第22話 チートスキル
俺の前に現れたジンは、真っ赤なツナギに黒いロングソードという出で立ちだった。
タツヨシは白銀の全身鎧と大盾。
品質は中の下ってところかな。
ただし、ダンジョン産アイテムにしては、だが。
最高品質のオーダーメイドには少し劣るが、既製品に比べたら相当いいものだ。
まったく、どこで手に入れたんだか……。
「元気そうじゃないか、ジン」
俺が声をかけると、ジンのやつはロングソードを肩に担ぎ、不適に笑った。
「オレもチートを手に入れてよ。地獄の底から舞い戻ってきたぜ」
チートってのは、ダークオーブだろうな。
〈鑑定〉すると〈自然治癒〉と〈魔力吸収〉が増えている。
どちらも微妙なスキルだが、ダークオーブともなると失った手脚が生えてくるほどの効果があるみたいだ。
タツヨシの〈自然治癒〉も、おそらくダークオーブだな。
なんとなくわかる。
とはいえオレ『も』ってなんだよ、『も』って。
俺のジョブはズルじゃないぞ。
異世界準拠ではあるけれども。
「それにしても奇遇だな。散歩か?」
「バカ言え! お前を探しに来たんだよ、アラ――グギャッ!?」
意気揚々としゃべり出したタツヨシだったが、ジンに蹴飛ばされた。
「ぐほぁっ……!」
タツヨシは数メートル吹っ飛び、大木に激突する。
さすがダンジョン産の鎧だけあって、へこみひとつないけど、中のタツヨシはえらいことになってるぞ。
「タツヨシ、てめぇは黙ってろ」
「げほっ……ごほぉ……ずんばぜん……」
口と鼻から盛大に血を吹き出したタツヨシは、ジンに蹴飛ばされた衝撃で骨が砕け、内臓がいくつも損傷してた。
「ぐぶぅ……うぅ……!」
そんな酷い状態なのに、タツヨシのやつは俺に恨みがましい視線を向けてよろよろと立ち上がる。
「おいおい、嘘だろ……」
タツヨシの傷がみるみる治っていくのがわかった。
そのわりに生命力の消費が少ない。
ダークオーブってのは、こうもヤバいものなのか。
「それで、俺になんの用だ?」
「てめぇを殺しにきたに決まってんだろ?」
まぁ、そうだよなぁ。
「鵜川のじいさんに頼まれたか?」
「ああ、それもあるが……てめぇに負けたままじゃオレの気が治まらねぇ!!」
「うわっと!」
ノーモーションからの〈疾風剣〉。
〈クイック〉で反応速度を上げてなけりゃ、危なかったぞ。
「はっはー! やっぱおっさんはおもしれぇな! 補佐官なんぞよりよっぽどやりがいがありそうだぜ」
「ジン、補佐官をどうした?」
「ぶっ倒してやったぜ、あんなロートル」
まじかよ、あの人Sランク相当だろう?
