第23話 ジンの最期

「おっさん、第2ラウンドといこうやっ!!」

「速っ!?」


 言い終えるが早いかジンは高速で踏み込み、一気に距離を詰めてくる。


 ――ドゴンッ!


 なんとか一発、胸に当てることができたものの……。


「クハハッ!」


 ジンは痛がるそぶりも見せず、一瞬動きを止めただけですぐに迫ってきた。

 2発目を撃つ余裕はない。


「死ねオラァ!!」


 大ぶりのストレート。

 見え見えのモーションだが、スピードが尋常じゃない。

 威力に関しては、へたをすると〈疾風剣〉よりヤバいかも。

 つまり喰らえば死ぬ。


「ほいっ!」


 俺はそれを〈受け流し〉でなんとかいなした。


「せぁっ!」


 ストレートを受け流されて体勢を崩したジンに、ほぼ密着した状態から〈膝蹴り〉を喰らわせる。


「ごふっ!」


 みぞおちに膝蹴りを受けたジンが、腰を折る。

 そこへ胸に左の〈肘打ち〉を入れ、仰け反ったとところに右の〈正拳突き〉を喰らわせる。


「おらぁ!!」


 少し間合いが取れたところで、胴に〈足刀蹴り〉を入れた。


「ぐわぁーっ!」


 どれもが【武闘僧】のジョブスキルだ。

 ドラゴンを一撃で倒せるレベルの打撃を4発入れて、ようやく数メートル吹っ飛ばすのに成功する。


 そこでなんとか、ショットガンを撃つ余裕が生まれた。


 ――ドゴンッ! カシャッ……ドゴンッ! カシャッ……ドゴンッ!


 雷撃、火炎、氷雪とさまざまな属性を纏ったスラッグ弾がジンの身体を撃ち抜く。


「ぐふぉう……ふへへ……!」


 だが焼け焦げ、ただれ、あるいは凍り付いたジンの傷も、秒をおかず回復……いや、再生する。


「そりゃ反則だろ……」

「へへっ、チートだからなぁ!」


 ふたたびジンが襲いかかってくる。


「オラオラオラァ!!」


 力任せに殴る蹴るを繰り返すジン。

 そこには技術もくそもない。

 若くして〈疾風剣〉を得たジンは、戦闘技術とは無縁にただスキルのゴリ押しだけで成り上がったからだ。


「くっ! おわっ! ほいっ!!」


 ただ、圧倒的なパワーとスピードを前にすると、多少の技術は色あせてしまう。

 俺自身一応剣術やら格闘技やらの基礎は習っているし、そこに様々なジョブスキルを得てかなり強くなっている自信はあった。

 だがいまのところ、ぎりぎりのところで受け流すのに精一杯だ。

 これでジンに格闘技術があったらと、考えただけでぞっとする。


「死ねおりゃ――あぁっ!?」


 フルスイングで殴りかかろうとしたジンが、一瞬動きを止める。


「どっせーいっ!」


 その隙を突いて〈体当たり〉を喰らわせ、ジンを吹っ飛ばしつつ俺自身うしろに跳び退いた。


「シャノア、助かった!」


 シャノアが〈影縛り〉で、一瞬だけジンを止めてくれたのだ。


「次は無理だぞ」


 シャノアが冷たく言い放つ。

 不意打ちだからこそ成功した〈影縛り〉だが、警戒されては効果がないのだろう。


「わかってるよ。そろそろ決める」


 シャノアにそう告げ、俺は魔弾銃を取り出した。


「なんだおっさん、その骨董品はよ?」


 立ち上がったジンが、そう言って薄ら笑いを浮かべる。

 魔弾銃も、見た目は拳銃タイプのマスケットだからな。

 見た目はまさしく骨董品だ。


「お前の好きなチートアイテムだよ」


 チートでもなんでもないんだが、ジンにわかりやすく言うならこうなるかな。


 ――バスッ!


