第5話 セイカの想い

 セイカにプロポーズされた。

 なにかの冗談かと思ったが、彼女の表情を見る限り、どうやら本気らしい。

 なによりこの状況でこんな冗談を言う子じゃないことは、わかっている。


「前に、ウチで働きなよって、いっただろ?」


 俺がなにかを言う前に、セイカが話し始めた。


「ああ」

「でもアラタは、なんか給料とかで遠慮したよな?」

「まぁ……」


 ただのドラッグストアの店員には、不釣り合いな条件だったからなぁ。


「だったらあたしと結婚すりゃ、全部解決じゃん。冒険者なんて危険な仕事辞めてさ、アラタの生活も、ネコチャンのことも、なんも心配せずに生きていけんじゃん」

「いや、だからって、なんで急に結婚なんだよ」

「そんなもんあたしがアラタのこと好きだからに決まってんだろーが!!」

「うぇえっ!?」


 そ、そーなの……?


「なんで、俺なんかのこと……」

「知るかよ! 気がついたら好きだったんだ……初恋なんだよ!! ガキのころからずーっと、アラタのことが好きで……好きで好きで好きで好きで好きでしょーがなかったんだよ!!」


 ま、まじかよ……。

 全然気づかなかった……。


「こっちがいくらサイン送っても全然気付きもしてねーでおめーはよぉ! どこのラノベ主人公だ!? ああっ!?」

「いや、その……」


 俺もラノベは読むし、どこにこんな鈍感なやつがいるんだよとは思ってたけど、いざ自分のことになると気づかんもんだなぁ……。

 そもそもセイカと出会ったのは彼女がまだ子供のころで……。


「おめーがいまでもあたしを子供扱いしてんのはわかってんだよ!」


 彼女はそう言ったあと、俺に詰め寄り、襟首を掴んだ。


「でもちゃんと見てよ!! あたしはもう大学も卒業してちゃんと働いてる、社会人なんだよ! 子供じゃねーんだ!! 大人になったあたしを、ちゃんと見てくれよぉ……!!」


 セイカの目から、ふたたび涙が流れ始めた。


「あたしがさぁ……どんな想いで……アラタがいないあいだ、どんな気持ちで過ごしてきたのか……わかってんのかよ……」


 そう言って、俺の襟首を掴んだまま、胸に顔を埋める。


「もう、あんなのやだよぉ……あたしのそばから、いなくなんないでよぉ……アラタぁ……!」

「セイカ……」

「あたしと結婚してさぁ……冒険者やめて……平和に暮らそうよ……うぅ……」


 俺は突然の告白に戸惑いながらも、セイカを軽く抱き寄せ、宥めるように背中をなでてやる。


 それにしても、結婚か……。


 冒険者という職業に、それほどこだわりはなかった。

 シャノアの治療養を考えると、それしか選択肢がなかったから、続けていただけだ。


 セイカのことは、いい子だと思う。

 美人だし、優しいし、仕事だってできる。

 そんな素敵な女性に好意をいだかれるなんてのは、光栄なことだと思う。

 いつまでも子供だと思っていたけど、ふとしたときに心が動くことはあった。

 でも、ひと回りほど歳も離れていることもあって、どこか彼女への気持ちには蓋をしている部分はあったと思う。


 でもあらためて想いを告げられると、嬉しいのはたしかだ。

 いまは戸惑いのほうが大きいけど、少し落ち着けば、彼女の気持ちを受け止められるだろう。


 もう1ヵ月早くプロポーズされていたら、俺は承諾していたかもしれない。


「ごめん」


 俺がそう告げると、セイカは小さく震えた。


「俺は、冒険者を続けたい」


 トワイライトホールを越える前なら、冒険者に未練はなかった。

 でも、異世界でジョブを得て、自分でもちゃんと戦えるようになってから、俺は冒険者という職業が好きになってしまった。


 これ以外に生きる道はないと、そう思ってしまうほどに。


「冒険者が、楽しくてしょうがないんだ。だから、辞めるつもりはないよ。ごめんな」

「……わぁったよ」


 彼女は渋々といった具合にそう言って、顔を上げる。


「じゃあ冒険者は続けていいから、結婚しようぜ」

「うぇえっ!?」


 そっちは有効なの!?


「へへっ……!」


 セイカはニカッっと笑うと、俺から離れて立ち上がった。

 なんだ、冗談かよ……。


「言っとくけど本気だかんな!」

「なっ……!」


 真剣な表情でそう言われて驚く俺を見て、セイカはもう一度笑う。


「もうあたしのこと、子供扱いできねーだろ? だからちゃんと意識しろよ。すぐに落としてやっから覚悟しとけよな、アラタ!」

「お、おう……」


 そう言って目を真っ赤にしたまま微笑む彼女の姿はとても魅力的で、おじさん早くも陥落寸前なんですけど……。


「それでよ、アラタ……このあとメシに――」


 ――ヴーッ! ヴーッ!


 セイカの言葉を遮る様に、ポケットに入れていたスマホが鳴動する。


「悪い、ちょっと待ってくれ」

「む……」


 スマホのロックを外すと、ギルドからメッセージが届いていた。


「すまんセイカ、急用だ」

「えぇーっ!」


 セイカが不満げに、声を漏らす。


「じゃあアラタ、明日な!」

「おう、明日!」

「絶対だぞ!」

「わかってるよ」


 セイカとのちょっとした問答を終えた俺は、従業員入口のほうから店を出た。

 セイカの誘いを断るのは心苦しいが、これはあと回しにできない案件なんだ。


○●○●


 ジンが冒険者ギルドに報告した内容で、気になることがあった。


 はぐれた俺を探していたが、メンバーのひとりが重傷を負ったため捜索を中断した、という部分だ。


 詳しく確認すると、俺を探すために単独行動を取ったメンバーのひとりが、モンスターに襲われて大けがを負ったのだという。


 そのメンバーの名は、おくむらたかし


 そう、俺にダンジョン産のナイフをくれた、あのタカシだ。


 タカシは隣町の総合病院に入院しているというので、ギルドを通して面会を求めた。

 さっきのメッセージはその許可が下りたことを伝えるものだった。


 俺は急いで店を出て、スクーターを走らせた。


 面会時間終了ギリギリで病院に到着した俺は、彼のいる病室に駆け込んだ。


「タカシ!」


 個室のベッドで仰向けになったタカシに、声をかける。

 ベッドのリクライニングが少し上がっており、薄いシーツを被った彼は上体を起こしていた。


「アラタさん……」


 タカシはか細いながらも安堵したような声で、俺の名を口にした。

 本人の許可がなければ面会はできないので、俺の生還についてはギルドから聞いたのだろう。


 弱々しい笑顔を浮かべるタカシのもとへ、歩み寄る。


「くっ……」


 足下が、おぼつかない。


「タカシ、すまん……! 俺のせいで……!」


 タカシには、手脚がなかった。

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