第13話 事情聴取

 翌朝、朝食の準備をしていると、顔を洗ったセイカがリビングに入ってきた。


「セイカ、おはよう」

「ん、おはよう」


 まだ眠そうにしているが、ベースメイクまでは終わらせているようだ。


「なぁアラタ」


 適当に作ったベーコンエッグとトースト、インスタントスープをテーブルに並べていると、セイカが声をかけてきた。


「なに?」

「あたしはゆうべ、本当の幸せってやつを知っちまったぜ……」


 セイカが恍惚とした表情で呟く。


「25年の人生で、はじめての経験だった……あんなすばらしい世界があるなんて、あたしは全然知らなかったぜ……!」

「……いくらなんでも大げさすぎじゃないか?」


 俺が軽くつっこむと、セイカはカッと目を見開いて俺を見た。


「大げさなんかじゃねーぜ! だって、あたしが寝てたらネコチャンが……シャノアがおなかに乗ってきたんだぜ!?」

「うむ、よい寝心地だったぞ、セイカ」


 セイカの言葉に、ひょいと現れたシャノアが答えた。


「でも、おなかに頭を乗せるのはいいけど、胸の上にどっかり乗られるのはちょっとしんどかったぜ」

「セイカの身体は主と比べて柔らかかったのでな、許せ」

「くっ……そう言われると、恥ずかしいけど嬉しいぜ……!」


 そうなんだよな……シャノアのやつ、昨日はずっとセイカにくっついて寝てたんだよ。

 この浮気者め。


「はいはい、じゃあさっさと朝メシ食べちまいな」


 3人分の朝食を並べ終えた俺は、セイカの隣に座る。


「シャノアも同じもの食べて大丈夫なのか?」

「ああ、神獣はなに食っても大丈夫だ」

「どうせなら美味いものが食いたいのでな。デザートにちゅるちゅるを頼むぞ、主」

「はいはい」


 朝食のあと、身支度を整えた俺たちは、ギルドに向かった。


○●○●


 セイカを連れてギルドに入ると、なにやら周りがざわつき始めた。


「おい、あれってマツ薬局の……」

「なんでアラタさんと?」

「昨日なんか事件あったらしいよ?」

「いや、あのふたり付き合ってんじゃないの」

「それはねーわ、絶対ねーわ」

「お店で仲よさそうに話してるの、結構見かけるけど」

「なんだと? ゆるせん……!」


 とまぁ、いろんな声が聞こえてくる。


 この町だとマツ薬局を利用してる冒険者はかなり多いし、セイカはそこの店長だからな。

 実は有名人だったりするんだよ。


 ――俺たち婚約しました!


 なんて言ったら、暴動が起きるかもしれない……。


「いらっしゃいませ、アラタさん。補佐官がお待ちです」


 受付さんに案内され、会議室に入る。


「おう、きたか」


 会議室には、補佐官の他に、見覚えのないスーツ姿の男性がふたりいた。


「お嬢さんもよくきてくれた。とりあえず座ってくれや」


 補佐官に促され、俺たちは席に着く。


「補佐官、そちらのおふたりは?」

「あー、それについてはあと回しだ。とりあえず夕べの件の報告頼むわ」


 謎のふたりは気になるが、とりあえず俺は昨日のことを補佐官に話した。

 内容はほぼ同じ。

 ときどき補佐官から質問が入り、それに答えることでこまかいところを補足した。

 その様子を、受付さんはものすごいスピードでタイピングし、PCに記録していく。

 ボイスレコーダーでの録音も、同時におこなっているようだ。


「よし、アラタはこんなもんでいいだろう。じゃあ次はお嬢さん、いいかい?」

「ああ、問題ないぜ」


 それからセイカも、昨夜のことを話した。

 といっても、帰ろうとしたらタツヨシに攫われそうになったこと、そこにジンがいたことくらいで、あとのことはよく覚えていないと説明する程度だった。

 補佐官からいくつか質問もあったが、よく覚えていない、そうだったような気がする、くらいの答えに留まる。


「よし、いいだろう。協力ありがとうな、お嬢さん」


 だがそれで充分と、補佐官は判断したようだ。


「というわけで、彼女への事情聴取はこれで終わりってことでいいかい?」


 補佐官がスーツのふたりに尋ねる。


「セイカさんの証言については、のちほど文書でお渡しします」


 受付さんがそう言うと、ふたりは顔を見合わせたあと、無言でうなずいた。

 ということはこのふたり、警察関係者か?

 俺はともかく、一般市民のセイカは警察の事情聴取を受けなくちゃいけないからな。

 これで免除されるってんならラッキーだ。


 というかこのふたり、わざわざこのために呼び出されたの?


