第10話 警察官と冒険者

「Cランク冒険者の古峯新太です。これ、冒険者カード」


 俺は両手を挙げ、右手に持った冒険者カードを警察に提示した。

 魔弾銃は気づかれる前に〈収納〉し、ショットガンは左手でフォアエンドを持ったままだ。

 これはへたに〈収納〉するとむしろ面倒なことになりそうだからな。


「ああ、冒険者か……」


 警官のひとりが面倒くさそうに呟き、冒険者カードを手に取った。


「Cランクの古峯さんね……はい、たしかに」


 カードを確認した警官は、すぐにそれを返してくれた。


「おーい、ギルドに連絡してくれ」


 指示を受けた別の警官が無線を手に取り、相手に用件を伝えていた。

 これで警察署のほうから冒険者ギルドに連絡がいくはずだ。


「それにしても、随分物々しいですね」

「そりゃあ街中で銃声が聞こえわけだからね」

「なるほど、銃声。さすが日本の警察官、対応が早い」

「む……」


 俺がジンに向けて1発目を撃って、1分経つかどうかという間に、パトカーが、えーっと……3台か。

 それぞれにふたりずつ、計6人。

 あ、自転車の人がさらにふたり駆けつけたから、全部で8人だ。

 なんとも迅速な対応なことで。


「……たまたま、このあたりのパトロールが重なっていただけだ」

「なるほど、この平和な繁華街を3台のパトカーで。それはごくろうさまです」


 俺の皮肉が通じたのか、リーダーっぽい警官が顔をしかめる。

 さっきから俺に対応しているこの人以外、全員が自動小銃をいつでも撃てるように構えていた。


 警察官の仕事は、市民を守ることだ。

 住宅街にもひょっこり野良モンスターが現れることもあり、拳銃では対処しきれないため、いまは自動小銃が標準装備だった。

 これなら野良のゴブリンやコボルトくらいは倒せるし、オークに対しても牽制が可能だからな。


 ただ、マツ薬局みたいな大きな店があって、人が多く行き交う場所に、野良モンスターが現れることは滅多にない。

 なので警察官は、空き家の多い住宅街など、あまり人の多くない場所をパトロールするのが普通だ。


「なにをしてるんだ! さっさとそいつを逮捕しろよ!!」


 突然、タツヨシが叫んだ。

 片腕と両足を失ったタツヨシは、残った左手で身体を支えながら上体を起こしている。


 そういえばさっきタツヨシが人払いがどうこう言っていたので、この警官たちはあいつか鵜川元議員の差し金か?

