第18話 お買い物

 翌日、俺はシャノアを連れて地球の自宅に〈帰還〉した。


 セイカのことはアイリスに任せてある。

 昨日の探索で【銃士】レベルも16まで上がり、基礎的な戦闘力は身に着けたので、今後は【武闘僧】のレベルアップに励んでもらう。

 素手で戦えるうえ、自分への回復や支援ができるジョブなので、自衛に最適だからだ。

 それ以降は、ふたりで相談して自由に活動してもらうことにした。

 念のため、セイカにはシャノアの〈影分身〉をつけてある。


「まずはマツ薬局だな」

「主、スイスイか?」

「ん? そうだな、スイスイでいこうか」


 シャノアの要望もあり、スクーターで町を走る。

 お金に余裕もできたし、次はバギーでも買うかな。


「うむ、風が気持ちいいな」


 俺の膝に乗るシャノアは、満足げだった。

 姿を表しているシャノアだが、〈隠身〉を使っているのでよほど勘のいい人でないと存在に気付けない。

 ただカメラには映ってしまうので、そこは少し気をつけなきゃいけないけど。


「自分で走るほうが速いだろ?」

「それとこれとは話が違うのだ」

「そういうもんか」


 そうこうしているうちに、マツ薬局に到着した。


「おやっさん、どうも」


 おやっさんの姿を見つけ、声をかける。


「おう、アラタ! セイカとはどうだ?」

「まぁ、なんとか。それよりこれ、セイカから」

「おっ、手紙か。今時めずらしいな」


 おやっさんは封を開けて手紙を読み、少し眉を寄せた。

 セイカからは、しばらく帰れないこと、安全であること、スマホでの連絡ができないことなどを伝えておきたいと言われ、手紙を預かっていたのだった。


「……なにがあった?」

「鵜川元議員がらみで、念のため」

「ふん、あのボンクラめ」


 ボンクラ、というはヤスタツのことだ。

 本人が知っているかどうかはともかく、地元ではそう呼ばれていた。

 ヤスタツの父親、つまりタツヨシの祖父に当たる人物もまた政治家で、その人がかなり優秀だったらしい。

 それに比べて二世はボンクラだな、というのが地元の評判ってわけだ。

 一度は入閣し、たしか旧労働大臣も務めたから、それなりに優秀だとは思うんだけどね。

 それでも俺らの親以上の世代からは、なかなか評価してもらえないようだ。


「セイカは、安全なんだな?」

「ええ。俺を信じてください」

「わかった、信じるぜ」

「おやっさんのほうは大丈夫ですか?」

「いまのところな。まぁなにがあってもあのボンクラにやられるほど、俺ももうろくしちゃいねーよ」

「ですよね」


 マツ薬局は周辺に利用客も多いし、おやっさん自身顔も広い。

 なのでヤスタツも、進んで敵に回すような真似はしないだろう。

 そういう意味ではセイカもほぼ安全なんだけど、念には念をってやつだ。

 こういうところで油断すると、足下をすくわれるからな。


「アラタ、ちょっとこい」


 おやっさんに呼ばれて、バックヤードに入る。


「ちょっと待ってろ」


 おやっさんはそう言い残して、奥に消えていった。

 あそこはたしか、医薬品倉庫だったか。


「よいせっと」


 ほどなく、おやっさんがいくつかのケースを持って戻ってきた。


「それは?」

「セイカから、アラタに渡してくれってよ」

「俺に?」


 ケースを開けると、そこにはポーションの小瓶がぎっしり詰め込まれていた。


「ヒールポーションが2ダース、マナポーションとキュアポーションがそれぞれ1ダース、ライフポーションが3本だ」

「えっ、こんなに?」

「遠慮する必要はねーぞ。代金はしっかりいただくし、ライフポーション以外の在庫はたっぷりあるからな」

「いや、代金はもちろん払いますけど、在庫がたっぷりって……」


 俺が尋ねると、おやっさんは呆れたようにため息をついた。


「こりゃアラタのせいだからよ」

「俺の?」

「ああ、お前さんがいないあいだ、セイカのやつは大変だったんだぜ?」


 なんでも俺が行方不明になったと聞いたセイカは、数日部屋に閉じこもっていたらしい。

 ようやく出てきたと思ったら、今度は店の作業場に篭もって、ひたすらポーション作成を続けていたそうだ。


「あのバカ、とんでもねぇペースでポーションばっか作りやがって。おかげで薬品倉庫が一杯だったんだよ」


 いくら在庫があるからといって、ポーションは安売りができない。

