第29話 ランクアップ

「ランクアップですか?」

「ああ、そうだ。お前さんみたいな実力者を、10級のままにはしておけねぇからな」


 どうもガズさん、登録のあとにランクアップについて話すつもりだったらしい。

 それを、ジャレッドくんに邪魔されてしまった。


 ほんと、迷惑なヤツだったな。


「最初は7級か8級くらいで考えてたんだがな。お前さんはいまから5級だ」

「5級ですか!?」


 10段階中の真ん中ってことは、地球でいうDランク相当ってことだよな?

 いきなり過ぎじゃね?


「アラタさま、すごいです!」


 アイリスは無邪気に喜んでいるけど……。


「いいんですか、いきなり5ランクもアップして?」

「かまやしねぇよ。5級までは受付担当の裁量で決められるからな。問題がありゃギルマスから差し戻されるだろうが、その心配はないとみてるぜ、俺は」

「だとしても、いきなり5級……」


 俺が不安げにしていると、ガズさんが苦笑した。


「あのなぁ、お前さんは4級冒険者に圧勝したんだぜ? 俺に権限がありゃあもうひとつ上げたいくらいだ」

「いやでも、それは武器のおかげで……」

「その武器を用意したのも使いこなしたのもアラタだろう? だったらそれも含めてお前さんの実力じゃねぇか」

「そうですよ! アラタさまはすごいんですから、もっと自信を持ったほうがいいです!」

「うーん……わかったよ」


 これ以上遠慮するのもあれだし、俺は5級への昇級を受け入れることにした。


「主、もう終わったか? 儂、帰って昼寝したい」


 足下にいたシャノアが、退屈そうに訴えてくる。


「はいはい、わかったよ。もう、大丈夫ですよね?」


 俺が問いかけると、ガズさんはあたりをキョロキョロと見回している。


「おい、いまの声は?」


 ああ、そうか、ガズさんの位置からじゃ、シャノアの姿が見えないのか。


「いまのは俺の飼い猫の声で……」


 そこまで言うと、シャノアはひょいっと飛んで受付台に乗った。


「シャノアだ」


 そしてガズさんにしゃべりかけた。


「えっ……?」


 ガズさんが、固まる。


「ね、猫が、しゃべった!?」


 あー、うん。

 そりゃ驚くよね。


「シャノアさまはすごいんですよ! なんと神獣で【忍者】なのです!!」

「し、ししし神獣で、【忍者】ぁ!?」


 自慢げに言うアイリスの言葉に、ガズさんはさらに驚いた。


「神獣で【忍者】のシャノアだ。今後ともよろしく」


 続けてシャノアがそう言って鼻を鳴らす。

 その言い回し、どこで覚えた?


「そ、そうか……なんというか、すごいな……」


 ガズさんの混乱は完全に治まらないものの、なんとなく理解はしてもらえたようだった。


「あっ、そうだ。シャノアの扱いはどうなるのかな?」

「シャノアさまの扱いですか?」

「というかシャノアは、俺が活動しているあいだどうする? アイリスのところで留守番でもしとくか?」

「なにを言っておる。儂はもう、主が帰ってくるのを待つのはいやだ。なにがなんでもついていくぞ」


 そっかぁ……そうだよな。

 これまで寂しい思いをさせてたもんなぁ。


 【忍者】のジョブを得ているし、たぶんついてこられるとは思うけど……。


「そうなるとシャノアの立ち位置をはっきりさせとかないとな」

「やはり、従魔として登録するのがいいのでしょうか」

「うーん、それが無難かな」


 地球の冒険者にも、ビーストテイマーやモンスターテイマーがいた。

 〈調教〉スキルがあれば、動物や野良モンスターを従えられるのだ。


 となればこちらにもそういうスキルがあってもおかしくない。

 なんならジョブもありそうだ。


「ちょっと待ってくれ」


 そこへガズさんが待ったをかける。


「シャノアさんよ、あんたしゃべれるんだよな?」

「うむ、このとおり問題なくしゃべれるな」

「そのうえ【忍者】のジョブも持っている?」

「そのようだな」

「悪いが少し見させてもらっても?」

「よかろう」


 そこでガズさんは、じっとシャノアを見つめた。

 おそらく〈鑑定〉しているのだろう。


「おう、本当に神獣で【忍者】だな」

「ふふん」


 シャノアが自慢げに、鼻を鳴らす。


「ジョブを持っていて、会話ができるんなら、シャノアさんも冒険者にならないか?」


 おおっとガズさん、とんでもないことを言い始めたぞ?

 さすがのアイリスも、驚いて目を見開いている。


「そうすれば、主と一緒にいられるのか?」

「もちろんだとも。パーティーを組めばいい」

「では、なってやろう」


 俺と一緒にいたいから冒険者になるなんて……シャノア、かわいいやつ!


