第9話 ジンとの戦い

「えっ……?」


 間抜けな声を漏らしたタツヨシは、地面に落ちた自分の腕に視線を向け、続けて顔を上げ、肘を見た。


「お、俺の腕……なんで……?」


 鋭い刃に高速で斬られたせいで、切断面の細胞が収縮し、血はあまり流れていない。

 そのことが逆にグロテスクであり、どこか非現実的でもあった。


「俺の腕……俺の腕がぁ……!」


 痛みを感じるより先に、恐怖と驚きに襲われたタツヨシは狼狽し、セイカへの拘束が緩む。


「――っ!?」


 次の瞬間、突然の出来事に戸惑うセイカの身体が、地面に沈むように消えた。


「そこかぁ!!」


 その直後、ジンはタツヨシの足下を薙ぎ払う。


「おっと」


 黒猫がひょいと跳びさがり、俺のすぐうしろに着地した。


「ぎゃああああーっ!」


 ジンの放った斬撃の余波で、タツヨシの両脚が脛の低い位置で切断された。


「えっ……えっ……?」


 背後から、セイカの声が聞こえる。


「セイカ、助けるの遅くなってごめん。怖かっただろ?」


 俺はジンに目を向けたまま、セイカに語りかける。


「アラタ……? なんで……あたし、さっきまで、向こうに立って……」

「もう大丈夫だからな。シャノア、セイカを頼む」

「助太刀はいいのか? あの小僧、なかなかやるぞ」

「えっ、だれ!? どこっ?」


 突然響いたイケオジボイスに、セイカの戸惑う声が聞こえる。


「大丈夫だ、問題ない」

「うむ。では薬屋の娘は儂にまかせるがいい」

「もしかして、ネコチャン……?」

「薬屋の娘よ、儂の名はシャノアだ」

「うそだろ……しゃべってんのかよ!?」


 あー、バレちまったか。

 まぁ、すでに巻き込んじまったわけだし、隠す必要もないか。


「てめぇ、なにしやがった……その猫はなんだぁ!?」

「シャノアってんだ。かわいいだろ?」


 敵意をむき出しにして睨むジンに、せいぜい不敵に見えるよう笑いかけてやった。


 マツ薬局の屋根から飛び降りる前に、シャノアには〈影移動〉で隠れてもらった。

 そしてジンとタツヨシの注意を引いた隙に、セイカを救うため影から出て攻撃してもらう。


 タツヨシの腕を切ったのは〈かまいたち〉という、遠距離攻撃用のスキルだ。

 風の刃で敵を斬る……なんて生やさしいものじゃなく、空間そのものを断裂させる恐ろしいスキルだ。


 腕を斬られたタツヨシが狼狽し、拘束が緩んだところで〈影落とし〉を使ってセイカを救出。

 そのとき、ジンから攻撃をしかけられた。

 よくわからない事態にも、とにかく身体が動いたってところか。

 さすがAランク冒険者だな。

 まぁ、シャノアに通用する攻撃じゃないけど。


「あああ……ああああ……! 腕がぁ……足がぁ……!!」


 片腕と両足を切断されたタツヨシが、地面に這いつくばって呻く。

 切断面からはすでに大量の血が流れ出していた。


「タツヨシ、死にたくなければさっさとこれ使っとけ」


 俺はそう言って、ヒールポーションの瓶を取り出し、タツヨシのほうへ転がしてやった。


「ひぃ……はひぃぃ……!」


 タツヨシは残った左腕を精一杯伸ばして瓶を掴むと、慌ててフタを開け、中身を少しこぼしながら一気に飲み干した。

 あー、バカ。


「あっ……ああっ……腕ぇ……足がぁ……!」


 腕や足が切り取られたまま、傷口が塞がっていく。

 こういう場合は焦らず切断面をくっつけて、傷口にポーションをかけるのが正解だ。

 まぁ失血死の心配はなくなったし、斬られた先が残っていれば接合はできるだろう。


「それじゃあ、人質もいなくなったことだし、心置きなくお前を倒せるな」

「あぁっ!?」


 わざと挑発し、ジンの反応に合わせてショットガンを取り出す。


「だれがだれを倒すっってんだこらぁ!!」


 ジンがその気になれば、ショットガンを取り出す前に斬りかかれたはずだ。

 だが格下と思い込んでる俺に挑発され、いきなり攻撃してくるような真似はしなかった。


「人質を取らなきゃなんもできんカスが、イキがるなよ」

「テメェをぶっ殺すのに人質なんざいるかよ!」


 実際ジンたちは、俺に対する人質としてセイカを拘束したわけではない。

 彼女を攫おうとした現場に、たまたま俺が現れただけだ。


「なんだ、てっきり俺にビビってたのかと思ったよ」


 でも、挑発の材料に使えるなら、使わせてもらうさ。


「てめぇ……そんなちんけなもんで、オレに勝てると思ってんのかよ!」

「さぁな」


 余裕のあるそぶりを見せながら、ジンを〈鑑定〉する。


「あぁ? いまさら鑑定したころで、無駄だぜ」


 〈鑑定〉の結果は本人の意思で隠蔽できるが、ジンのやつは隠す気がないらしい。

 結果、ジンの習得スキルは〈疾風剣〉〈プロテクト〉〈センスアップ〉〈インパクト〉の4つと判明する。

 〈疾風剣〉がキャパシティのほとんどを占め、その隙間を埋めるように単一スキルを習得したってところか。


「……えげつないスキルセットだな、おい」


 ジンの戦闘スタイルは〈疾風剣〉のゴリ押しだ。

 それを支えるのが残りのスキルだった。

 ジンはいつも無防備に敵へ接近し、〈疾風剣〉1発で倒している。

