第12話 セイカ大好きおじさん

 警察官がいなくなるのと入れ替わるように野次馬が増え始めたので、俺はさっさとセイカを連れて自宅に〈帰還〉した。


「便利だな、〈帰還〉スキルって」


 一瞬で玄関に着いたところで、セイカが感心したように呟く。


「ああ、そうだな。こいつのおかげていろいろ助かってるよ」


 ほんと〈帰還〉がなければ、地球には帰ってこられなかったからな。

 向こうでの生活も悪くないたけど、セイカに会えないっていうのは正直つらい。


「なぁ、アラタ……」


 セイカがもじもじと尋ねてくる。


「これって、その、嫁入りってことで、いいのか?」


 セイカはできるだけ平静を装っているけど、顔が真っ赤だ。

 勇気を出して、聞いてくれたんだよな。


「あー、なんというか、その前にいろいろ話さなくちゃいけないことがあるんだ」

「いろいろ?」

「ああ。たとえば……シャノア」

「呼んだか?」


 俺が呼ぶと、影からシャノアがぬっと現れた。


「うわぁっ! ネコチャン!?」

「おおっと」


 驚きのあまりセイカが転びそうになったので、慌てて支えてやる。


「それに、いま、しゃべって……?」

「とまぁ、こんな感じでいろいろ聞いてもらう必要があるんだよ」


 まだ驚きの治まらないセイカを宥めつつ、俺は彼女を連れて家に入った。


「さて、なにから話そうかな」


 コーヒーを飲んでひと息ついたところで、そう切り出す。


「セイカはさ、ジンが言ってたこと覚えてる? トワイライトホールがどうのこうのっていう」

「あー、異世界チートとかネコチャンが神獣とか、そういうワケのわかんねーこと言ってたな」

「そう、それ。あいつは適当な思いつきで言ったんだろうけど、実はあれ、ほぼ事実なんだよ」

「へ?」


 そこで俺は、ジンに追い詰められてトワイライトホールに入ったところから、ついさっきまでの出来事をできるだけ詳しく説明した。


「異世界とかジョブとか、正直に信じらんねーぜ……」


 まぁ、普通はそうだよな。


「でも……」


 セイカは、ふと俺の膝で丸くなっていたシャノアに目を向ける。


「あたしはネコチャンのおかげで助かったんだな」


 彼女がそう言うと、シャノアが顔を上げる。


「シャノアだ、薬屋の娘よ」

「ん?」

「儂のことはシャノアと呼ぶがよい。主がくれた大切な名前だ」

「おー、そっか。じゃあこれからはシャノアって呼ぶから、あたしのことはセイカって呼んでくれよな」

「む……すまんが儂は人の名を覚えるのが苦手でな」

「そりゃないぜ。セイカっつー名前だって、両親がつけてくれた大切な名前なんだからさ」

「そうか……いいだろう、セイカ。今後ともよろしく」

「おう、よろしくな、シャノア。それと、ありがとな助けてくれて」

「なに、礼には及ばん。セイカのおかげで儂は生き延びられたそうだからな」


 あれ、よく考えればシャノアが人の名前を呼んだのって初めてじゃない?

