第2章

第1話 事情聴取

 日本での活動再開を決め、実家に〈帰還〉した翌日。

 俺はギルドの小会議室に呼び出されていた。


 前日、俺は冒険者ギルドに連絡を入れ、生存を報告した。

 馬鹿正直にトワイライトホールから異世界へいって、現地人の協力を得て帰ってきました、なんていうとおそらく国家規模の大騒動になるので、もちろん嘘を織り交ぜつつ状況を説明。

 すると、まずは詳しく話しを聞きたいと言われたのだ。

 無用の混乱を避けるため、できるだけ人目につかないよう配慮してほしいとも、念を押された。

 そのあたりは俺も望むところではあったので、生存の報告はまだ誰にもしていない。


「いやぁ、それにしても、よかったよ、ふるみねくんが無事で……」


 気の弱そうな小柄な男性が、額の汗を拭いながら、そう言った。

 いかにも小役人といった、初老の男性だ。

 リクルートスーツに身を包んだ彼は、我が町のギルド支部長だった。


「まったくだ! うちの支部はアラタのおかげで随分助かっているからな。よくぞ自力で生還してくれた!」


 支部長の隣に座る巨漢が吠える。

 このおっさんは普通に喋ってるつもりなんだろうか、地声がでかすぎるんだよなぁ。

 ちなみにこのデカいおっさんは補佐官だ。

 元Aランク冒険者という実力の持ち主だった。

 支部長はキャリア、補佐官はたたき上げ、というのが、どのギルドでもほぼ共通のスタイルだろう。


 ――ガチャリ。


 話しが少し落ち着いたところで、会議室のドアが開いた。


「んだよ、朝っぱらから呼び出しやがって……」


 入ってきたのは、ジンだった。


「は!?」


 ブツブツと文句を言っていたジンだが、俺を見て声を上げる。


「てめぇ、なんで生きて――」

「運よく帰ってこられたんだよ、な」


 俺はせいぜい不敵に見えるような笑みを浮かべ、ジンの言葉を遮った。

 いまここで余計なことを言われると面倒くさい。


くろくん、よくきてくれました。まずは座ってください」

「あぁ!?」

「ジン、さっさと座れ」

「……ちっ」


 支部長に凄んだジンだったが、補佐官に窘められ、渋々と用意された椅子に座る。

 なんというか、ダサいやつになっちまったもんだ。


「それではこれより、事情聴取をおこないます」


 生真面目な表情でそう言った支部長は、そこで軽く微笑む。


「これは別に誰かに責任を取らせようとか、誰かを裁こうとか、そういう類のものではありませんからね。事実を確認して、事故の再発を防ぐための、あくまで聞き取り調査です。あまり難しく考えないでください」

「わかりました」


 俺は短く返事をし、ジンは支部長を一瞥する。

 ジンのやつは居心地悪そうに貧乏揺すりを始めた。

 補佐官がいなければ、暴れ出していたかもしれないな。


「えー、ことの発端はS-66ダンジョンの深層で古峯くんが黒部くんのパーティーからはぐれたこと、とのことですが……」


 S-66ダンジョンってのは、ジンとよくいく森林型のダンジョンだ。

 そこの深い部分で、俺がパーティーとはぐれて行方不明になったと、こいつは報告したらしい。


「……捜索中にメンバーのひとりが重傷を負ったため、やむなく帰還、ということで間違いないですね」

「……ああ」


 ジンは俺を一瞥したあと、ぼそりと答えた。

 相変わらず不遜な態度で貧乏揺すりを続けているが、表情には余裕がない。


「古峯くん、間違いはありませんか?」

「ええ。気づけばひとりだったので、ジンたちから見ればそうなるんでしょう」


 ジンの貧乏揺すりが止まった。

 見れば唖然とした表情でこちらを見ていたので、とりあえず頷いてやる。

 するとジンは、決まりが悪そうに顔を逸らした。


「それで、古峯くんはそのまま20日以上、ダンジョン深層をさまよい歩いた、と」

「ですね」


 そう、報告していた。


「アラタ、〈帰還〉を使わなかった理由は?」

「生命力に不安があったからです」


 補佐官の問いに答える。

 これも事前に報告していたので、ジンに聞かせるためあえて問うたのだろう。


 俺はジンたちとはぐれたあと、魔物に襲われ重傷を負ったが、ヒールポーションで一命を取り留めた。

 だがそれによって、生命力を大きく失ってしまう。

 俺が〈帰還〉のホームポイントをギルドの転移室にしていることは、かなり有名だ。


「ダンジョンを越えての〈帰還〉は、少なからず生命力を消費しますから」


 ということにしておいた。

 本当はそんなことないけどな。


 ならどうやって20日以上ものあいだダンジョン深層で生き延びられたのか、ということになるわけだが。


「普段からなんでもかんでも〈収納〉していたのがよかったですね。食料はもちろん、着替えなんかも充分にありましたから」


 まずは生き延びるための物資があったことを主張。


「あとはジンが狩ったモンスターを預けてくれたのが、助かりました」


 その言葉にジンは眉を上げたが、とくになにも言わなかった。


 実際あの日の探索で、俺はジンが狩った多くのモンスターを預かっていた。

 その死骸や魔石を囮にしてモンスターの気を引き、生き延びたというストーリーを作ったのだった。


「ライフポーションがあればよかったんですが、残念ながら持っていなかったので」


 ライフポーションという言葉に反応してジンがこちらを見たが、結局彼はなにも言わず顔を背ける。

 ヘタなことを言うとマズいとわかったのだろう。

 ここは俺の嘘に乗るしかない、と。


「モンスターから逃げながらではろくに休息も取れず、思った以上に生命力の回復に時間がかかりましたよ」


 そう、締めくくった。

 ギルドの転移室ではなく、家に帰還したのは、ダンジョン内で適宜ホームポイントを変更し、擬似的な短距離転移で危機を逃れたからだと、説明しておいた。


「なるほど、大変な思いをされたのですねぇ……」

「まったくだ。だが、アラタが無事で本当によかったぞ!」


 俺とジンの証言に大きな食い違いはないと支部長たちは判断し、解散となった。


「おい!」


 会議室を出るなり、ジンに声をかけられる。

 まぁ、いろいろ話しを聞きたいのはわかるが、ここでするのはマズいだろうに。

 ちょっとは頭を使ってほしいもんだ。


「ジン、とりあえず便所いこうや」


 というわけで俺はジンをトイレに誘った。

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