「というわけで、そちらのおふたりさんからアラタに聞きたいことがあるそうだ」


 ……と思ったらどうやら別件で用があるらしい。


「我々はこういう者です」


 ふたりはそれぞれ名刺を渡してきた。


「これはご丁寧に」


 どうやら県警本部の人らしい。

 俺が名刺を受け取ると、警察手帳を開いて見せてくれた。

 インテリメガネの新川にいかわ警部補と、がっちりマッチョなます巡査部長ね。

 彼らはともに県警所属の刑事とのことだった。


「それで、話というのは昨日の件ですか?」

「まぁ、昨日の件といえば昨日の件ですね」


 新川警部補はそう言って、クイッとメガネを上げる。


「総合病院から消えた奥村隆について、うかがいたいのですが」


 おっと、そっちか。

 そしてこれについても冒険者案件のせいか、受付さんが記録を取っている。


「タカシが消えたというのは、どういうことですか?」


 連れ去った犯人は俺なんだけどね。


「昨日の夕方5時ごろ、Cランク冒険者の奥村隆が、病室から消えたんですよ。忽然とね」

「俺が見舞いに行ったときは、いましたけどね。たしかそれくらいの時間だったと思いますけど」

「ええ。あなたが病室を出てしばらくのち、看護師のひとりが様子を見に行ったところ、いなくなったとのことです」

「つまり君が、奥村隆と最後に会った人物というわけなんだよ」


 増田巡査部長が、凄みを利かせた声でそう告げる。

 まぁ、警察から事情を聞かれることは想定済みだ。


「それで?」

「そのときに、変わった様子はありませんでしたか?」

「変わった様子? あんな変わり果てた姿になって……普通じゃいられないでしょうよ」


 あのときのことを思い出し、ついイラつくように言ってしまう。


「アラタ……」


 隣に座っていたセイカが、優しく手を重ねてくれた。

 それで少し、冷静になる。


「それで、俺がなにか疑われてるんですか?」

「……いや、防犯カメラの映像を解析した結果、君はひとりでやってきて、一人で帰ったことが確認されている。転移系や隠蔽系のスキル使用も、確認できなかった」

「そうですか」


 そのための小細工は、しっかりとさせてもらったからな。

 それにしても……。


「いまさら、捜査ですか」

「なんですって?」

「タカシの状況は知っているでしょう? あれは人の手でやられた傷だ。なのに警察は、一度もタカシのもとを訪ねなかったと聞いてますけどね」


 俺がそう言うと、ふたりは不機嫌そうに眉を寄せる。


「それについては我々も不本意ですよ。捜査をしていいというなら、すぐにでも始めますけどねぇ」


 新川警部補はそう言うと、補佐官を睨みつけた。

 増田巡査部長も同様に、刺すような視線を向けている。


「待ってくれ、まさかギルドが警察の捜査に介入したと言いてぇのか?」


 驚いたように補佐官が言うと、ふたりの刑事も意外そうな表情を浮かべた。


「タカシの件については怪しい部分もあるんでな、ギルドで独自に調査を進めていた。だが警察の捜査に口を出すような真似はしてねぇぞ」

「そう、ですか」


 補佐官の言葉に、新川警部補がため息をつく。

 冒険者ギルドは、タカシの件については介入はしていない。

 だがなにかしらの圧力はあった。


「鵜川泰辰……」


 俺がぼそりとつぶやくと、ふたりの刑事と補佐官、そして受付さんが、いっせいにこちらを見た。


「なぜ、それを……?」


 新川警部補が、驚いたように尋ねてくる。

 いかん、余計なことを言っちまったか。


「いや、その、タカシの件はどう考えてもジンが怪しいでしょう? そのジンは、どうやらタツヨシとつるんでいるらしい。その筋で警察に圧力をかけられるとしたら、タツヨシの父親かなって」


 俺の言葉に、全員が納得したようだった。

 よかった、とっさの言い訳が通用して。


「やはり、鵜川元議員が……」

「そうだよなぁ……やっぱそこだよなぁ……」


 新川警部補と補佐官はそう呟くと、顔を見合わせて苦笑する。


「鵜川元議員の周辺で、不自然に人が消えているんですよ。そこに黒部刃が関わっているのではないかと調べてはいたんですが……」


 元議員でいまなお各方面にかなりの影響力を持つ権力者だ。

 県警の上層部にだって、顔が利くのだろう。


「タカシの件はどう考えてもジンのやつが怪しい。だがAランク冒険者が対象となると、上も及び腰になりやがってよ。こそこそ調べてたら、鵜川元議員とのつながりが見えてきたんだが……」


 こっちはこっちで、Aランク冒険者が絡んでいる。

 なにかと優遇される存在だし、なにより高ランク冒険者が犯罪に関わったとなると、ギルドの名声にも影響するからな。


「お互い苦労しますね」

「まったくだ」


 新川警部補と補佐官は、それぞれ呆れたように笑い合った。


 そこから両者で非公式の情報交換がおこなわれ、その場は解散となった。


「おつかれ、セイカ」

「ああ、ほんと疲れたぜ……」


 ギルドを出たところで、セイカが大きなため息をついた。


「なんだかキナくせぇ話になってきたな」

「まったくだ、面倒くさい」


 ただ、警察の中にもヤスタツをなんとかしたいと思っている人がいるとわかったのは、収穫だった。


 このことは、覚えておいたほうがいいだろう。

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