 引き金を引くと、オレンジ色の光球が銃口から飛び出した。

 サイズはせいぜい直径1センチ程度。


「はっ、こんなもん!」


 それを受け止めようと、ジンが右手を前に出す。


 ――バシュンッ!


 光球がジンの手に触れた瞬間、乾いた音とともに閃光が走った。


「はっ……?」


 ジンが驚きとともにまぬけな声をあげる。

 光が収まると、ジンの右腕は根本から消えていた。


「言っただろ、チートアイテムだって」


 俺が撃ったのは〈フレアブレット〉という、【銃士】レベル45で覚えたばかりのジョブスキルだった。

 対象に触れた瞬間、光球の周囲半径50センチほどを、超高熱で焼き尽くすというものだ。

 実際にどれくらいの温度かはわからないが、習得後にいろいろ試したところ、岩を蒸発させる程度のものだと言っておく。


 ――バスッ!


 続けて左脚に〈フレアブレット〉を打ち込む。


 ――バシュンッ!


「クソががぁーっ!!」


 左脚を失い、ぐらりと身体を傾けながらも、ジンは左腕を振るう。


「うわっ!?」


 まさかの〈疾風剣〉。

 こいつ、素手で飛ばせるようになったのかよ。


 ――バスッ! ……バシュンッ!


「ぐぁっ!」


 危険なので左腕も奪っておいた。


「さすがに今度こそ終わりだよ、ジン」


 失われたジンの手脚は、ものすごい勢いで再生している。

 だが、残念ながら生命力が足りない。


「魔石もない、タツヨシもいない。魔力切れでお前の負けだよ」


 生命力がある程度なくなれば、シャノアの〈影落とし〉に閉じ込められる。

 あとはうまいこと拘束できれば、討伐せずに終わらせられそうだ。


 ギリギリのところではあるけど、たぶんまだ間に合う。

 できればジンは、生きたままギルドに押しつけたい。


「ぐ……がぁ……まだだ……まだ終わらねぇ……!」

「どう考えても詰んでるんだよ。魔力の補充なしに、お前はこれ以上回復できない」


 するとジンは、ニタリと口を歪ませる。


「魔力ぅ? だったらなんぼでもあんだろぉがぁーっ!!」


 ジンが叫び、あたりの空気が震える。


「うわぁ、まじかぁ……!」


 ジンの手脚がみるみる再生していく。

 そして消耗するはずの生命力も、どんどん回復していった。


「いや、それはさすがにチートが過ぎるだろ」


 ジンはダンジョンに満ちる魔素を吸収し、生命力に換えていた。

 ここにきてさらにダークオーブのスキルが進化したらしい。

 それはタツヨシの命を吸収したせいだろうか。

 そのタツヨシがダークオーブでスキルを習得していたのも、関係しているかもしれない。


 ――バスッ! バスッ!