 それからガズさんは手際よく手続きを進め、シャノアの冒険者タグを用意した。


「それじゃあシャノアさんよ、こいつを常に携帯していてくれ」

「む、これを持っておらねばならんのか?」

「悪いが、決まりなんでな」

「むぅ……」


 なにやらシャノアは、不機嫌そうだった。


「首にでも巻いといたらどうだ?」


 タグにはチェーンがついているので、長さを調整すれば問題なさそうだ。


「バカを言うな。儂が首輪を嫌いなのは知っておるだろう?」

「あー」


 そういえばシャノアを飼い始めたころ、首輪をつけてやろうとしたんだが、もの凄く嫌がるのでやめてやったことを思い出す。


「そういやそうだったな」

「主め、忘れていたのか! ひどいヤツだ!」


 シャノアはそう言って、受付台に置いた俺の手をガシガシと噛んだ。


「痛い痛い、悪かったよ」


 まぁ、甘噛みなんで全然痛くないけどな。

 そのあと首を撫でてやると、そのまま俺の手に顔を押しつけて甘え始めた。


「はぅん……」

「おぅふ……」


 そんなシャノアの様子に、アイリスとガズさんがうっとりしてしまう。


「それって、俺が持ってちゃだめですか?」

「……ダメだな。身に着ける必要はないが、提示を求められた際に本人が見せなければいけないからな」

「じゃあ、やっぱり従魔ってことで……」

「それはそれで首輪が必要だ」

「なんと……」


 さて、どうしたものか。


「でしたら、シャノアさまに〈収納〉スキルを習得していただくというのは?」

「ふむ、なるほど」


 アイリスの提案に、ガズさんが頷く。

 シャノアが〈収納〉スキルを?


「ん?」


 なんだか状況をよくわからず首を傾げるシャノアを〈鑑定〉する。

 さすが神獣というべきか、キャパシティには充分な余裕があった。


「ほら、〈収納〉だ」


 なにやらごそごそしていたガズさんが、受付台に少し大きなビー玉のようなものをおく。

 間違いなく〈収納〉のスキルオーブだ。


「置いてあるんですね」

「冒険者になるヤツの大半は、登録と同時に覚えるな。お前さんはすでに使えるようだが」


 おっとバレてたか。

 決闘のときに銃やらナイフやらを出し入れしたから、それを見てればわかることだし、隠すつもりもなかったけど。


「でしたらそれは、ウォーレン商会につけておいてください」

「いくらなんでもそれは……」

「いいですよ、高いものでもありませんし」


 そっか、こっちの世界じゃスキルオーブは安いんだったな。


「えっと、それじゃ……ありがとう」

「なんか知らんが、儂からも礼を言おう」

「いえいえ、どういたしまして」


 スキルオーブをシャノアの前に置く。


「ところでこれはなんだ?」

「そいつは〈収納〉ってスキルを覚えられるものだよ」

「〈収納〉?」

「ほら、こうやって」


 そこで俺はちゅるちゅるのおやつを出してやる。

 すると、シャノアの目が大きく開き、ヒゲがピンとたった。


「ものを自由に出し入れできるやつだよ」


 そう言っておやつをしまうと、シャノアは目を細め、ヒゲを萎れさせながらうなだれた。


「帰ったらやるから」

「うむ、約束だぞ」


 その言葉で、シャノアはピンと身体を起こす。


「それで、この玉っころをどうすればよいのだ?」

「うーん、俺は手に持って念じると、習得できたけど」


 あの肉球じゃあ、オーブは握れないよな。


「ふむ、では食うか」

「あっおい!」


 食うと言ったので止めようと思ったが間に合わず、シャノアはスキルオーブを口に咥えた。

 次の瞬間、オーブが溶けるように消え去ったかと思うと、シャノアの身体が淡く光った。


「……習得できたのか?」

「おそらく」


 心配する俺をよそに、シャノアは受付台に置かれた自分のタグに触れた。

 すると次の瞬間、タグが消えた。


「おおっ!」


 思わず、声を上げる。


「シャノアさんよ、出せるかい?」

「こうかな」


 ガズさんが問いかけると、シャノアの足下にタグが現れた。


「どうやら問題ねぇな」

「シャノアさま、すごい!」


 まったく……ジョブを得ただけでなく、オーブでスキルまで覚えるとは、家族ながらすごいヤツだよ。


 無事タグをようになったシャノアは、とりあえず10級から始めることになった。


「いきなり【忍者】なんつージョブを得たんだから、本来ならもうちょい上から始めてもいいとは思うが、実力は未知数だし、なにより前例がないからな」


 ガズさんは申し訳なさそうに言ってくれたが、おれとしてはシャノアと一緒に冒険できるだけでありがたく、一切の不満はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る