 ちょっと羨ましいぞ。


「シャノア、俺のことも名前で……」

「主は主だ」

「おう、そうか……」


 まぁ、こいつが主と呼ぶのは俺だけだから、別にいいか。


「それはそうと、あたしに話してもよかったのか? 人に知られるとかなりやべーことだと思うんだけど」


 セイカが不安下に尋ねてくる。


「……本当はだれにも話すつもりはなかったんだけどな。でも、もしだれかに話すとしたら、それはセイカしかいないとも思ってたんだよ」


 それがそう言うと、セイカは少し目を見開いたあと、軽く頬を染める。


「それって、あたしを信頼してくれてるってことだよな?」

「もちろん」

「へへ……そうか」


 セイカは嬉しそうに言うと、コーヒーカップに口をつけ、表情を隠すように顔を背けた。


「話すにしても、いろいろと片付いてからと思っていたんだけどな」


 カップを置き、顔色を戻した彼女が俺に向き直る。


「片付けてっていうのは?」

「ジンとかタツヨシの親父さんのこととか。ごめんな、巻き込んじゃって」


 俺がそう言って頭を下げると、セイカは慌てて首を横に振った。


「悪いのはあいつらなんだから、アラタが気にすることじゃねーぜ。それに、巻き込んだのはむしろこっちじゃね? タツヨシはあたしを攫おうとしたわけだし」

「それも、俺が帰ったことがきっかけだと思うよ。ジンが出張ったのも、俺のせいだ」

「ジンってやつはともかく、タツヨシはいつかやらかしてたような気はするけどな。あいつ、ほんとウザかったし」

「だとしても、タツヨシだけならセイカひとりでなんとかなったんじゃない?」

「タツヨシひとりなら、な。鵜川のクソジジイが出張ってきたら、どうなってたかわかったもんじゃねーぜ」

「それは、そうだな」


 そして鵜川のクソジジイことヤスタツが今後どう動くかは、いまのところわからない。


「一応確認すんだけど、アラタは異世界のことについて、だれにも話すつもりはないんだよな?」

「ああ。ヘタに知られると、国レベルの問題になるからな。向こうの人たちに迷惑をかけたくないし、なにより面倒くさい」

「たしかに面倒くさそうだな。じゃあ山のダンジョンにあるっつートワイライトホールのことも、放っておくのか?」


 山のダンジョンっていうのは俺があの日トワイライトホールに入ったS-66ダンジョンの通称だ。


「そうだな、あれについては、俺は動かないほうがいいと思う」


 補佐官のことだから、ジンの妄言と思っていても調査隊くらいは出しそうなんだよな。

 そこで実際に発見されると、ジンの発言に信憑性が出て面倒なことになるかもしれないけど……。


「たぶん、問題ないよ」


 向こう側で見つけた死体のなかで、一番古いのは半年前のものだった。

 トワイライトホールは早ければ数日、遅くとも1年以内には消滅する。

 発生してすぐに発見されたわけでもないと思うので、たぶんそろそろ消えるころなんだよな。


「それでだ、セイカ」

「なに?」

「いろいろと聞いたうえで、どう思う?」

「どう思うって、なにが?」

「だから、俺はこの先ヤスタツと揉めることになるだろうし、秘密が多いせいでもっと面倒なことに巻き込まれるかもしれない」


 セイカに対する気持ちにはまだ整理がついていない。

 でも、家族のような存在の彼女を大切に思う気持ちは、今も昔も変わらない。

 そんな彼女と離ればなれになることは、つらい。

 だけど、大切に思うからこそ、確認しておかなくちゃいけない。


「それでもセイカは、俺と一緒にいてくれるかな?」


 そう尋ねると、彼女はしばらくのあいだ無言で俺を見つめた。


「ああ、もちろんだぜ」


 さらりとそう言って、笑ってくれた。


○●○●


 あれからさらに細かく話を詰めた結果、婚約は確定、結婚についてはいろいろと落ち着いてからしっかりと考え、話し合うということになった。


「というわけで、今夜はお泊まりでいいよな!」

「えっ、いきなり!?」

「婚約者なんだから問題ねーだろうが!」

「いや、そうかもしれないけど、俺にだって心の準備がだな……」