 ただそうなると、あっさり冒険者ギルドへ連絡したのが少し意外なんだよな。


 もしかすると、具体的なことは知らず、ただ近所の道を封鎖していたとか、その程度なのかもしれない。

 その証拠に警官の数名は、突然声を上げたタツヨシに銃口を向けていた。


「ひっ……!」


 それにビビって、タツヨシが縮こまる。


「ふたりとも、君がやったのか?」

「いや、俺の得物はこれですよ?」


 警官の問いかけに、俺は左手を軽く振ってショットガンをアピールする。


「なるほど」


 リーダーさんがうなずく。

 少なくともタツヨシをやったのは俺じゃないと、納得してもらえたようだ。


 やっぱりこの人たち、詳しい事情を知らないな。

 せいぜいパトロール計画に口を出された、程度のことかも。


「詳しく事情を聞きたいところだが……差し支えなければ、そのショットガンを預かっても?」


 リーダーさんが遠慮がちに尋ねてくる。


「ええ、どうぞ」


 どうやら彼らはジンやタツヨシの手先、とまではいかないようなので、ここは好印象を与えておこう。


「悪いね、助かるよ」


 その警官はショットガンを丁寧に受け取てくれった。


 さっきから警察官が妙に慎重な対応をするのは、冒険者やモンスターに関わる案件が彼らの管轄外だからだ。

 市民が危険にさらされているならもちろん行動に出るが、いまのところその心配はないと判断したのだろう。


 冒険者やモンスターに対応できないぶん、警察官の多くは市民を守ることにこだわりを持っている、というのが俺の印象だ。

 なら、一般市民であるセイカを拉致しようとしたタツヨシの計画を知っていれば、協力はしなかったに違いない。


 つまり彼らは敵じゃない。

 ただし、味方でもないので、警戒はおこたらないようにしないとな。


「これ、持っておいてくれ」

「あ、はい」


 リーダーさんからショットガンを渡された若い警官が、俺に怪訝な視線を向ける。


「まさか、人に対してショットガン使ったの?」


 どこか侮蔑するような表情だが、長く冒険者を続けているとこういう視線にも慣れるもんだ。


「うへぇ……ポーションで傷は治ってるけど、腕とか手とか吹っ飛んでるじゃん……」


 ショットガンを受け取った若い警官は、眉をひそめながらも好奇心を隠しきれない表情で、まだ小さく呻き続けるジンをのぞき込む。


「あんまり近づかないほうがいいですよ、そいつ、黒部刃だから」

「黒部って……Aランク冒険者の!? 嘘だろっ!!」


 若い警官がそう叫んで飛びさがると、他の人たちはいっせいに銃口をジンに向けた。

 Aランク冒険者なんてのは、そこらへんのモンスターなんかよりよっぽど強いからな。

 そこへジンの悪評が加わると、そりゃ恐怖の対象にもなるだろう。


 どうやら傷が塞がったらしいジンは、身体を起こしているものの、不服そうな表情のまま黙って様子を窺っていた。


「それで、なにがあったのか、簡単にでいいので話してくれると嬉しいんだが」

「あー、そっちの鵜川辰義が彼女を拉致しようとする現場に、たまたま居合わせまして」


 そう言って、ちらりとセイカに視線を向ける。

 彼女はまだ状況を把握できていないのか、どこかぼんやりとした様子で俺を見ていた。


「で、黒部刃が暴行を加えようとしたので、救出のために抗戦しました」


 本当にざっくりと説明した。


「鵜川……もしかして、鵜川元議員の?」

「御曹司ですね」

「そ、そうかぁ……」


 リーダーの人が青ざめた様子でうなだれる。

 どうやらこの件にタツヨシが絡んでいたことすら、知らなかったようだ。

 下っ端ってそういうもんよね。

 ほんと、ごくろうさんです。


「ところで鵜川氏をやったのは?」

「えーっとですね……」


 シャノアのことは秘密だから……。


「なんかジンのやつが先に手を出そうとして、それを不服に思ったタツヨシが抵抗した結果、仲間割れみたいな感じに――」

「う、嘘だっ!!」


 そこでタツヨシが声をあげる。


「猫だ……猫にやられたんだ! しゃべる猫が、俺の腕を……!」

「はぁ……しゃべる猫……」


 タツヨシの言葉に首を傾げたリーダーさんが、困ったようにこちらを見る。


「なに言ってんでしょうね、あいつ。まぁこんな街中で女性を拉致しようなんて馬鹿な連中ですから、頭の中もまともじゃないんでしょう」

「ふふっ、なるほど……」


 リーダーさんがクスッと笑うと、他の警官たちも呆れたように笑った。


「てめぇら、ふざけんじゃねぇぞーっ!!」


 それに腹を立てたのか、突然ジンが片脚で立ち上がり、手首から先のない左腕を振り上げる。

 あんな状態でも、人をかるく殺せるだけの攻撃を繰り出せるのが、Aランク冒険者だ。


 俺はジンの動きを止めるべく、以前タツヨシが落としたダガーナイフを取り出して、投げつけた。


「うわぁーっ!!」


 ――バババババッ!