 とにかく〈フレアブレット〉を撃ちまくる。

 幸いジンの再生速度より、こっちが消し飛ばすペースのほうが早い。

 ただ、俺の魔力も無限じゃないから、早急に対策を……。


「しゃらくせぇええええぇっ!!!!」


 ジンのヤツが叫ぶと、周囲の地面がめくれ上がる。


「チートが過ぎるどころの話じゃないぞ、それは……!」


 めくれ上がった土やそこに生えていた雑草、あたりに生い茂る蔓草や斬り倒された木の枝葉が吸収され、ジンの手脚を形成していく。


 なんだろう、むかし見たアニメ映画みたいで、ちょっとワクワクした。


「ははっ! なんか大昔の映画にこういうのがあったなぁ!」


 ジンがそう言いい、俺に向けて腕を振るうと、草木のツルみたいなのがぐんぐん伸びて襲いかかってきた。


「大昔いうな! 俺の少年時代だぞ!!」


 俺はそう叫びながら〈フレアブレット〉を撃ちまくる。

 なんとか草木の腕を撃退はできるが、すぐに再生して襲いかかってくる。

 完全に形成が逆転した。


「はっはぁーっ! 楽しいなぁアラタぁっ!!」

「うるせぇ! さんをつけ――うぉあっ!?」


 一生に一度は言いたいセリフ第1位の言葉を遮られてちょっと不満だが、それどころじゃない。


「やばいやばいやばいやばい!」


 ジンは背中からさらに数本の腕を生やし、さらに勢いを増して襲いかかってくる。

 それをナントカかわしつつ、〈フレアブレット〉を撃つが、いよいよ迎撃も追いつかないぞ、こりゃ。


「ニャッ!」


 短い鳴き声とともに、襲い来る草木の腕が細切れにされる。


「シャノア、助かった!」


 なんとかそれで体勢を立て直し、距離を保つ。


「主、いつまで遊んでいる?」

「いや、遊んでないよ?」

「そのわりには、顔がニヤけてるが?」


 むむ、さっきのジンとのやりとりは、怖かった反面ちょっと楽しかったかも。


「さて主、そろそろ選択のときだ」


 ジンの猛攻は続いているが、シャノアがあっさりと撃退している。

 そうしながら、シャノアは俺に決断を迫った。


「ひとつ、儂がやる」

「なしだ」


 どうしようもなくなったら、さすがにプライド云々言わずシャノアに頼るけど、まだその段階じゃない。


「ひとつ、逃げる」

「うーん……」


 いまなら〈帰還〉で逃げられる。

 ギルドの転移室でも、自宅でも、なんなら異世界にでも。

 ジンのことは放っておいても問題ない。

 だったらこれが最良の選択なんだけど……。


「……なら、主が倒すしかないぞ?」


 俺が逃げるという選択を採れないと悟ったシャノアは、呆れたようにそう告げた。


「だな。覚悟を決めるよ」


 なんだかんだで、俺はジンのヤツを放っておけないらしい。

 それができるなら、最初から逃げてたって話なんだよな。


 我ながら面倒くさい性格してるよ、ほんと。


「シャノア、時間稼ぎを頼む」

「心得た」


 シャノアはそう言うと、ジンのほうへ駆け寄っていく。


「にゃははーっ! ネコチャーン!!」


 ジンのヤツが楽しそうな声をあげる。

 いよいよ頭もおかしくなってきたようだ。

 見ればジンの身体が、どんどん形を崩していた。

 恐怖や嫌悪より、憐れみを感じてしまう。


「ジン、俺が引導を渡してやるよ」


 俺があのとき〈疾風剣〉を譲らなければ、ジンのヤツはもっとましな冒険者になったのかもしれない。

 それは俺が気に病むことじゃないんだろうけど、どうしても頭から離れないことでもあった。

 そんな自分の気持ちに決着をつけるためにも、あいつには俺がトドメを刺してやろう。


「まさか戦闘でこいつに頼るとはね」


 そう呟きながら、俺は魔神の腕輪を取り出し、身に着けた。

 いま装着しているのはグリフォンの魔石だったか。

 なんにせよ、効果は充分だ。


 魔弾銃を構え、魔力を注ぐ。


「シャノア!」


 俺の合図を受け、シャノアが影に沈む。


「キャハハッ! アラタァーッ!!」


 シャノアが消え、俺の姿を認めたジンが、無邪気な子供のように叫ぶ。

 視線の先、破壊と再生を繰り返したジンは、もう原型を留めていなかった。

 岩だか木だかよくわからん物体に触手のようなものが生え、その中心にかろうじてジンとわかる顔が見えるくらいだ。


「じゃあな、ジン」


 ――バスッ!


 引き金を引いた瞬間、視界が闇に染まる。


「ふむ、ここらでいいだろう」


 真っ暗闇のなかでシャノアの声が聞こえたかと思うと、俺は小高い丘の上に立っていた。

 シャノアの〈影落とし〉と〈影移動〉で、ジンから距離を取ったのだ。


 ――バシュンッ!