引退したとはいえ、まだAランク上位の実力はあるはずだ。
「まさか、殺したのか?」
「どうかな。生きてんじゃねーの? しぶとそうだし」
「おわっと!」
またも〈疾風剣〉が飛んでくる。
ほんとせわしないヤツだ。
「まったく、勘弁してくれよ!」
咄嗟に身体をひねり、サバイバルナイフを取り出す。
すんでの所で、ジンの剣を防いだ。
またもタカシに助けられたな。
「へへっ、オレを止めたきゃな、殺すしかねぇぞ?」
つばぜり合いをしながら、ジンが顔を近づけてそう告げる。
「このやろっ!」
ジンの脇腹に左のショートフックを食らわせる。
「げはぁっ!」
これも〈正拳突き〉の派生だ。
〈インパクト〉と同じ効果を持つ打撃に、ジンの身体が吹っ飛ぶ。
筋肉を引きちぎり、骨を砕き、内臓を潰す感触が拳に伝わってきた。
普通なら致命傷だ。
「ぐふっ……! ふへへ……いいぜぇ、おっさん……!」
数メートル先で立ち上がったジンは、口から血を吐きながらも嬉しそうに笑っている。
これは本当に、殺さなきゃ止まらないかもな。
「ほんと、勘弁してくれよ……」
こんなご時世だ。
討伐記録に人間を加えた冒険者ってのは、モンスター扱いされる。
たとえどんな理由があろうと人殺しは認めない。
まして冒険者ならなおさら。
そんな考えの人たちが、一定数いるのだ。
そんな連中に限って、声が大きいからタチが悪い。
やむ得ない事情で人をあやめた冒険者が、いないわけじゃない。
裁判で正当防衛が認められ、無罪が確定したとしても、そんなものは関係ないとばかりに責められる。
危険分子として迫害される。
ギルドも保護しようとしてくれるが、万全とは言いがたい。
地球にダンジョンができてわずか10年、冒険者が公的に認められたのはさらにそこから数年遅れている。
制度として、まだ未熟なのだ。
この先も日本で生活するなら、人殺しは避けたいんだけどな。
「主、儂がやろうか?」
足下のシャノアが、尋ねてくる。
たしかにシャノアなら、証拠を残さずに人を殺せるだろう。
「それこそ勘弁してくれ」
でも飼い猫にそんなことさせたとあっちゃあ、飼い主失格だろ。
神獣で【忍者】のジョブを持つシャノアは、地球においても異世界においても、この上なく貴い存在だ。
俺はそんなすごいヤツから、唯一『主』と呼ばれる男なんだぜ?
なら主として、飼い猫に汚名を着させるような真似は認められない。
「こいよ、ジン」
すっかり回復したジンに向けて、自動小銃を構える。
逃げるという選択肢もあるけど、それは最後まで取っておこう。
冒険者としてジンを育てた責任を俺が負わなくちゃいけないってことはないだろうけど、だからといって無視もできないしな。
やれるところまでやってやるさ。
「はっはー! そう来なくっちゃよぉ!!」
踏み込もうと身構えるジンに向かって、自動小銃をフルオートにして引き金を引く。
――ダダダダダッ!
「ぎゃあああーっ!!」
銃数発の銃弾がジンに命中した。
魔力を纏った銃弾は、ダンジョン産のツナギを突き破り、ジンの身体を傷つける。
皮膚を裂き、筋肉を貫き、骨を砕いて内臓を破壊する。
「ぐふぅ……ごぼぉ……ぐへへ……」
ジンはボロボロになりながらも、笑っていた。
マゾかよ。
あれだけの傷を受けながらも、ジンの傷はみるみる回復していく。
だが、それも無限というわけにはいかない。
効率よく傷を癒す〈自然治癒〉だが、それでも生命力は消費するのだ。
このまま痛めつければ、ジンのヤツは戦闘不能になるだろう。
そこを捕縛できれば……。
「タツヨシぃー! 魔石よこせぇー!!」
「は、はひぃ!!」
血まみれで叫ぶジンに怯えながら、タツヨシが密度の高い拳大の魔石を取り出した。
ポーチ……いや〈収納〉か。
「させるか!」
――ダダダッ!
タツヨシが投げた魔石を撃ち落とす。
よくわからんが、あれをジンに渡すのはマズい。
「直接もってこいやぼけぇ!!」
「わ、わかりましたぁ!」
頭ごなしに命令されたタツヨシは、慌ててジンに駆け寄っていく。
――ダダダダダッ!