 困っていたところにセイカからの手紙を受け、渡りに船とばかりに持ってきたそうだ。


「セイカはなんて?」

「渡せるだけ渡してくれってよ」

「そうですか」


 ポーションなんていくらあっても困らないからな。

 ありがたく買わせてもらおう。

 あと、あっちに戻ったらあらためてお礼を言わないとな。

 心配かけたことも、もう一度ちゃんと謝っておこう。


「アラタ、金はあるか? なんならツケといてやるぜ?」

「大丈夫ですよ。運よくスキルオーブを見つけたんでね」


 スマホを出し、ウォレットアプリを立ち上げる。

 今日付けで1億数千万円が振り込まれていた。


 その場でポーションを〈収納〉し、カウンターに戻って代金を支払う。

 数百万円も、いまの俺にとっては大した額じゃない。


「アラタ、セイカのこと、頼んだぜ」

「まかせてください」

「それと、結婚式なんだが」

「いや、気が早いですって。落ち着いたらゆっくり話し合いましょう」

「わぁーったよ。だがちゃんと考えとけよ」

「考えてますよ、ずっと。じゃあまた」


 そう言い残して、マツ薬局をあとにした。


○●○●


 マツ薬局を出た俺は、ふたたびスクーターを走らせ、今度はガンショップを訪れた。

 いまやホームセンターの一角に銃が置かれる時代だが、ああいう店が扱えるのは拳銃までだ。

 自動小銃やショットガンを使う俺は、もっぱら専門店を愛用している。


 というわけでやってきたのが『マック銃砲店』だ。

 ここはダンジョン発生前から猟銃を扱っていた、由緒あるガンショップなのだ。


「どうもー」


 声をかけながら、店のドアを開ける。

 こういう個人店みたいなところって、入店時に挨拶しがちなんだよな。


「いらっしゃい」


 奥から、物腰の柔らかい中年男性が現れる。


「やあ、アラタさんでしたか」


 メガネに無精ひげのひょろっとしたこの男性は、店主のサカイさんだ。

 どこにでもいそうな普通のおじさんだけど、銃の知識や扱いに関しては右に出る者のいないエキスパートだったりする。


「聞きましたよ。大変だったそうで」

「ええ、おかげで弾がカツカツですよ」

「はははっ、じゃあいつもの種類を多めに用意しますね」

「それなんですが、いっそ倍くらい用意できます?」

「ええ、大丈夫ですけど……」

「大変だったぶん、稼げたんですよ」

「なるほど」

「なので、予備の銃も買っておこうかな」


 そう言って俺は、9ミリのオートマティックと自動小銃、ショットガンを5丁ずつ買った。

 拳銃と自動小銃に関しては、マガジンも多めに買っておく。


 これらは異世界にいるアイリスたち渡すぶんだ。


 本当は先に買って帰る予定だったが、いろいろあってタイミングがずれてしまった。

 これがあれば、異世界でかなり有利に戦えるからな。


「それと、たいぶつだんあります?」


 対物弾とは、大量生産されたものではなく、ダンジョン産の資源を〈鍛冶〉スキルなどで加工して作られる、ハンドメイド弾のことだ。

 元はアンチ・マテリアルの意味で使われた『対物』だが、モンスターの和名が魔物や怪物になるので、その『物』を指してアンチ・モンスターの意味で使われるようになった。


 対物弾は魔素含有量が多く、ダンジョンモンスターにも有効なのだが、とにかく生産量が少ないうえに高い。

 9ミリ弾1発で、ダンジョンでも通用する短剣が買えるし、2~3発分で普通に長剣も買えるわけだから、本当に需要がないんだよ。


「あー、対物弾はさすがに取り寄せですね」


 まぁ、ほぼ受注生産だからな。


「じゃあ、とりあえず9ミリと12ゲージのスラッグ弾、できるだけ多めにお願いします」

「わかりました」

「定期的に買いたいので、店頭に置いてくれると助かります」

「……なんとかしましょう」


 対物弾は以前からほしいと思ってたけど、高すぎて手が出なかったんだよな。

 必要になるかどうかはわからないけど、持っておいて損はないはずだ。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「はいはい、またきてくださいねー」


 マック銃砲店を出た俺は、適当に昼食を取ってギルドに向かった。

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