「いやさすがに今夜帰るのはしんどいって! ぜってーオヤジが心配するし」

「あー……」


 娘を頼むとまで言わせておいて、今夜はお帰りくださいってのも失礼な話だよな。


「そうだな、いいよ」

「ぃよっしゃぁっ!」

「ガッツポーズやめい」


 いまから食事という気分でもなかったので、それぞれシャワーを浴びたあと、軽く飲みながらなにかつまもうということになった。


 セイカの着替えとかその他いろいろは、彼女の〈収納〉に一式入っているらしい。

 なんでも調薬作業が長引いて店に泊まることもよくあるとかで、いつも用意しているのだとか。

 そのあたりは俺と似てるな。


 シャワーを浴び終えたセイカだが、下着や衣服はともかく、さすがにルームウェアはないということで、俺のジャージを貸してやった。

 髪を下ろしたジャージ姿の彼女も、なかなか新鮮だ。


「あんま見んなよ……」


 俺の視線を感じたのか、セイカが恥ずかしげに言う。


「すっぴんを晒すことになるとは……迂闊だったぜ」


 セイカがぼそりと呟く。


「心配するな、セイカはすっぴんでもきれいだよ」

「んなっ……!?」


 髪で顔を隠すように俯いていたセイカが、顔を上げる。

 うん、やっぱりきれいだ。


「それは、あれか、メイクとか、しなほうがいいってのか?」

「いや、メイクはしたほうがいいだろう」

「そ、そうかよ……」


 小さいころからかわいかったセイカだけど、メイクを覚えてからはどんどんきれいになっていったんだよなぁ。


「たしかセイカがメイクをするようになったのって、高校に入ってくらいだっけ?」

「お、おう、よく覚えてんな」

「そりゃ覚えてるさ。当時はいまよりもっと眉毛が細くて、アイラインもきつめだったっけ」

「……まだ下手くそだったんだよ」

「早朝に店の手伝いで出てきたときは、たまにすっぴんだったよな。あのときの眉毛が半分しかなかったセイカも、かわいかったなぁ」

「おまっ……それ、忘れろ!」

「大学に入ってからは、里帰りのたびに垢抜けていくのが楽しみだったな。髪もきれいにカラーリングしたり、服とかアクセサリーもおしゃれになってさ」

「いや、あれはその、気合い入れてたっつーか……ってそうじゃなくて」

「いまはナチュラルメイクにしてるんだよな。化粧っ気がないと思わせて、実はかなり時間をかけてると見たぞ、俺は。あざといやつめ」

「いやもしかしてアラタってあたしのこと好きなんじゃね!?」

「……あー、そうかも」


 俺がそう答えると、セイカは顔を真っ赤にしながらもどこか不機嫌そうに口を尖らせる。


「だったらさぁ、なんでもっとアプローチしてくんなかったんだよ! ってかあたしが出してたサインに気付けよ!! こっちからプロポーズするまでなんもないとか、おかしいだろ?」

「うーん、それはだなぁ……」


 確かに俺はセイカのことが大好きなんだが、それは歳の離れた妹や姪っ子に向ける感情に近いものがあったのかもしれない。

 俺の妹かわいいだろ? 姪っ子きれいだよな? って自慢したくなるような、そんな感じかな。


「ふんっ……結局子供扱いなんだな」


 俺の考えをなんとなく察したのか、セイカは口を尖らせたまま顔を背けた。


「それは、そうだったんだろうけどなぁ」


 さすがにこうもストレートに好意をぶつけられたうえ、風呂上がりの無防備な姿なんかを見せられると、意識せずにはいられないわけで……。


「とにかく、今夜は飲もう。婚約パーティーなんだからさ」


 俺がそう言ってシャンパンの入ったグラスを掲げると、セイカも表情を和らげた。

 本当はもっとおしゃれなレストランとかがよかったけど、いまは外を出歩くのも怖いしな。


「そうだな、婚約はしたんだもんな」


 彼女も嬉しそうにそう言って、シャンパングラスを掲げた。


「それじゃ、乾杯」

「おう、乾杯」


 軽くグラスを合わせて、最初の一杯を飲み干す。


「ふっ……」


 そのとき、ソファの端で丸まっていたシャノアがちらりとこちらを見て、小さく笑ったような気がした。

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