第24話 生還報告

 ――ヴーッ! ヴーッ!

「うぉっ!?」


 ギルドの転移室に〈帰還〉するなり、スマホが鳴動した。

 見ると、通知がえらいことになっている。


「……全部ギルドからか?」


 このギルドから何度も着信があったようだ。

 メッセージもいくつか混じっているけど、直接確認したほうがいいな。


 ってことで転移室を出たんだが……。


「うわぁ……こりゃひどいな」


 ギルドはあちこち破壊されて大変なことになっていた。

 ジンと補佐官がやりあったらしいし、しょうがないか。


 多くの人が復旧のために慌ただしく動き回っているなか、俺は受付台に向かった。


「アラタさん!」


 いつもの受付さんが声をかけてきたので、彼女のもとへ向かった。


「どうも、なんか大変そうですね」

「どうもじゃないですよ! いったい何度連絡したと思ってるんですか!?」


 おっと、どうやら俺に連絡を入れていたのは受付さんだったか。


「すみません、ずっと圏外にいたようで……」

「ずっとですか? 浅いところを探索していたはずなのに、一度も安全地帯に寄らなかったと?」

「あぁ……」


 ダンジョン内は基本的に圏外だが、安全地帯はかろうじて通信可能だ。

 その安全地帯だが、放っておくとダンジョンに飲まれてしまうせいで維持が大変なため、浅い部分に作られることが多い。

 深い部分になると維持が困難なため、ほとんど安全地帯はなく、それが探索難度を上げる原因だったりする。


「なんというか、没頭しちゃって……」

「どのあたりを探索されてましたか? 他支部の冒険者や自衛隊の協力でかなり広範囲にわたって捜索と救助がおこなわれましたが、誰とも出会わなかったと?」

「あー、いや……」


 こりゃだめだ。

 どうせ討伐記録でバレるし、早々に白状しよう。


「すみません、深い部分を探索してました」

「はぁ……まったく」

「ほんと、すみません……」


 ため息をついた受付さんだったが、急に表情をあらためて俺を見た。


「いえ、アラタさんが無事でつい気を抜いてしまいましたが、謝るべきはこちらのほうです」

「はい?」


 そこで受付さんは、ジンに俺の居場所を明かしたことを、その経緯も含めて説明してくれた。


「アラタさんの身を売るような真似をしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「あー、いえ」


 状況が状況だけにしょうがないんじゃないかな。

 むしろ俺の情報を秘匿したせいで、犠牲者が増えたとあっちゃ、寝覚めが悪い。


「しょうがないですよ、俺は冒険者なわけだし」


 冒険者は市民のため犠牲になって当たりまえ。

 公然と口にする人はいないが、ダンジョンができてからこっちそういう考えがあるのは確かだ。

 冒険者の身の安全と引き替えに一般人が犠牲になったら、きっと大騒動になる。

 当事者である俺は、あることないことかき立てられて社会的に殺されていたおそれもあるんだ。


 普段は特に差別意識を感じることもないんだけど、なにか事件が起こったときに痛感するんだよな。


 冒険者の人権は低い。

 悲しいかな、これが現実なのよね。


「……本当に、申し訳ありませんでした」


 俺の考えを察したらしい受付さんが、あらためて頭を下げた。

 どこか悔しそうだったのは、ギルドの力不足を自覚しているからだろう。

 それでもギルドのおかげで冒険者の地位がある程度保たれているのも事実なので、今後の活躍に期待しよう。


「それにしても、よくご無事で。黒部刃と鵜川辰義には遭遇しなかったのですね?」

「いえ、遭いましたけど?」

「えっ?」


 受付さんは驚いて少し固まったあと、すぐに気を取り直して笑みを浮かべる。


「なるほど、うまく〈帰還〉で離脱できたのですね」

「いえ、戦いましたけど?」

「えっ……?」

「でもって倒しましたけど?」

「ええっ!?」


 受付さんが、またも驚いて固まった。

 そんな彼女に、ギルドカードを差し出す。


「確認してください。ジンの討伐記録があるはずです」

「へ? あ、はいっ……!」


 ようやく我に返った受付さんは、ギルドカードを端末にセットして討伐記録を確認し始めた。


「えっと……オークキング!? それに、ハイオーガ……グリフォンまで……レッドドラゴンも!?」


 次々に現れるモンスターの討伐記録に、受付さんが驚きの声を上げる。


「これ、アラタさんが、全部おひとりで……?」

「ですね」


 シャノアが倒した敵は、討伐記録に残らないからな。


「いったいどうやって……」

「俺の攻撃スキルは〈サンダーボルト〉だけですよ」

「ですが、さすがにそれだけでは……」

「単一スキルの伸びしろってすごいですねぇ! いやぁひと月ちかくダンジョンを彷徨った甲斐があったなぁ」


 ということでごり押すことにした。


「そ、そうですか……アラタさんでしたらモンスターの弱点も熟知しているでしょうし、うまく戦えばやれないことも……?」

「そうそう、そんな感じです」


 なんとか納得してくれたか。

 そろそろ格闘系のスキルを覚えたことにしてもいいかもな。

 強いモンスターを倒しまくったらキャパシティが上がりましたーっていえば、ごまかせそうだ。

 スキルに関してはまだまだ未知の部分も多い反面、個人情報に深く関わる部分でもあるので、ギルドも深くは踏み込めないのだ。


 冒険者の人権が低いといっても、それはあくまで社会的な通念の話であって、立派な日本国民であることに変わりはないからな。

 公的機関こそ、そういう建前を無視できないのだ。


「あの、アラタさん……」

「なんでしょう?」

「ありませんけど……?」

「ん?」

「黒部刃を討伐した、というお話でしたよね?」

「はい、確実に倒したはずです」

「ですが、討伐記録にはありませんけど……」

「ええっ!?」


 どういうことだ?


