第6話 タカシの痛み

 報告によれば、俺を捜索中に単独行動をしていたタカシが、モンスターに襲われて大けがをしたということだった。

 右腕はつけねから、左腕は肘から先、脚は両方とも膝から下を切断されていた。

 発見されたときにはこの状態で、幸いヒールポーションを早めに飲ませたので一命を取り留めたのだという。


「ジンが、やったんだな?」


 〈鑑定〉すればわかる。

 鋭利な刃物で切られ、ポーションで無理やり傷口を塞がれたのだと。


 もちろんモンスターの中には剣や魔法を使ってこういった傷を負わせるやつもいるだろう。

 だがわざわざ殺しもせず、こうやっていたぶるような傷を負わせることなんて、ほぼありえない。


「おれが、ヘマしたんすよ……」


 タカシが力なく答える。


 俺は彼になんと声をかけていいのか、わからなかった。


「うっ……ぐぅ……!」

「タカシ?」


 突然、タカシがうめきはじめた。


「ぐぁああっ! いてぇっ……いてぇよぉ……!!」

「おい、タカシ、大丈夫か!?」


 タカシが身をよじって痛みを訴えたので、急いでナースコールのボタンを押す。


「あああっ! ぐぅうっ……!」

「どうして……傷はポーションで治ってるはずだろう!?」


 〈鑑定〉してみたが、体力や生命力はもちろん、状態異常らしきものも確認できない。


「ぐぅ……ときどき、手や足が、痛くなるんす……おかしいっすよね……もう、ねぇのに……っつぁっ……!」


 ほどなく、パタパタと廊下を走る足音が近づいてくる。


「奥村さん、どうされましたか!?」


 ドアを開け、小柄な女性看護師が入ってきた。


「すみません、こいつが急に痛いって……」

「わかりました」


 それから看護師さんはタカシの状態を確認し、少し問答をしたあと、彼に繋がっている点滴の操作を始める。


「鎮痛剤、増やしておきますね」


 そういって、点滴のつまみをいじった。


 このご時世、大抵の怪我や病気はポーションで治るはずなんだが……。


「幻肢痛には、ポーションやスキルが効かないらしいんです。だから、昔ながらの鎮痛剤が必要なんですよ」


 俺の考えを察したのか、看護師さんはどこか申し訳なさそうにそう言った。


「はぁ……はぁ……うぅ……」


 鎮痛剤が効き始めたのか、単なる時間経過のおかげかはわからないが、タカシは少し落ち着き始めた。


「もう……いやだ……死にてぇよ……だれか、殺してくれよぉ……」

「タカシ……」


 俺はまたも、なんと言っていいのかわからなくなる。

 安易に死を願うことを窘めればいいのだろうか。

 だが、俺が同じ状態になったとき、弱音を吐かずにいられるだろうか。


「だめですよ、そんなこと言っちゃ。せっかく生き延びたんですから」


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、看護師さんはタカシにそう声をかける。


「幻肢痛はつらいかもしれませんが、時間とともに治まります。いまは錬金術のおかげで義手や義足の技術も進んでますから、がんばれば普通に暮らせるようになるんです。だから諦めないでください」

「じゃあ、冒険者には戻れんのかよ……」

「それは……」


 たしかにダンジョン登場以前に比べて義肢技術はかなり進んでいるが、それでも冒険者のような激しい戦いをできるようには、ならないだろう。


「だったら意味ねぇんだよ!!」

「ひっ……!」


 タカシの叫びに、看護師さんは身を縮める。


「おれは戦うしか能がねぇんだ! 冒険者をやれなきゃ……戦えなきゃ生きてる意味なんてねぇんだっ!!」


 タカシの目からは、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。


「わかってんだよ! 命があるだけマシってことくくらい……でも……それでもおれぁ……ちくしょう……うぅ……」


 泣きわめくタカシの姿に、看護師さんは怪訝な視線を向ける。


「モンスターのせいで……なのに、また……」


 ぼそりと呟く声が、耳に入った。


「本当にモンスターのせいなんですかね」

「えっ……?」


 俺の声に、看護師さんがこちらを見る。


「傷口は、見たんですか?」


 立ち上がり、彼女に詰め寄る。


「その……運ばれてきたときには、傷は塞がってて」

「でも、咬みちぎられたり引きちぎられたりしてないってことはわかりますよね? あなたも看護師なら〈鑑定〉くらいは使えるはずなんだから!」

「うぅ……」

「鋭利な刃物で手脚をスパッと斬られた痕だってことくらいわかっているはずでしょう! それを、モンスターのせいだっていうんですか!?」

「で、ですが……モンスターの中にも、剣や、スキルを……」


 そう言いながら、看護師さんは怯えつつもどこか申し訳なさそうに目を逸らす。

 恐怖の対象は俺じゃない。

 なんとなく、そう思った。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き、心を落ち着ける。


「警察やギルドから、だれかきましたか?」

「いえ、その……ギルドからは、きました、けど……」

「そうですか……」


 もしかするとギルドは調査に動いているのかもしれない。

 だが相手はAランク冒険者だ。

 冒険者ギルドという組織の特性上、高ランク冒険者を優遇せざるを得ない。

 動くにしても、かなり慎重になってしまうだろう。


 そして警察は、動いていない。

 ダンジョン内とはいえ、事件性はゼロじゃないし、事故の可能性だってあるんだ。

 なら、通り一遍の事情聴取くらいはあってしかるべきだろう。


 それがないってことは、なにかしらの圧力でもかかっているんだろうな。


「すみません、友だちがこんな目に遭って、取り乱してしまいました」

「えっ……あっ……いえ……」


 俺が頭を下げると、看護師さんは少しうろたえたあと、ほっと胸を撫で下ろした。


「……それでは、失礼します」

「はい」

「奥村さん、お大事に……あと、病院内では……その、できるだけお静かに、おねがいします」


 それだけ言い残すと、看護師さんは病室を出て行った。


「はぁーっ……すまんな、騒がしくして」


 ベッド脇の椅子にどっかりと腰掛けながら、取り乱してしまったことを謝る。


「へへっ……おれのこと、ダチって言ってくれるんすね」

「当たり前だろう」


 俺はそう言うと、タカシから預かったサバイバルナイフを取り出した。


「俺はこいつのおかげで、命を拾ったんだよ」


 その言葉に、タカシは目を見開く。


「タカシがこいつを渡してくれたから、俺は生き延びられたんだ……こうやって、帰ってこられたんだよ! お前は、俺の、命の恩人なんだよ……!!」


 ありがとな、助かったよ。


 そう言って笑いながら、このナイフを返すつもりだった。


 そしたらタカシは、とんでもねえっす、とか言いながら、でも少し誇らしげに笑って。

 それからもし機会があれば、一緒にダンジョンに潜ることがあるかもしれない。


 そうなると思って、俺は帰ってきたってのに……!


「なんで……!」


 気づけば、涙が溢れていた。


「へへ……そっか。アラタさんの、役に立ったんすね……」

「あぁ……俺だけじゃない……たくさんの人が、このナイフに助けられたんだ……」

「だったらおれ……満足っす……」

「タカシ……」


 顔を上げると、タカシは穏やかな笑みを浮かべていた。


「おれが生きた証しは、ちゃんとあるんっすよね? だったら、もう……」


 すべてを諦めたような、そんな笑顔だった。


 俺は涙を拭い、ナイフを〈収納〉すると、タカシの肩に手を置いた。


「なぁタカシ……お前、この世界に未練はあるか?」

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