第8話 セイカ救出
自宅に〈帰還〉した俺は、玄関を飛び出て駆けだした。
あたりはすっかり暗くなっている。
「主、スイスイは?」
「スイスイ?」
「あのスイスイ進むやつだ」
「ああ、スクーターか。いや、走ったほうが速い」
俺は走りながら、【武闘僧】のジョブスキル〈フィジカルブースト〉で身体能力を強化し、〈スピードアップ〉でさらに敏捷性を高める。
「シャノア、最短距離を一直線だ!」
「わかった、ついてくるがいい」
シャノアは返事をすると、隣家の塀を跳び越え、庭を駆け、屋根に飛び乗った。
俺もそのあとに続く。
ジョブレベルとジョブスキルの影響で、それくらいは余裕でできるようになっていた。
さらに速度を上げるため【時魔道士】のジョブスキル〈クイック〉を使って自分に流れる時間を加速させる。
ここまでやっても、軽々と前を走るシャノアについていくので精一杯なんだから、神獣ってのは本当にすごいよな。
「主、もうすぐだ。娘のそばにはふたりいる」
「ふたり……」
いやな予感を覚えつつ、全力でシャノアについていく。
「あれの向こうだ」
「マツ薬局……従業員用駐車場か!」
マツ薬局の建物に飛び乗り、屋根の上を走る。
その向こうに、従業員駐車場があった。
「ちくしょう……はなせっ……!」
「くそっ、おとなしくしろ……!」
その声が聞こえた直後、駐車場の様子が目に入った。
タツヨシがセイカを羽交い締めにし、車へ引きずり込もうとしていた。
セイカも抵抗はしているが、まったく力が及んでいない。
その車のちかくに、もうひとり別の人物が立っていたが、まずはセイカを救出しないと。
「タツヨシぃーっ!」
俺が名を呼ぶと、タツヨシは驚いてあたりをキョロキョロとし始める。
そのあいだに、俺は屋根から飛び降りた。
「テメェ……!」
「アラタぁっ……!」
現れた俺に、ふたりが声をあげる。
「おいおいおいおい……なんでおっさんがここにいるんだよ」
「それはこっちのセリフだ、ジン!」
車のそばに立っていたジンが、ゆったりとした足取りでこちらに歩いてくる。
彼はいつものツナギではなく、ジャージにTシャツという格好だった。
「お前、こんなとこでなにやってんだ? まさかタツヨシと手を組んで、セイカを攫おうとしてんじゃないだろうな!」
「だとしたらなんだってんだ?」
「Aランク冒険者がこんなことして、ただですむと思ってんのか!?」
高ランク冒険者はギルドによって優遇されている。
犯罪に巻き込まれた場合も、ギルドが弁護士を立て、保護してくれることが多い。
だが明確に法を犯したとなると、一般人よりも重い刑罰が科せられる。
それもそうだろう。
高ランク冒険者ってのはモンスターなんかよりよっぽど強い存在なのだ。
それが市民に害を為すとなれば、ヘタをするとギルドから討伐対象に指定される。
そうなれば、殺されても文句は言えない。
「ただで済むんだなぁ、それが」
ジンは余裕の笑みを浮かべている。
「ヤスタツ……タツヨシの父親、
「ああ、そうだよ!」
ジンの代わりに、タツヨシが返事をした。
「薬局の女がひとりいなくなったところで、オヤジがもみ消してくれる……底辺冒険者じゃあ手も足もでねぇんだよバーカ!」
タツヨシが勝ち誇ったように言う。
「クズヤローがっ!」
セイカが吐き捨てると、タツヨシは彼女を拘束したまま手に持ったナイフを首元に突きつけた。
「黙れこのアバズレがぁ!」
「ひぅ……」
セイカの顔が恐怖に染まる。
「やめろタツヨシ!」
「うるせぇ! どいつもこいつも俺をバカにしやがって! なんであの底辺なんだ!? なんで俺じゃねぇんだよ! どう考えたって俺のほうがいいだろうが!!」
タツヨシのやつ、相当こじらせてんな……。
何かやらかす雰囲気ではあったが、こんなにも早く、こうも愚かなことをするとは正直想定外だったよ。
「ぐ……うぅ……」
耳元で叫ばれたセイカが、顔を歪める。
「セイカ、すぐに助けてやる」
「あぁ!? てめぇになにができるってんだ!?」
「なにができるんだろうな」
あえて余裕たっぷりに答えると、タツヨシはギリリと歯噛みした。
とりあえず、敵意をセイカから俺に向けるのには成功したようだ。
「おっさんがイキがってんじゃねーぞ。マジおめーになにができるってんだ?」
そこへジンが割って入る。
「ジン、そもそもお前、なんでこんなことしてんだ?」
「てめぇが気にくわねぇからだよ」
ジンはそう言って、剣を抜く。
そして切っ先を、セイカに向けた。
「そいつはおっさんの女なんだろ? その女ぁぐちゃぐちゃにしてやったら、てめぇがどんな顔するのか楽しみだと思ってよ」
「そんなことで、お前……じゃあ、タカシは? あれもお前がやったんだろ?」
「あのヤローは勝手なことしやがった罰だな。どうせこそこそてめぇの手助けでもしやがったんだろ? なめやがって」
聞くまでもなかったが、やはりタカシをあんな目に遭わせたのはジンだったな。
「ああ、そうだ」
ふと、ジンがなにかを思いついたようにニタリと笑う。
「この女、いまここで犯すわ」
ジンはそう言って、俺に向けてわざとらしく口元を歪めた。
「ちょ、待ってくださいよジンさん! こいつは俺のもんで……」
「うるせー! 俺のあとでいくらでもヤラせてやっから押さえとけ」
「うぅ……はい」
ジンの言葉に、タツヨシが渋々頷く。
「アラタ……助けて……」
か細い声で助けを求めるセイカに、小さく頷いてやる。
それだけで、彼女の表情が少し和らいだ。
「こんな明るいところで……正気かお前ら?」
駐車場にはいくつも電灯が設置され、夜だというのにかなり明るい。
「はっ! 明るいほうがよく見えていいだろうが」
ジンが心底楽しそうに言う。
どうしようもないクズヤローになっちまったな、お前。
「アラタ、てめぇまさか目撃者とか期待してんのか? だったら無駄だぜ。人払いは済んでるし、だれかに見られたところでもみ消せるからよ。ったく底辺はなんもわかってねぇな」
タツヨシがそう言ってバカにしたように笑う。
「わかってないのはお前らのほうだよ」
そう呟くと、俺に余裕があるのが不思議なのか、ジンとタツヨシは揃って眉を寄せた。
「いいか、明るいところにはな」
そこで俺はわざとらしく口の端を上げる。
「影があるんだよ」
次の瞬間、セイカに突きつけられていたはずのナイフが、カランと音を立てて地面に落ちた。
そのすぐ近くには、肘から先が転がっていた。
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