「たとえば、未発見モンスターの討伐記録的なものは……?」

「そういうのも、ございませんね」

「そうですか……」

「詳しくお話しを窺っても?」

「えっと、そうですね……なんというか……」


 さすがにジョブスキルのことは話せないので……。


「探索中にジンとタツヨシが現れて、襲われたので、こう、バンって撃ったらドカンて爆発しました、はい」


 いかん、なんともアホな説明になってしまった。


「アラタさん……」


 受付さんがどこか憐れむような、それでいて安心したような、優しい笑みを浮かべる。


「冒険者にとって、逃げることは恥ではありません」

「はぁ……」

「正直に言いまして、黒部刃がアラタさんに遭遇する確率は非常に低いと考えておりました」

「そうなんですか?」

「はい。おそらくその前に、彼は死ぬだろうと」

「あぁ……」


 そうか、受付さんもそれを見抜いていたのか。


「やはり、アラタさんも?」

「まぁ……はい」

「アラタさんなら、それに気づいて離脱してくれると、信じていました。決して無謀な戦いを挑まないと」


 彼女は口元に笑みをたたえつつ、真剣な眼差しを俺に向ける。


「……すんません、かっこつけました」


 討伐記録が残ってないなら、ごまかそう。

 ジンを倒したことは、俺だけが知っていればいい。


「目くらましに一発でかいのを喰らわせて逃げたんですが、思いのほかすごい爆発でして、もしかしてそれで死んじゃったかもなー、と思って」

「ふふっ、それでもし相手を死なせたとしても、アラタさんに詰みはありませんよ。彼は特別討伐対象に指定されましたから」

「そうですか……」


 特別討伐対象……ジン、お前モンスター扱いされてたのかよ。


「そのことで仮にアラタさんを責めるような声があがったとしても、ギルドを上げてお守りしていたと申しておきます」


 真剣な表情でそう告げたあと、受付さんはふっと表情を緩めた。


「その心配もなさそうですけどね」

「ええ、どうやらそのようで」

「それはそうと、黒部刃たちと遭遇した場所を、窺ってもよろしいでしょうか?」

「あー、そうですね」


 受付さんが用意したダンジョンマップ上で、ジンを倒したあたりを教えておいた。

 適当にごまかしてもよかったけど、ジンの討伐記録がないことがどうしても気になったので、第三者に現場を調査してもらいたかったのだ。


 これは後日知らされたことだが、ジンとタツヨシの死体や所持品などは一切発見されなかったそうだ。

 俺と遭遇したときジンは自滅寸前で、俺が撃った一撃がきっかけとなって自爆。

 タツヨシもそれに巻き込まれたのだろう、という結論にいたった。


 シャノアが感知できなかった以上、あの場でジンが生き残っていた可能性はゼロだ。

 そこは断言できる。

 そうなると、なぜジンの討伐記録が残らなかったのか。

 ダークオーブの暴走で、ジンはすでに人じゃなかったのかもしれないけど、それなら未発見モンスターの討伐記録が残っているはずだが、それもない。

 となると、〈フレアブレット〉の威力が強すぎて、討伐ではなく環境破壊にジンが巻き込まれた扱いになったとか、かな?


 こればっかりはいくら考えても答えは出なさそうだ。


「ところで、黒いオーブを知ってますか?」


 俺が尋ねると、受付さんが眉を上げる。


「その話をどこで?」

「鵜川泰辰からです」

「っ!?」


 ヤスタツの名に、受付さんが息を呑む。


「実は先日、鵜川元議員から食事に誘われまして」


 そこでヤスタツに勧誘されたこと、黒いオーブの話を聞かされたことを話した。


「おそらくジンとタツヨシは、その黒いオーブを使っていたと思います」

「そこに鵜川元議員が絡んでいると?」

「間違いないと、俺は思いますけど」


 ここまで情報を与えておけば、少しは動いてくれるだろうか。


「難しいですね……」


 受付さんが、残念そうに呟く。

 証拠があるわけじゃないしな。


「やっぱり俺の証言だけじゃ、弱いですか」


 その言葉に受付さんは、一瞬目を見開いたあと、小さく首を横に振った。


「そうではありません。現在鵜川元議員は重体で、話をできる状態ではないのです」

「鵜川のジジイが重体? まさか、病気とかですか?」

「いえ、全身打撲です。何者かの暴行を受けたようですね」

「だれかにボコられたってことですか? あのジイさんが?」


 俺がダンジョンに潜ってるあいだ、地上でもいろいろあったようだ。

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