 それを実現するには、感覚を強化して敵のわずかな動きも逃さない〈センスアップ〉と、確実に一撃で決めるため攻撃力を瞬間的に増幅させる〈インパクト〉が必要不可欠だ。

 そして万が一仕留め損なった場合、ジンは毎回ほぼ捨て身で攻撃を仕掛けるため、防御は〈プロテクト〉頼みとなる。


 実際ジンは、〈疾風剣〉を手に入れてから何度も死にかけていた。

 それでも死をおそれることなく戦い続けたことで、18歳という若さでAランクに到達できたのだ。

 人格はともかく、その強さに嘘はなかった。


「どうしたジン、まだビビってんのか?」


 ジンに恐れる様子はないが、あえて挑発する。


「誰がてめぇなんかにビビるかよ!」

「強がるなよ。さすがのAランク冒険者さまも、ショットガンを向けられるのが怖いんだろ?」

「そんなもんがオレに通用すると、本気で思ってんのかおっさん!」

「どうだろうなぁ……人質がいなきゃ俺と向き合えないような弱虫くんだからな、お前。銃口を向けるのが申し訳なくなってきたよ。かわいそうに、震えてるじゃないか。どうだ、謝るならいまのうちだぞ?」


 俺の言葉に、ジンがプルプルと震えている。

 もちろんそれは恐怖じゃなく、怒りのせいだ。


「やれるもんならやってみよろ」


 ジンはそう言うと、右手に持った剣を下げ、左手を前に出す。


「そんなおもちゃから飛び出す鉄クズなんざ、握りつぶしてやんよ」

「いいのか? おじさん、本当に銃口向けちゃうよ?」

「かまわねぇつってんだろーが! さっさとしやがれ」

「しょうがないなぁ。もう謝っても遅いぞ」


 そう言って、俺はジンに銃口を向ける。


 Aランクになるまでひたすら戦い続けたジンのスキルは、相当成長しているはずだ。

 どこを狙おうと〈センスアップ〉で見抜かれ、銃弾を掴まれるだろう。

 そして12ゲージのスラッグ弾でも、やつの〈プロテクト〉は防いでしまうに違いない。


「ジン、覚悟しろ」


 だがジンは、【銃士】のジョブスキルを知らない。


 ――ドゴンッ!


 轟音が響く。

 それと同時にジンは踏み込み、右手に持った剣を振り上げようとしていた。

 腹を狙った銃弾は、ジンの左手へ吸い込まれるように飛んでいく。

 その銃弾をつかみ取り、そのまま俺に斬りかかろうって算段だろう。


 だが、その銃弾は〈エンチャントブレット〉の効果で膨大な魔力をまとっていた。


 ――ドチャッ……!


 ジンの左手が、はじけ飛ぶ。


「あ?」


 刹那の驚き。

 だがほぼ同時に危機を察知したのか、ジンは左手を払った。

 まだ貫通しきっていなかったスラッグ弾が、ジンの身体から逸らされる。


 ――ガチャン!


 そのスキにフォアエンドをスライドする。


「ああああっ!」


 ジンが叫び声とともに、剣を振りかぶる。

 次弾が装填される。


 ――ドゴンッ!


 軸足となる左脚の膝あたりを撃ち抜く。

 骨と肉をえぐり取られ、ジンはバランスを崩したが、勢いのまま剣を振り下ろそうとする。

 このままだと、次弾の装填より先に〈疾風剣〉がくる。


「はぁっ!」


 ショットガンを〈収納〉し、踏み込んで拳を繰り出した。

 ジンが剣を振り下ろすより先に、〈スピードアップ〉と〈クイック〉によって速度を増した俺の拳が、やつの肩を捉える。

 【武闘僧】のジョブスキル〈正拳突き〉には、攻撃の瞬間に威力を増幅させる〈インパクト〉の効果もあった。


「がぁっ……!?」


 右肩に衝撃を受けたジンがよろめく。

 いまやドラゴンを一撃で倒せる俺の〈正拳突き〉でよろめくだけとは、さすがAランク冒険者だ。


 ――ガチャン!


 だがその隙にショットガンを取りだし、次弾を装填する。


 ――ドゴンッ!


 〈正拳突き〉を喰らわせた右肩に、魔力をまとったスラッグ弾を撃ち込む。


「ぎゃっ……!」


 右肩をえぐられたことで、ジンの腕はほぼ千切れかけた。

 骨は砕け、腱は断裂し、わずかに残った細い筋繊維と薄皮1枚で繋がっている状態だった。


 ――バスッ!


 魔弾銃を取り出し、ちぎれた腕に〈サンダーブレット〉を撃ち込む。

 それがトドメとなり、ジンの右腕は完全にちぎれ飛んだ。

 雷撃を受けた腕は、まるで意思のある生き物のように剣を握ったまま何度か跳ねたあと、動きを止めた。


「ぐぁああああああーーーっ!!!」


 絶叫が夜の駐車場に響き渡る。

 片脚で身体を支えきれなくなったジンは、叫びながら仰向けに倒れた。


「っぁあああぁぁああぁぁあっ!」


 そして手首から先がほとんどなくなった左手で右肩を押さえ、転げ回る。


 俺は魔弾銃を〈収納〉し、ヒールポーションを取り出すと、転げ回るジンへ雑に振りかけてやった。

 これで失血死はないだろう。


 そのとき、サイレンの音が近づくのが聞こえた。

 ほどなくパトカーが数台止まり、中から警察官がぞろぞろと降りてくる。


「警察だ! 動くな!!」


 数名の警察官が、自動小銃を構えて警告を発した。

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