 その直後、俺の近くにいた警察官のひとりが、錯乱して自動小銃を撃った。


「おいおい……!」


 俺は咄嗟に、セイカを庇うように抱きつく。

 流れ弾とか、怖いし。


「がぁっ……!」

「おいバカっ、やめろ!!」


 リーダーさんに止められ、銃の乱射が止まる。

 ジンは数カ所に弾丸を受けていたが、どれも軽傷だった。

 おそらく〈プロテクト〉を常時発動するクセがついているんだろう。


「ぎぃ……あっ……!」


 ジンが苦痛に顔を歪め、ふたたび倒れる。

 俺の投げたナイフが、彼の膝上あたりに突き刺さっていた。

 銃弾は防げても、ダンジョン産の武器は無理だったようだな。


 これは〈投擲〉スキルとかではなく、単純に俺の技術だ。

 冒険者になりたてのころ、少しでも安全に探索をするため、身に着けたものだった。


「あああっ! チクショウ、いてぇーっ!!」


 ジンは恥ずかしげもなく叫び、転げ回った。


 警官たちの注意がそちらへ向けられている隙に、俺はセイカをさらに強く抱きしめる。


「あっ……」

「シャノアのこと、内緒にしといてくれ」


 耳元で囁き、身体を離すと、彼女はぼーっとした表情のまま俺を見て、何度かうなずいた。

 そのあと思い出したようにあたりを見回したが、目当てのものは見つからなかったようだ。

 シャノアは警官が来る前に、影に潜んだからな。


「おっ?」


 そのとき、ものすごいスピードで自動車がやってきて、駐車場内で急停止した。

 助手席からは補佐官が、運転席からはいつもの受付さんが降りてきた。

 どうやら警察から連絡を受けて、駆けつけたようだ。


 にしても受付さん、えげつないドライビングテクニックだな。

 警官が無線で報告して、そんな時間経ってないよね。


「それは彼の銃かね?」


 若い警官が持つ俺のショットガンを見て、補佐官が尋ねる。


「えっと、はい」

「こちらで預かろう」

「へ?」


 きょとんとした若い警官が、リーダさんを見る。


「お渡ししろ」

「あ、はい」

「では私がお預かりしますね」


 指示を受けた彼は、受付さんに俺のショットガンを渡した。

 その際に彼女がこちらを見たので、うなずいておく。


「ポーションを」

「はい」


 ちらりとジンを見た補佐官が言うと、受付さんはいつの間にか手にしていた青い小瓶を、補佐官に渡した。

 彼女の手に俺のショットガンはない。

 おそらく〈収納〉したのだろう。


「ふん」


 補佐官はジンを蔑むように見下ろし、鼻を鳴らすと、ナイフが刺さったままの膝にポーションを振りかけた。


「ぎゃあああああぁぁあっ!!!!」


 ジンが今日一番の悲鳴をあげた。

 体内に異物が入ったままポーションや魔法で回復すると、変な感じに肉が巻き付いたり骨がくっついたりして、ものすごく痛いらしい。


「アラタ、説明を」

「はい」


 補佐官に求められ、さっきよりも少し詳しく事情を説明する。

 もちろんシャノアのところは伏せて、仲間割れといういうかたちにした。


「防犯カメラは……」

「死角になってますね」


 あたりを見回す補佐官に、そう告げた。

 タツヨシのやつもそこは気にしたらしい

 おかげでシャノアの行動が映らずにすんだのは、ありがたかったけどな。


「ジン……この馬鹿たれが!」


 補佐官の怒鳴り声に、周囲の空気が震えた。

 その場にいたほぼ全員が、身体を強ばらせる。

 平気だったのは俺と受付さんくらいで、ジンですら少し怯えているようだった。


「冒険者が人に仇をなせば、モンスター同様に討伐対象になる。そう教わったはずだ。それをお前は……」

「ふんっ……」


 補佐官の言葉に、ジンは仰向けに寝転がったまま、不機嫌そうに鼻を鳴らして顔を逸らす。


 そこで軽く眉をひそめた補佐官だったが、ちらりと俺を見たあと、底意地の悪い笑みを浮かべた。


「それにしてもなっさけねぇな、お前。AランクのくせにCランクにあっさりやられちまってよ」


 補佐官にそう言われたジンは、カッと目を見開き、上体を起こす。


「ただの底辺にオレがやられるわけねぇ! そいつが……そのおっさんがおかしいんだよ!!」

「なんだ、言い訳か? ホントだせーよ、お前」

「言い訳とかそんなんじゃねぇ! そのおっさんはマジでヤベーやつなんだ!!」


 そこまで言うと、ジンは俺を見てニタリと笑う。

 あ、こいつまさか……。


「そいつはトワイライトホールに入ったんだ! 向こう側から帰ってきたんだよ!!」


 あちゃー。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る