな。


「それで、セイカはどうする? 俺はしばらくこっちで活動したいんだけど」

「あたしもそれで問題ないぜ。ただ……」

「あー、1回くらい親父さんに顔見せに帰ったほうがいいかもな」

「そうなんだけど、いいのか? ジンのやつと戦ったときに、魔石1個使ったみたいだし……」


 どうやらセイカは、魔神の腕輪に使う高密度魔石の残量を心配しているようだ。


「そこは心配ない。シャノアがたくさん調達してくれたからな」

「うむ、儂がんばった」

「おおー! さすがシャノアだぜ!」


 俺が討伐したぶんは、魔石だけをギルドに納品した。

 死骸を見られるといろいろ勘繰られそうなので、〈収納〉の容量不足を理由に死骸を放置したことにしている。

 高密度の魔石は大きさや重さにかかわらず〈収納〉やポーチの容量を食うので、怪しまれることはなかった。


 そのぶんシャノアの討伐した魔物は、魔石も含めて持ち帰ってきた。

 それを加工すれば、高密度魔石の在庫にはかなりの余裕が出るだろう。


「だから地球と異世界との行き来については、遠慮しなくていいぞ」

「そっか。じゃあ1回親父に顔を見せとくぜ」


 セイカと話していると、トマスさんとアイリスがやってきた。


「トマスさん、今回もお土産をたくさん持って帰ってきましたよ」


 簡単な挨拶を終えたところで、そう切り出した。

 あちらのダンジョンで倒したモンスターは、すべてトマスさんに任せている。

 ギルドに納品すると、高い魔素含有量をつっこまれそうだからだ。

 その点トマスさんなら、うまいことやってくれるからな。


「そうですか。それはありがたいですなぁ……」


 おや、なんだかトマスさんの様子が変だな。


「トマスさん、どうかしましたか? なにやらお疲れのようですが」

「いやはや、なんと言いますか……」


 トマスさんは煮え切らない様子で、額の汗を拭い始める。


「お父さま、アラタさまに相談してはどうでしょう?」

「ふむう……だがこれ以上アラタさんにご迷惑をかけるわけには……」


 なにやらお困りごとがあるようだ。


「トマスさん、なにかあるなら遠慮なく言ってください。できるかぎりのことはしますから」

「ですが……」

「俺たちがこの世界で不自由なく暮らせるのはトマスさんのおかげです。そのトマスさんが問題を抱えているなら、いずれ俺たちにも影響が及ぶでしょう」

「アラタの言うとおりだぜ。あたしたち自身のためにも、なにか困ってるなら相談してほしいぜ」

「お父さま、おふたりともこう言ってくれてるのです」

「ふむ……」


 トマスさんは決心してくれたようで、表情を引き締めて俺たちに向き直った。


「アラタさんは、ジャレッドという冒険者を覚えておいでですかな?」

「ジャレッド? あー」


 おう、弱すぎジャレッドくんか。


「彼の関係で、少し困ったことになっておりましてな」


 なんだあいつ、またなにかやらかしたのか。


「詳しく聞かせてもらいましょう」


――――――――――

お読みいただきありがとうございました。

これにて2章終了です。

3章開始までしばらくお待ちくださいませ。

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