 遠くにオレンジ色の閃光が見える。

 ジンがそれに包まれているのがわかった。

 薄暗い森に現れたその光は、夕暮れどきの太陽に見えた。


「ジン……」


 思わず名を呟く。

 数秒で光は収まり、あとにはなにも残っていなかった。


「主、どうする?」

「見にいこう」


 ジンが確実に死んだのだと、確認しておきたかった俺は、シャノアに頼んで元いた場所に戻ってもらった。


「すごいな、こりゃ」


 半径100メートルほどが焼け野原になっていた。

 こうなったところで、何日かすれば元に戻るんだろうけど。


「シャノア、どうだ?」

「……気配は、ないな」


 シャノアにあたりの気配を探ってもらったが、ジンの反応はなかった。

 シャノアが感じ取れない以上、死んだと考えてよさそうだ。


「ん、なんだありゃ?」


 その焼け野原に、ぽつんと荷物の山ができていた。

 せいぜいカバンひとつをひっくり返した程度の量だが、なにもない荒野にあっては不自然だ。


「……タツヨシのか」


 荷物をあさると、タツヨシの冒険者カードがあった。

 たしかあいつのカードはギルドが保管していたはずだけど、わざわざ奪ってきたのか?

 他にもポーションやちょっとした携行食、生活雑貨などがあった。


「そうか、あのとき死んでなかったのか」


 ジンに生命力を吸い取られたとき、タツヨシはまだかろうじて生きていたのだろう。

 その後の激闘に巻き込まれながらも奇跡的に生き延びたが、最後の〈フレアブレット〉で死んでしまった。

 そして〈収納〉に入っていたものが、外に出てきたようだ。


「最後まで世話焼かせやがって」


 しょうがないのでタツヨシの荷物は、俺が〈収納〉しておいた。


「なぁ主」

「なんだ?」


 タツヨシの荷物を〈収納〉し、荒野の真ん中でぼんやりしていると、シャノアがふと声をかけてきた。


「主はなぜ、戦ったのだ?」

「なぜって……そうだな」


 ジンとタツヨシは、どうやらダークオーブに身体を蝕まれているようだった。

 体力や魔力、生命力とは別に、なんというか魂そのものが失われていく、そんな感じがしたのだ。


 あのまま放っておけば、半日かそこらで自滅していただろう。

 さっきタツヨシの荷物を確認した中に、転移ギアはなかった。

 なら、ここからダンジョンを出るまでに、あのふたりはきっと死んでいたに違いない。

 仮にダンジョンを出ても、せいぜいひと暴れして終わりだ。


 補佐官がやられたと言っていたし、どうせ転移箱は止められている。

 ならダンジョンの出入り口から人里に降りるまで生き延びられたかどうか。

 さすがにギルドから通知も来ているだろうし、休憩施設に残っている冒険者はいなかったはずだ。


 つまり、あのふたりを放置してさっさと〈帰還〉する、というのが、最善の選択だったに違いない。


「なんでだろうな、俺自身もよくわからんけど……」


 俺はジンとの戦いを思い出していた。

 危なかったけど、それ以上に楽しかった。

 いま思えばジンも、それを望んでいたのかもしれない。

 あいつ自身、自分の命が長くないのを自覚していたんだろう。

 だから最後に1回、派手に遊びたかったんじゃないだろうか。


「ま、たまには童心に返って遊ぶのも悪くないってことかな」


 正直、ジンの心境なんてわからないし、どうでもいい。

 なんとなく俺の気持ちに踏ん切りもついたし、それでよしとしよう。


「ふむ、儂にはわからんな」

「そうか?」


 しれっとシャノアが言ったので、俺は〈収納〉から猫じゃらしを取り出した。


「ニャッ!」


 軽く振ってやると、シャノアがそれに飛び付く。


「あー……」


 直後、俺の視線に気づいたシャノアは、気まずそうに猫じゃらしを放した。


「そういうことだよ」

「ふむ、よくわかった」


 シャノアは冷静な口調でそう言いながらも、ごまかすように毛繕いを始めた。


「はぁ……そろそろ戻るか」


 これからのことを考えると憂鬱だが、とりあえずギルドに報告しないとな。

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