「ひぃいぃっ!!」
妨害すべくタツヨシを撃ったが、大盾で防がれてしまう。
さすがにあれを貫くのは難しいか。
「おせーんだよバカが!」
「すんません!」
タツヨシから魔石をひったくったジンの身体が、淡く光る。
すると、消耗されていた生命力が回復するのがわかった。
「なるほど〈魔力吸収〉か」
これまたおまじないスキルが、えらく進化したもんだ。
「そういうこった! オレぁ死ぬまで戦い続けんぞ!!」
そう言いながら、〈疾風剣〉を飛ばしてくるジン。
「おおっと!」
かわしたあと、しばらくすると背後から木々の倒れる音が聞こえてくる。
こりゃ一発でも喰らったらオダブツだな。
「オラオラオラァ!!」
ジンが連続で〈疾風剣〉を放ってくる。
――ダダダダダッ!
それをかわしながら銃を乱射するが、ジンは避けるそぶりも見せずにひたすら反撃してきた。
身体がボロボロになろうと、すぐに再生するから問題なしとでも言わんばかりに、ただ攻撃だけに集中しているようだ。
いくら傷が治るとはいえ、痛いものは痛いだろうに。
「死にさらせぇ!!」
ジンが高速で踏み込み、接近してくる。
――ドゴンッ!
銃をショットガンに持ち替え、迎え撃つ。
「ぐぼはぁっ!!」
どてっ腹に穴を空け、血を吐きながらも、ジンは攻撃をやめない。
「ほんと、死ぬまで襲ってくる気かよ!」
「そう言っただろ、おっさん!」
さすがに12ゲージのスラッグ弾を受けて平然とはできないらしく、ジンがノックバックされた隙を狙って間合いを取り、さらに攻撃を加える。
マック銃砲店で買った予備のショットガンにも銃弾を詰めていたので、気にせず攻撃を続けられた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
さすがのジンも、数十発のスラッグ弾を受けては息切れを禁じ得ないようだ。
ツナギはほぼ原形を留めて折らず、急速に回復したせいか身体のあちこちが歪に歪んでいた。
動きも悪くなり始めている。
「ひぃ……ひぃ……」
ジンのそばに控えるタツヨシは、戦いの余波で兜を失い、鎧の装甲もいくつかが欠けていた。
いまは必死で盾に身を隠している。
こいつを殺さないように気を使うのも、正直しんどい。
「タツヨシぃ! 魔石だせ!」
「も、もうありません!」
どうやら打ち止めらしい。
「んだとぉ!?」
――ドゴンッ!
ジンがタツヨシに目を向けた瞬間、ショットガンを撃つ。
――バキンッ!
「あぁ?」
ジンのロングソードが、折れた。
何度も攻撃を加えていたが、ようやく武器破壊に成功したようだ。
「ジン、お前の負けだよ」
武器もなく魔石もない。
いくら戦闘能力に優れていようと、〈疾風剣〉のないジンはそれほどの脅威じゃない。
あと少しは戦えるだろうけど、それももう長くない。
「シャノア、どうだ?」
「あと少しだな」
もう少し弱らせれば、シャノアの〈影落とし〉で拘束できるようだ。
できればタツヨシだけでも拘束したかったが、あのダンジョン産の鎧や盾が邪魔だったらしい。
便利な【忍者】スキルだが、万能ではないのだ。
「まだだ……まだ楽しもうや、おっさん!」
ジンはそう叫ぶと、タツヨシの頭を掴んだ。
「ぎぇっ!?」
指先が、頭蓋骨に食い込んでいる。
「あ……あああぁぁぁ……」
まずい、タツヨシの生命力がジンに流れ込んでいる。
――ドゴンッ! カシャッ……ドゴンッ! カシャッ……ドゴンッ!
さすがにヤバそうだと、トドメを刺す勢いでジンに向けてショットガンを撃ちまくる。
「ククク……」
だが魔力を纏った銃弾は、ジンがかざした手によって受け止められた。
「あ……ぁ……」
タツヨシの身体は干からびて痩せ細り、枯れ木のようにパタリと倒れた。
「クハハハハッ! なるほど、最初からこうすりゃよかったのかぁ!!」
対してジンのヤツはいま、生命力に満ち溢れていた。
ここへ現れたときより、何倍も強くなっているようだった。
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