第2話 ジンへの警告
トイレに誘われたことで何となく察したのか、ジンは黙ってついてきた。
幸い職員側のトイレは誰もおらず、ジンとふたりきりになれた。
公共施設のトイレなので、盗撮や盗聴の心配はない。
「てめぇ、どういうつもりだ!」
「もう少し声を抑えろ」
盗聴の心配はなくとも、デカい声で話せば外聞こえるだろうに、まったく考えなしなんだから。
「ちっ……!」
さすがに俺の言わんとしたことを理解できないほどバカでもないらしく、ジンは舌打ちをし、気まずそうに顔をそらす。
「それで、てめぇは向こうでなにを見た?」
「なにも」
焦らず、淡々と答える。
問い詰められることは想定していた。
「結局向こう側もダンジョンと似たような森だったよ。それ以外は、報告したとおりだ。生命力が回復したら、うまい具合に〈帰還〉できた。たぶん、いままで向こうにいった人は、ダンジョンを越えての〈帰還〉ができなかったんだろうな」
「待てよ、ライフポーションは持ってたんじゃねぇのか?」
「持ってないって言っただろう?」
「クソッ、タツヨシのやろう……!」
そこでタツヨシへの恨み言が出るあたり、本当に理解ができないな。
やはりこいつとはもう関わるべきじゃない。
「とはいえだ、あっちから帰ってきたことがバレると、たぶん大ごとになる。だから俺は秘密にしたい」
「へぇ、そうかい」
そこでジンがいやらしい笑みを浮かべる。
もしかして、俺の秘密を握ったとでも思ってんのか?
ほんとバカだな、こいつ。
「もしバレたら、なんであっちへいくことになったのかを、俺は報告しなくちゃいけない。たぶん、国のお偉いさんレベルにな」
「……ちっ」
ここでようやく、俺の秘密を守ることが自分のためでもあることに、ジンは気づいたみたいだ。
「だからこの件はこれで終わりだ。今後俺たちは、関わらんほうがいいだろうな」
「……ああ」
「それと、仲間たちにはしっかり口止めしとけよ。言っとくが口封じじゃないぞ? ヘタなことしたら全部ぶちまけるからな。俺は面倒ごとはいやだが、言ってしまえば面倒なだけだからな」
「わぁったよ」
最後にジンは、観念したように肩をすくめて答えた。
「じゃあな、これからもお互い頑張ろうや」
俺はそう言ってジンの肩をポンと叩き、彼の脇を通ってトイレを出ようとした。
すれ違い、1歩。
さらに1歩踏み出したところで44口径のリボルバーを取り出し、うしろに銃口を向ける。
「ちっ……」
遅れて視線を移すと、ジンが剣の柄に手をかけたところだった。
銃口は、正確にジンの頭を狙っている。
「あんまり変なこと考えるなよ。こいつはモンスターは倒せんが、人は殺せるぞ」
「そんなちんけなもんでやれると思うならやってみやがれ」
ジンが不敵に笑う。
こいつは〈疾風剣〉以外にもいくつかスキルを持っていて、その中に〈プロテクト〉があったはずだ。
Aランクになった以上、相当スキルも成長しているだろう。
銃弾は貫通力の低いホローポイント弾。
頭に当たってもせいぜい
まぁ、それでも問題ない。
「いいのか? 44マグナムは音がデカいぞ?」
火薬ましましのマグナム弾が発する銃声は、きっと補佐官の耳に届くはずだ。
そのことに気づいたのか、ジンは俺を睨みつけ、歯ぎしりをした。
だがすぐに表情を緩め、柄から手を離した彼は、おどけたように肩をすくめた。
「冗談だよ。せいぜい底辺でがんばりな、おっさん」
彼はそう言うと奥に入り、小便器の前に立った。
どうやら争いはさけられたようだな。
ジョブスキルをいくつか使えば倒せない相手じゃないが、さすがに人間を討伐記録に加えたくはない。
「じゃあな」
もう一度彼に声をかけ、俺はトイレをあとにした。
○●○●
最初はジンを断罪するつもりだった。
考えをあらためることにしたのは、最初に飛ばされた森の死体を調べたからだ。
【時魔道士】のレベルが上がったことで、〈帰還〉だけでなく〈収納〉の性能もあがった。
収納物の時間を完全に止められるようになったのだ。
容量に関しては、たぶん広くなったのだろうなとは思うが、もともと限界まで入れたことがなかったのでよくわからない。
とにかく〈収納〉の性能が上がった以上、あの死体を放置しておくのも気持ちが悪いと、片っ端から収めていった。
あれから数日経ったので腐乱は進み、さらに1体増えていたが、そこは気にせず〈収納〉していく。
周辺数キロに渡って捜索をし、13人分の死体を〈収納〉した。
中には魔物に食われたせいか、手や足などごく一部しか残っていないものもあった
捜索には、シャノアが大いに役立ってくれた。
〈収納〉した死体の調査だが、そのために俺は【商人】レベルを上げて〈収納物鑑定〉のスキルを手に入れた。
ひたすら商品の鑑定をしたり、ときどき商店の店頭に立って接客をしたりして、レベルアップに努めた。
接客については、高校時代にマツ薬局でバイトした経験が役に立った。
そして死体を〈鑑定〉した結果、まず彼らは身元を証明する身分証の類を一切持っていないことがわかった。
おそらく事前に奪われていたのだろう。
まぁ、これは初日にいくつかの死体を探っていたので、なんとなく想像していたことではあるが。
だが【商人】のレベルアップによって〈鑑定〉の性能も上がり、死体から身元を割り出せた。
その13名中冒険者は3名。
ほかは一般人だった。
そのどれもが、政治家だったり秘書だったり、あるいはちょっとした名士だったりで、いわゆる庶民と呼ばれる人はいなかった。
そこで俺は〈帰還〉後に生存報告をしたあと、彼らについて調べてみた。
その結果、ひとつの共通点を見つけた。
タツヨシの父親だ。
元国会議員で、地盤を長男に継いだいまもなお、地元では絶大な影響力を誇る人物だった。
異世界で死んでいた人たちは、そのヤスタツとなにかしら揉めていたことがわかった。
全員が、行方不明扱い。
一応捜査はされているようだが、警察も本腰を入れていない感じだ。
こりゃどう考えても面倒くさい。
おそらくジンのバックには、ヤスタツがいる。
「……あほくさ」
それを知って、報復とかそういうのがどうでもよくなった。
権力者と事を構えてまで、仕返しをしたいとは思わない。
「とはいえ、だ……」
向こうから来るなら話は別だ。
降りかかる火の粉はなんとやらってやつだ。
最悪俺は、異世界に身を隠せばいいんだからな。
「おっと」
なんてことを考えているうちに、俺は冒険者ギルドの一般入口に辿り着いた。
中に入ると、俺の姿を認めた冒険者たちが、一瞬どよめく。
死んだと思われていた人間が生きていたんだから、そりゃ驚くよな。
俺の捜索に関わったやつもいるだろうし、いつかメシでもおごってやろう。
「どうも」
「アラタさん、よくご無事で!」
受付にいくと、担当さんが感極まった様子で出迎えてくれた。
「事情は知ってる?」
「はい、ギルマスからひととおりは聞いてます」
ギルマスとはギルドマスター、すなわち支部長……といいたいが、補佐官のことだ。
支部長はあくまで事務仕事がメインで、冒険者を統括するのは補佐官だからな。
ちなみにギルマスと呼ばれてはいるが、あくまで愛称みたいなもんだ。
「そっか。じゃあこれ」
そこで俺は透明な宝玉を3つ、受付台に置いた。
「これは……?」
「さまよってるあいだに運よく見つけてね。どうせ俺は使えないから、売ろうと思って」
もちろん嘘だ。
これはトマスさんから買ったものだった。
彼はくれるといったが、色々世話になっておいてそれは申し訳ないので、渡した素材の買取額から引いてもらう形にした。
ちなみにあの日トマスさんに譲ったレッドドラゴンやらの死骸は、オークションでとんでもない値がついているらしい。
向こうの世界で俺は、結構な小金持ちなのだ。
なのでこちらでもちょっとばかり、所持金に余裕を持っておきたいよね。
「じゃあ、頼むね」
「かしこまりました、査定に回しておきますね」
売りに出したのは〈雷魔法〉〈回復魔法〉そして〈疾風剣〉だ。
これ3つで億は超えるだろう。
ここであえてジンのメインスキル〈疾風剣〉を選ぶあたり、俺も人間が小さいなぁと思うが、これくらいの嫌がらせは許してほしい。
あいつ、俺が〈疾風剣〉を売りに出したと知ったら、どんな顔するかな……くくく。
「アラタさん、なんだ嬉しそうですね。よっぽどいいスキルなんですか?」
「ああ、死ぬ思いをしただけのことはあるものだよ」
「ふふっ、それはよかったです。それはそうと、本日のご用件は以上ですか?」
「いや、ダンジョンに潜るよ」
その言葉に、受付さんは驚いた様子だった。
「もしかして……おひとりで?」
「ああ、そうだよ」
「昨日帰ってきたばかりなのにですか? それに……」
俺が戦闘系スキルを持っていないことが、心配なんだろう。
そんな彼女に、俺は少し顔を寄せる。
「大丈夫、実はもうひとつオーブを手に入れてね」
「えっ!?」
深層をさまよったおかげでキャパシティが広がり、戦闘系のスキルをひとつ習得した、と申告した。
「それでしたら、すぐにでもランクアップを……」
どうやら俺は長年の活動でかなりの評価が溜まっており、戦闘系スキルひとつでランクアップできる状態だったらしい。
「じゃあ、よろしく」
「はい!」
晴れてCランク冒険者になった俺は、いつもとは別のダンジョンを訪れていた。
「やっぱ迷宮型はいいよな」
俺がやってきたのは、地元の寺にできたS-70と呼ばれるダンジョンだった。
中は木造の迷宮で、向こうでお世話になった石造りの迷宮よりも通路は狭く、入り組んでいる。
「シャノア、いいぞ」
俺が呼びかけると、影からシャノアが現れた。
シャノアの存在をどうするか考えた結果、こちらでは隠すことにした。
【忍者】レベルが20を超えたシャノアは様々なスキルを覚えており、そのなかに〈影移動〉というものがあった。
影の中を移動できるスキルなのだが、それを応用して俺の影に潜ってもらったのだ。
そうすれば、いつでも一緒にいられるからな。
「それじゃ、いこうか」
「うむ」
俺たちは木の床を踏みしめながら、ダンジョンを歩き始めるのだった。
――――――――――
モヤモヤする方は週末ごろにまとめて読むのがよろしいかと
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